デート? 1
桃のふくれた頬を男の長い指がツンと突っつく。
「どうした。楽しくないのか?」
桃の周囲では可愛いキャラクターの人形たちが、軽快な音楽に合わせて手足や頭を動かしコミカルに踊っている。
「落差がありすぎです。」
桃は憮然と抗議した。
男・・・吉田が何だそんな事かと呆れたように苦笑する。
「俺は公私の区別はきちんとつける男だ。」
つけすぎでしょう!と桃は心の中でツッコんだ。
桃と吉田はようやく互いの日程の調整をつけて、某テーマパークで夏季限定夜間イベント付きのペアチケットを使ってデート?中なのであった。
「で、楽しくないのか?」
吉田が再度確認する。
「・・・楽しいです。」
不承不承、桃は認めた。
実際、とても楽しい。
超有名な某テーマパークは、人が多すぎるのを除けばどのアトラクションもワクワクするような魅力に満ちている。
そしてそれより何より、吉田のエスコートは完璧だった。
「なら素直に笑え。お前の笑顔は最高に可愛い。」
・・・完璧すぎて呆れるしかない桃だった。
常に桃を気遣い、さりげなく行われるレディファースト。
立つ位置、歩く位置、座る場所。
時には自然に差し伸ばされ、必要な時にはしっかりと支えてくれる力強い手。
会話も軽妙で聞いていてとても楽しい。
あまりお喋りではない桃でさえもつい話に引き込まれ、気づけばいつもより随分多くの言葉を交わしていた。しかもその桃の全ての話を、吉田は熱心に耳を傾けて聞いてくれるのだ。
頻繁に発せられる桃へのストレートな褒め言葉にもワザとらしいところが少しもなく、純粋に嬉しいと思わせるものばかりだった。
それらの全てを当たり前の事のように相手に気づかせずに行えるところが、また吉田の凄いところだと言えよう。
桃とて、自身の前世の記憶がなければとても気づけなかっただろうと思えた。
気づかず、しかし気分は良くなり、最高の時間に知らぬうちに相手は酔っている。
(本当に、女性を扱い慣れている。)
流石、曹操。自分にはとても無理だと思ってしまう桃だった。
もちろん今世の桃が女性の扱いに長ける必要性など何もないのであるが・・・
アトラクションの乗り物が終点に着き、先に降りて安全を確認した吉田は、続いて降りようとした桃の手をスッと取る。
桃の体はフワリと浮くように軽く何の危険もなく地面に降り立った。
「次はもう少しスリルのあるものにするか?」
聞いてくる言葉もまるで桃の心を読んでいるかのようである。確かに桃は今の可愛いだけのアトラクションを楽しいとは思いながらもちょっと高揚感に欠けると思っていた。
自分の心を見抜かれたことに驚き目を見開きながらも頷く桃にクスリと笑いかけると、吉田は桃の手をそのまま握って歩き出す。
桃が見上げればいつでも吉田の目は優しく自分に注がれていた。
(これが昨晩こちらの防衛ラインの隙をついて侵入し、二面作戦を仕掛けてきた男と同一人物だなんて・・・)
わかっていても信じられない桃だった。
・・・昨夜の魏の攻撃は、本当に見事なものだった。
戦いの中で僅かに開いた蜀の本隊の守備の穴を、待機していた魏の別動隊が素早く突破し中央の砦に辿り着いてしまったのだ。しかも慌てて援護に駆けつけた本隊を、先遣隊と背後から来た隊とで挟み撃ちにするという二面作戦だった。
いいように混乱させられた蜀の被害は大きく、なんとか中央の砦は守りきったものの、防衛ラインを随分下げさせられてしまった。
(もっとも、ちょっと勝ち過ぎていたから、気を引き締めるのには丁度良かったけれど。)
案外、今回後手に回った明哉や内山の狙いは“そこ”にあったのではないかと桃は思っている。
それにしても、そんな戦いがあった翌日の吉田のこの態度は普通有り得ないだろうと思う。
歩きながらさり気なく人ごみから桃を庇う吉田を見上げる。
