そして、王子は決意する(3)
本当は、私はあの時、あのまま死んでしまっていたのかもしれない。
あの事件のあった日――
私はジュエルに願いを叶えてもらう為、アイツと一緒にある洞窟に向かった。
でも、そこで待ち伏せていたハンターに、私は致命傷を負わされてしまったの。
もう少しで願いが叶えられたのに、なのにアイツは、自らの命を代償に、ジュエルに『何か』を願った。
2人で決めていた願いとは違う、別の『何か』を――
それから、何十年という歳月が流れた。
1人で過ごした数十年の間に、この国は随分と変わってしまった。
でも、私の時間は、あの時からずっと止まっている。
アイツのかけた願いで、私はずっとあの時の姿のまま生きているの。
怪我をしたって、しばらくすれば治ってしまうから自決する事だってできない。
どうして自分の身を犠牲にしてまで、私を生かしているのか――いくら考えても答えは出なかった。
もうこの世界に、アイツはいないのに。
だから、これはアイツにかけられた『呪い』だと、そう思った――
この『呪い』が、ジュエルの願いによってかけられたものなら、それを無効にできるのもジュエルしかない。
だから探すの。あの時アイツが願いをかけたジュエルを。
これから先何十年、何百年かかっても――絶対に。
シーザは、自室のベッドの上で、ティルが別れ際に話した内容を思い出していた。
この話を信じるかどうかはシーザの自由だと、最後にそう言って別れたが――
(正直、実感は……湧かない話だよな……)
普通の人間が、年をとらないまま何十年も生き続けているなんて話を、信じろと言う方が難しい。
しかし、ティルが嘘を言っているようにも思えなかった。
じゃあこれが本当なのなら、彼女は不老不死の体だと言えるだろう。
年をとらない体、永遠の命――誰もが憧れる、お伽話のような話。
しかしティル自身は、その事に嬉しさなどは微塵も感じていないようだった。
時間の流れに置いて行かれる様な焦燥感。
周りにいる人間全てが、自分よりも先に逝ってしまう孤独。
ティルは数十年という長い時間、そんな感覚を、たった1人で味わっているのだ。
家族も、友達も、知り合いも、皆いなくなった世界で――
(やっぱり……私なら寂しいな……)
そう考えると、永遠への憧れもあっさりと薄れてしまう。
同時に、自分はこれからどうしようかを考えた。
大書庫にある扉の暗号の解明は、任されたままだからやるとして。
その間ティルは、やはり1人で目的のジュエルを探すのだろう。
いくらティルが元トレジャーハンターだとはいえ、遺跡がとても危険な場所だという事は、今日の探索で身をもって味わった。
……いや、今日のアレは、若干自業自得な気がしなくもないが。
(何か……手伝える事はないだろうか……)
彼女のために、自分にできる事をしてあげたい。
シーザは純粋に、そう思った。
何度も寝返りをうちながら、ベッドの上でうんうんと一晩中考えていた。
(どうして……あんな話したりしたんだろ……)
1人、部屋に戻ったティルは、浴室でシャワーの蛇口をひねる。
シャワーから勢いよく溢れ出た水が、ティルのしなやかな四肢を伝う。
遺跡でシーザと転がり落ちた時にできたすり傷は、痕もなくすっかり綺麗に消えていた。
( あんな話、今更誰かに話したって無駄じゃない)
適温になった水を頭からかぶりながら、今日の自分は自分らしくなかったな、と思い返した。
他人とは必要以上に関わらないと、そう決めていたはずなのに。
シーザだって、大書庫にあった扉の開け方を調べさせるのに都合がいいからというだけで、それ以上に思うところは何もない。
中の資料が調べられれば、後はいつものようにすっぱり縁を切るつもりで近づいただけなのだから。
今日あんな話をしてしまったのも、きっとここ数日の情報集めで、少し疲れていたからだ。
(しっかりしなきゃ……。深入りして後悔するのは、結局は自分なんだから――)
自分自身にそう言い聞かせる。
浴室の明かりが微かに漏れる薄暗い部屋に、シャワーの水音だけが響いた。
「就職……したいですって!?」
朝食が終わり、今日の予定の確認していると、兄から突然告げられた言葉に、クールは椅子から立ち上がって驚きの一声を放った。
「うん……こんな時期に、急な話で申し訳ないんだけど」
「正気ですか、兄上……」
クールはゆっくりと溜め息をつき、席につく。
『城下で仕事がしてみたい』
それが、シーザが一晩中考えた――と言っても、あの後考えを巡らせるあまり途中で気絶し、気がついたら朝だった、というオチなのだが――末に出した結論だった。
