学園祭 10
明けて2日目。
桃は昨日見きれなかった企画を利長や翼と一緒に回っていた。
今日は理子が喫茶店の店番なのだそうで、後で絶対来てねとお願いされている。反対に昨日1日店番で桃の側にいられなかった利長と翼はいつも以上に桃の両脇を固めていた。
「2人とも、まだほとんど見ていないんでしょう?私に付き合わなくても好きな企画を見て来ていいのよ?」
桃の言葉に2人ともブンブンと首を横に振る。
「桃と一緒がイイ!」
「お前と回らなければ意味がない。」
「そ、そう?」
その勢いに若干引きながら、それでも3人で一緒にいられることは嬉しいのでまあイイかと思ってしまう桃である。
あちこち覗いて楽しんで・・・。
(やっぱり、こうなるのよね。)
桃はクスリと笑った。
その企画は残暑厳しい日差しの元、屋外のグラウンドで行われていた。
弓矢を射って的に当てるゲーム。
そういった意味において、それは間違いなく射的だった。
よく縁日とかであるあの射的である。
(・・・もの凄く、的が遠いけど。)
的までの距離は、ゆうに100m程はあろうか。
グラウンドに陽炎がたち、遠いその的はゆらゆらとゆらめいて見える。
あそこまで遠いと特別クラスの生徒はともかく、一般クラスの生徒などでは的に当てる以前に届かないという事態になりそうな距離だった。
そう思って聞いてみたら、普通の縁日サイズの屋台の射的が屋内に別に用意してあるのだそうだ。これは、学園祭当日が晴れた場合にのみ特別に行われるおまけの企画なのだそうだった。
100m先の射的の的には景品名の書かれた10㎝四方くらいの紙が貼られており、見事その紙を射抜けばその景品がもらえるというしくみだ。
もちろん安全面を考慮して、矢尻はいつもどおりのスポンジに朱液を含ませた仕様の弓矢である。
確かに、いかにも”おまけ”らしい企画だった。
100m先の10㎝四方の紙に書かれた景品名が読めるのかどうかから始まり、そもそも当たるのか?というところまで、突っ込みどころ満載の企画と言えよう。
しかし、面白いと利長と翼は思ったようだった。
(好きなのよね。こういうの。)
やってみても良いか?と聞かれて、桃はもちろんと答えた。
嬉々として利長と翼は弓矢に手を伸ばす。
ちなみにきちんと的には届くそうで、よく見れば成功して景品を獲得した者の名前が脇に貼り出されてあった。
特賞 ???
1等 くまの特大ぬいぐるみ 1−5 串田
2等 学食券10枚つづり 3−6 羽田
〃 ルービックリベンジ 3−2 岩間
3等 ・・・
桃は、その張り紙を見て、固まった。
(特大くまのぬいぐるみって・・・)
あの串田がそれをもらってどうしたのか?
もの凄く知りたいと思ってしまう桃である。
抱えて校内を歩いたのだとしたら恥ずかし過ぎる。
(絶対似合わないわよね。)
牧田あたりに見つかったら散々からかわれてしまうだろう。
まるで目に浮かぶようなその様子に悪いと思いながら口元が緩む。
2等の学食券10枚つづりあたりであれば、もらっても嬉しいのだろうが・・・
(羽田さんも凄いわよね。)
一般クラスでありながら2等のあたりが羽田らしかった。
もっとも・・・
(董卓であれば、当たり前か。)
董卓は、腕力が強く、馬上において両手どちらでも弓を引くことができたということで有名な猛者である。
本来であれば特別クラスでも最上級の力の持ち主なのが羽田だった。
3等の岩間のルービックリベンジというのも笑えてしまう景品だ。
ルービックリベンジとは、ルービックキューブの4×4バージョンの事である。
凄まじい武勇を誇る典韋である岩間が、片手で握りつぶせそうなルービックリベンジに困惑する姿も見てみたかったなと思う。
(・・・あれ?)