確かに前世の曹操は、戦や自らの私怨を引き摺らず自分を頼ってきた人物を許した男だった。自身の評判を上げ人材を集める手段だったのかもしれないが、劉備自身、徐州で呂布に負けた際に曹操に身を寄せ受け入れてもらっている。曹操の腹心である郭嘉や程イクが劉備は殺した方が良いと進言したにもかかわらずだ。
懐が深いと言えばそれまでなのだが・・・
それにしても、自分へのこの甘さは尋常ではないように桃は思えた。
「どうした?」
桃の視線に何かを感じたのだろう吉田が訊ねてくる。
「何が目的ですか?」
桃はストレートにそう聞いた。
回りくどい駆け引きは苦手だった。
吉田は細い目を見開く。
フムと考え込むと丁度近くにあったカフェのテラス席に桃を誘った。
椅子を引いてくれて桃を座らせると、自分も目の前に座って飲み物を頼む。
「食事は外のレストランを予約してある。中は混むしメニューも限られてくるからな。」
どこまでも気の利く男であった。
運ばれてきた飲み物を飲みながら吉田は細い目をなお細くして、同じように飲み物を飲む桃を見詰める。
その表情が嬉しそうに見えるのは、自分の見間違いだろうと桃は思う。
「俺も、ここまでお前に”つくす”つもりはなかった。」
つい2週間前まではなと吉田は話し出す。
桃は、瞬きしながら吉田を見返した。
2週間前に何かあっただろうか?
吉田は口元に手をやりながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「2週間前、授業が自習で俺は教室の窓から外を見ていた。・・・お前は、体育が終わったところだったんだろう。グラウンドを歩いていた。」
吉田の席はグラウンドに面した窓側の席で、そこから桃が見えたのだと言う。
何で急にそんななんの変哲もない普段の話を?と思いながら桃は耳を傾ける。
「いつもお前の側に居る女が横に居て、反対の隣には木村がいたな。多川や鰐渕といったいつものメンバーもお前を守るように側についていた。」
横にいる女というのは理子のことなのだろう。確かに体育の授業の行き返りはそんな風にみんなと移動することが多い桃だった。
まさか見られていたとは知らずに桃は驚く。
何か自分は特別な事をしたか?と考え込んだ。
そんな桃に吉田は苦笑する。お前は別に何も変わったことはしていないと安心させるようにそう言った。
「本当に、それだけだ。誰かに話しかけられてお前は笑い、周囲も笑っていた。・・・それだけなのに、俺はお前の姿から目が離せなかった。」
「は?」
告げられた言葉に、桃は瞬きを忘れてしまった。
まじまじと吉田を見る。
吉田は苦笑を深くした。
「気づいたら、俺の胸の中が熱くてな。切ないような嬉しいような不思議なモノが詰まって、胸がドクドクと鳴っていた。・・・それからだ。俺がお前の姿を無意識に探すようになったのは。」
(それって・・・)
桃の胸までドクドクと鳴りはじめた。
「お前の姿を見つけられると、それだけでその日は気分が良くて。会えない日は落ち込んだな。見るたびたいていお前は、いつもの女と1年の男たちの誰かに囲まれていて、静かに笑っている。その笑顔が可愛いくて見ていて嬉しいのに、いつのまにか自分以外に無防備に笑っている姿に気分が塞ぐようになった。」
吉田は困ったように額に手を当て目線を反らす。
桃は自分の耳と目がおかしくなったのかと思った。
目の前の吉田の態度と告げられる言葉が意味する“モノ”は、いくら鈍い桃とて察しがつく。
・・・確かに察しはつくけれど、信じられるかどうかはまた別の問題だった。
なのに、吉田は決定的な言葉を告げてくる。
「1週間ぐらい前にようやく気づいた。どうやら俺は、お前に“恋”をしたらしい。」
「!!」
桃は、ポカンと大きな口を開けた。
BGMは村下孝蔵さんの『初恋』でお読みください。(笑)