昨日のように、変装してこっそり城を出ると言う手もあるが、それを毎日続けるのは、限界がある。
自分の駄目っぷりは自分自身が1番よく分かっている。
それに勘のいいクールの事だ。隠し事をしていても、すぐにばれてしまうだろう。
だからこの際、正式に許可を貰って、堂々と城下に行ける様にしてしまおう、と思い立ったのだ。
だが言ったところで、そう簡単に許可が貰えるとは思っていない。
案の定、申し出を聞いたクールは眉をひそめてこちらを睨んでいる。
しかし、自分が何も手伝えない分、1人で国王の代理を務めてくれているクールに内緒にしておくのは気が引けた。
「やっぱり……ダメ……かなぁ……?」
「当たり前です」
あらためて訊くも空しく、クールにぴしゃりと肯定される。
しかしシーザも、ここで引き下がるわけにはいかない。反対される事を見越していた為、シーザはここぞとばかりに事前に用意していた理由を述べる。
「でも、ホラ、やっぱりいい王様になる為には、もっと国民の声も聞かなくちゃいけないと思うんだ。城にいるだけじゃあ分からない事も沢山あるし、皆がどんな暮らしをしているのか、国を代表する者として知る義務もあるじゃないか」
自慢じゃないが、ここまで綿密に言い訳を考えたのは、もしかしたら初めてかもしれない。
それでクールを言いくるめられる自信はなかったが、何も言わないよりはずっとましだ。
「確かに、民の暮らしを知るのはいい事かもしれません。しかし、それ以上に兄上の身に何かあっては元も子もありません。この国も、昔に比べて随分治安が良くなったとはいえ、絶対に安全だとは言い切れないのですから」
クールはもっともらしい意見を述べる。
それ以上打開策を考えていなかったシーザは、反論できないまま、黙って弟の言い分を聞いているしかなかった。
「安全が保障されない場所に、行かせられるわけがないでしょう? 兄上はもっと自覚を持って、ご自身の身を案じられるべきです。 それに――」
「なかなかいい提案じゃないか」
話の途中で突然、聞き覚えのある低い声が、クールの言葉を遮った。
2人が声のした方を向くと、そこには体調不良で寝込んでいた父親――コーデリア国王が王妃に付き添われながら立っていた。
「ち、父上……!?」
驚きのあまり、シーザは席を立つ。
「お体の具合はよろしいのですか?」
「うむ。まだまだ本調子ではないが、今朝は少し気分がいいのでな」
息子達に、国王は少しやつれた顔に笑みを浮かべる。
「……で、シーザ?」
「あ、は、はいっ……」
「城下で働きたいというのは、本当かね?」
ゆっくりと、落ち着いた口調だが、それでいてしっかりとした眼差しでシーザを見据え、改めて訊く。
実の父親とはいえ、そこにいるだけでもひしひしと感じる国王の威厳に、シーザは少し気負いする。
気絶しそうになるのを堪え、何とか「はい」とだけ答えた。
「アテは?」
「え、ええっと……はい、一応は」
シーザは首を縦に振り返事をしたが、言わずと知れてまだ了解をもらったわけではない。
軽く嘘をついてしまったが、国王に許可を貰う為だ。この際仕方がない。
あると答えたシーザの返事に少し驚いたような様子で、国王は続けて訊く。
「一体、どういった仕事なんだ?」
「あ、え、ええっとー……それはー……」
仕事内容を訊かれ、シーザは思わず言いよどむ。
どういった、と言われても――……
元トレジャーハンターと一緒に、遺跡に勝手に忍び込んで、目的の煌石を探すお仕事です。
……なんて、勿論言えるはずもなく。
しかし返答が遅いとかえって怪しまれると思い、とっさに出てきた言葉は、
「な…『何でも屋さん』……かなぁ……?」
ハハハ、と誤魔化し笑いをしながらそう答えていた。
それを聞いた国王と王妃、そしてクールは、互いの顔を見合わせて、しばらく沈黙していた。
「本当に、よろしかったのですか?」
シーザが退室した部屋で、クールは国王に訊いた。
仕事先が『何でも屋』などと、明らかに怪しい言ったにも関わらず、国王はそれを承諾したのだった。
「まあ確かに、不審な点はいくつかあるがな」
「では、どうして……」
「毎日何もしないで過ごしていたあの子が、自分から仕事がしたいなどと言い出すなんて、初めてじゃないか?」
国王の言葉に、クールははっとする。
いつも何を言ってもやる気を出さないシーザが、今回は珍しく食い下がってまで頼んできたのだ。
昨日、知らない間に城を出て、夜遅くに帰って来た事と、何か関係があるのだろうか……
