表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セカンド・アース  作者: 九重


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

106/154

夜襲

「桃。」


夜の静寂(しじま)を密やかな声が破った。

浅い眠りについていた桃はパチリと目を開ける。

そのまま闇を見詰めた。


「何?」


「3年の攻撃です。西の砦が攻められています。」


桃は静かに体を起こす。


「すぐ行きます。」


「はっ。」


こういった事態に何時でも対処できるように体操着を着て寝ていた桃は、ベッドの脇にかけてあった長めの上着を羽織る。

9月半ばのこの季節。昼間はまだ残暑が厳しいとはいえ夜は冷える。これから戸外へ出る身には上着は必需品であった。


そのまま自室のドアを開ける。

部屋の外では、明哉が頭を下げていた。


「状況を。」


止まらずに歩き出した桃に付き従いながら、明哉は今現在の戦況を説明する。


2学期より1年の領地として振り分けられた西の砦に3年が夜討ちをかけてきたのであった。


桃は軽く舌打ちを打つ。


静まり返った夜の寮内を桃と明哉は進んで行った。

明哉もまた丈の長い上着を羽織っており、2人の上着の裾は歩調に合わせてフワリフワリと(ひるがえ)る。

常夜灯の中に映し出されるその姿は、どこか夢の中の住人のようだった。


明哉が報告した攻撃を受けている場所は、高校に隣接する軍学の授業の実地訓練地域と呼ばれているところだ。

信じられないほどに広く、平原と森と小高い丘に川まで流れているこの場所は、はじめて見た生徒のほとんどがここは本当に都内なのか?と疑問を抱くような土地である。

その地を3等分し、各所に砦を立てて領地とし、各学年は互いにそれを奪い合う。

それが2学期以降の軍学の授業の形態だった。


2学期開始早々から、3年である魏から1年蜀への攻撃が昼夜の別なく厳しく行われていた。


「有言実行ということか・・・」


吉田は2学期になったら遠慮しないと言っていた。

こういう事だったのねと言う桃に、明哉は複雑な目を向ける。

球技大会後の桃と吉田のそのやりとりの話を聞く限り、どうも違うような気がする明哉である。


(もっとも、本来の意味でも遠慮なしですがね、あの男は。)


忌々しそうに心の内で呟く。

確かにテーマパークにデートへ誘ったり、無理矢理収まったミス&ミスターという立場を利用しての桃への接近が2学期以降とみに目に余る吉田であった。


軍学の授業以外はベタベタと桃に接し、いざ戦いとなれば情け容赦なく攻め立てる。

吉田の2面制に桃たちはほとほと手を焼いていた。


「西の砦には?」


「既に聖と蓮が20人ほどを率いて向かっています。」


趙雲と徐庶が行けば攻め落とされる心配はないだろう。

桃は、ホッと安堵の息を吐く。


「中央と東の砦には、異常はない?」


「確認はされていませんが、そちらにも念のため悠人と天吾。隼と智也をそれぞれの兵と共に向かわせています。」


攻撃が一方面だけからとは限らないのが戦だ。

同時に多方面に仕掛ける事も考えられるし、この機に2年の呉が攻めてくる事も有り得る。

用心に用心を重ねるのが戦いの常だった。


寮の出口には内山が頭を下げて待機している。


「ご苦労さまです。・・・此度(こたび)の魏の目的は何と見ますか?」


桃の問いに内山は顔を上げた。


「2学期は始まったばかりです。急襲を受けた際の我が軍の対応を見るのが第一目的。もしも混乱を起こして自滅するようならば、ついでに砦の1つも奪ってやろうぐらいのつもりなのだと思われます。」


・・・本当にやっかいな相手だった。


明哉と内山が出入り口のドアを開け、そこから桃は歩み出る。


外には翼と利長、串田を中心とした仲間たちが揃っていた。

皆、桃の姿を見てその場にザッと拝礼する。


困った事に、こんな皆の態度にもすっかり慣れてしまった桃だった。


ブルルと馬の息を吐く音がして、戸塚が的盧を引いてくる。

躍動する馬の逞しい体を桃は優しく叩いた。


「利長と翼は本隊を率いて西の砦に向かってください。聖と蓮の援護を。でもムリに戦う必要はありません。本隊を見て敵が引けばそれで良しとします。私は中央で待機します。健太は私と共に、樹は東の塔へ向かって出てください。」


あまり兵を分散するのは得策とは言えないが、今この段階で本格的な戦を仕掛けてくるとは考えにくい。相手の出方を見ながら多方面を同時に警戒するためには兵を分けるのは仕方のないことだった。


桃の命に沿()った、隊の編成と策を明哉と内山が指示し全員がそれに素早く従う。

突然の夜間の急襲にもかかわらず蜀軍は迅速に対応し動いて行った。


的盧に乗り自身も中央の砦へと向かいながら桃は明哉と内山に今後の方針を相談する。

もしも今後もこのような夜襲が続くようであれば、軍を分けて、交替して休ませる等、対応策を講じなければ戦いを続けていくことが難しくなる。


桃たちはその場合の隊の編成や人員配置を真剣に話し合った。




「・・・こうなると、剛や拓斗が抜けた穴が大きくなりますね。」


心底残念そうに言う明哉の言葉に、仕方ないわと桃は答えた。




・・・剛と拓斗は、先日行われた生徒総会でそれぞれ数人の例外を連れて2年と3年への異動を願い出た。


桃は真っ直ぐ前を向いて「応!」と答えた。


「待っていて欲しい。」と剛も拓斗も桃に願ったからだった。




「・・・呉は、たるんでいる。それも仕方のないことだ。ここはセカンド・アース。この世界の戦いは本当の意味での戦いではない。そうでなくとも元々陛下は自ら野心を抱いて立ったわけではないお方だ。お父君とお兄君を続けざまに亡くされて国を任されたに過ぎない。自らの領土を守る事には懸命でも、他を制圧し覇を成そうという気概は、魏武帝や昭烈帝には及ぶべくもない。」


それが今の2年には悪い方向として出ていると剛は言った。


「わしは、呉に戻りその性根を叩き直してやろうと思う。心を入れ替えさせ、魏や蜀と並び立てるように導き・・・そして、桃、お前にふさわしい相手として同盟を結べるようにするつもりだ。」


剛は堂々とそう言いきった。





拓斗は・・・学園祭以来悩んでいたのだと言った。


「俺は今まで中途半端に逃げていた。生徒会の仕事も言われるままに手伝いだけして積極的にかかわろうとしていなかった。・・・その結果があのミスコンだ。俺がキチンと生徒会に参加していれば、あの吉田の不正は防げたはずなのに・・・」


悩み反省した拓斗の出した結論が3年への異動であった。


「俺はもう逃げない。3年に異動し間違いは間違いと正して行こうと思う。そして、何一つ恥じることなく、桃、お前の前に立って手を差し伸べたいと思う。」


その時は俺の手を取ってくれるか?と拓斗は聞いた。

頷く以外の何が桃にできただろう。





剛も拓斗もそれぞれの立場に立って精一杯頑張ると言い、そしてその上で桃に待っていて欲しいと願った。


桃はそんな2人に「応!」と答えたのであった。



「剛も拓斗も頑張っているはずです。私たちも頑張りましょう。」



桃の言葉に明哉も頷く。

2学期の戦いは始まったばかりであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