こうして見ると、この景品は1癖も2癖もあるような品物が多いように思えた。
下手に特賞は狙わない方がいいのではないだろうか。
(もっとも、狙って当たるとも思えないけれど・・・)
それでも一応、翼や利長に注意しようとした桃なのだが・・・その行為は少し遅かった。
100m先の的付近で、ガランガランと大きな鐘の音が聞こえる。
「出ました!特賞!!大当たり!!!」
大声で景品係の生徒が叫ぶ。
「やったぁっ!!」
可愛い顔に満面の笑みを浮かべて翼が飛びあがった。
・・・どうやら翼が一発で特賞を射ぬいてしまったらしい。
流石と言うべきなのだろうが。
「やったな。翼!」
我が事のように利長も喜んでいた。
「・・・おめでとう。」
微妙に笑顔を引きつらせて、桃もお祝いを言う。
それ以外どうしようもなかった。
「ありがとう桃!桃のおかげだ。特賞の景品は桃にやる!」
いや、おかげも何も、なんにもしたつもりのない桃である。
謹んで辞退したい。
「そんな!悪いわ。せっかく翼が取ったんだから翼がもらって。」
「俺が桃にやりたいいんだ!受け取って欲しい!」
明るい笑顔に裏は無い。
純粋に好意だけのその申し出を、桃も強く断れなかった。
「では特賞は、彼女さんに差し上げて良いんですね?」
「・・・彼女さん。」
景品係の生徒の言葉に、何やら感激したように翼はコクコクと頷いている。
利長が軽く眉をひそめた。
「わかりました。特賞!”某テーマパーク一日無料チケット”をこちらの女子生徒に差し上げます!」
桃は・・・ごく当たり前のその内容に、ホッと息を吐いた。
どうやら疑心暗鬼が過ぎたようだ。
(そうよね。特賞なんだものね。)
それほどおかしなモノを用意するはずもなかったのだと桃は安心する。
よく見れば渡されたチケットは、とても入手が難しいと言われる夏季限定夜間イベント付きのレアチケットだった。
「良かったな桃。」
彼女発言を多少気にした利長も、そのチケットには素直に称賛を表す。
確かに良い賞品だった。
しかし・・・
「うん。嬉しいけれど・・・でも、これ1枚しかないのよね?」
桃は困ったようにそう言った。
確かにテーマパークは嬉しいのだが、自分1人で行っても楽しいとはとても思えない。
レアチケットだけに、翼や利長が一緒に行こうと思っても入手は難しいだろうし。
「普通、こういうチケットってペアなんじゃないの?」
桃の疑問も当たり前のモノだった。
そもそもこの夏季限定夜間イベントもカップルを対象としたイベントだったはずだ。
そのチケットがペアでないのは不自然だった。
桃の言葉に、チケットを渡した生徒がギクリと震える。
「あはは。・・・えっと、その、チケットの片割れは、実は、中でやっている射的の方の特賞商品になっているんです。」
ハハハとその生徒は乾いた笑いをもらす。
要は、レアチケットを2組用意できなかったため1枚ずつ分けたのだそうだった。
翼と利長に睨まれた生徒は、あっさりとそう白状する。
「なっ?!」
「それって!」
それは、中の射的の特賞を取った人物と桃がペアチケットを1枚ずつ使うことになるという事だった。
「・・・ペアチケットを使うって・・・デート?」
ポツリと呟かれた桃の言葉に、利長と翼は愕然とする。
「急げ!早く中に行って特賞を取るんだ!」
もはやそれしか方法はないと思われた。
慌てた2人は桃を引っ張って、屋内の射的会場に走る。
桃は、こんなに早く走った事はなかった。
すれ違う人々が驚いたように3人を見詰める。
急ぎに急いだ3人だが、残念ながらタッチの差で間に合わなかった。
射的会場の教室に飛び込む寸前で、どこかで聞いたような鐘の音がガランガランと鳴る。
「出ました!特賞!!豪華、某テーマパーク一日無料チケット!!」
桃には無責任にしか聞こえない能天気な声が嬉しそうに叫ぶ。
(誰よ!?)
桃たち3人は、焦ってドアを開けた。
そこに桃はとんでもない人物を見つけてヘナヘナと座り込む。
「吉田!!」
「そんな、バカな!」
利長と翼もそう叫んだきり絶句する。
そこではたいして嬉しくもなさそうに、今にもチケットを受け取ろうとしている吉田が、驚いた顔でこちらを振り返っていた。