クールはいつもと変わらない表情で、ふと思い返した。
「やりたい事がどうあれ、私は、それが嬉しくてね」
そう言いながら微笑む国王は、息子の成長を喜ぶ親の顔だった。
「しかし、だからと言って、このまま黙って送り出す訳にもいかない」
「……父上?」
先程の柔らかな表情を一変させ、国王は真剣な眼差しでクールを見据えて言った。
「クール、私が今から言う条件下に合った隊の選出を頼まれてくれないか?」
「……?」
ガーディアン・ナイツの執務室が並ぶ棟の廊下を、1人の少年――ローラ(通称名)が相変わらず不機嫌そうな顔をして歩いていた。
買い出しに行っていたのか、手には大量の荷物を持っている。
自分の所属する部隊に宛がわれた部屋の前に立ち、数回ノックしてからゆっくりと扉を開いた。
「隊長、ただいま戻りました」
「ん、お疲れさまー」
中に入ると、正面の席に座ったクレスェントが雑誌を眺めながら手を振った。
部屋にはクレスェント1人だけだった。
先程買い出しを頼むだけ頼んだ、クレスェント以外の隊員達の姿が見当たらない。
「あれ? 副隊長達はどちらに……??」
荷物を置き、部屋を見回しながらローラ(通称名)が訊く。
「あー、何かゆうべ北西領にあった遺跡が崩壊したとかで、調査に出たんじゃない?」
クレスェントは雑誌のページをめくりながら、まるで他人事のように答えた。
「……で、隊長は何でココに残ってるんですか?」
「留守番でーす」
「……普通こういう場合、隊長が率先して任地に赴くものじゃありませんか?」
「えー……だって、なーんかつまんなそうだったし?」
「つまんなそうで仕事放棄ですかっ! 相変わらず適当ですねぇ隊長はっっ!!」
いつものキレツッコミをかますと、ローラ(通称名)はずかずかとクレスェントに詰め寄った。
「それに何でいつも制服着ないで出勤してるんですか!? しかも執務室に私物持ち込んで!! やる気あるんですかやる気は!!!」
そう言うと、こちらを見ようともしないクレスェントの手から雑誌を取り上げた。雑誌の表紙は、前かがみにポージングした女性の写真に『週刊ちゅっちゅらぷー』と書かれた、明らかにいかがわしいものだった。
取り上げられた雑誌を名残惜しそうに見上げながら、クレスェントは諦めて目の前に立つローラ(通称名)に視線を合わせると、
「今日は執務室が吉なんだって。だから出掛けないでココにいるの」
それだけ言った。その答えに、ローラ(通称名)は怪訝な顔をして訊く。
「一体……何を根拠にそう言い切るんです?」
「雑誌に載ってた占い」
「はぁ!?」
占い関係なく、ただ単に隊長がサボりたいだけだろうがーっ!!
その最初の言葉を口にしようとした矢先――コンコン、と扉を叩く正確なノック音が響いた。
ツッコミの行き場を遮られ、ローラ(通称名)は扉をきっと睨みつけた。
クレスェントがのん気に「はーい」と返事をすると、
「こちらに、クレスェント隊長はおられますか?」
扉の向こうから、妙にかしこまった丁寧な言葉で返事が返ってきた。
チラリとクレスェントの方を見ると、「ね? ココにいてよかったでしょ~??」と言わんばかりの視線を送られ、ローラ(通称名)はしぶしぶ扉を開ける。
そこには、精悍な顔立ちの青年が1人立っていた。
青年はローラ(通称名)と同様の形の制服だが、襟元には金のラインが入った紫色のネクタイ――それは、王室直属のガーディアン・ナイツである証だ。
そんな意外な人物の突然の訪問に、ローラ(通称名)は緊張のあまり体が強張る。
クレスェントは、それでもいつもと変わらない態度で「どうぞー」と青年を部屋の中へ促した。
ゆっくりと一礼して部屋に入ると、クレスェントの前に立ち、青年は一通の封書を取り出して告げた。
「第二王子のクール様より、勅命を預かっております。即刻確認の上、任務に当たられますよう」
手渡された封書には、王家の印が施されていた。
ナイフで封を切り、中に書かれた内容に目を通すと、
「……なるほどね……」
クレスェントはふっと笑みを浮かべて、それだけ呟いた。
ここまで読んでくださった方有難うございます。
サイト掲載時は次の話の途中までアップしてましたが、話の区切り的にとりあえずこれで終了です。
再アップする際ひと通り流し読みしてみてると、結構楽しんで書いてたのを思い出しました。
続きどうしようかなー…と思いつつも、やはり今とちょっと文章の打ち方変わってしまってるので一から修正しないと難しそうです。
それでは有難うございました!