そして、王子は決意する(2)
コーデリア王国には、他の国にはない、特殊かつ異色な職業が設けられている。
その一つが『トレジャーハンター』である。
一見すると、他人の所有する建物などに不法侵入してお宝を頂戴する泥棒に近い印象を受けるが、この国でのトレジャーハンターはそれとは異なる。
この国で言うトレジャーハンターは、国内各地にある遺跡や未開拓地域の探索や発掘、調査などを行う、国認定つきの立派な『職業』なのである。
トレジャーハンター達は数々の危険をくぐり抜け、まだ見ぬ未知なるお宝の発見に思いを馳せる。
とはいえ、発見した財宝全てがまるまる自分の懐に転がり込む事などは滅多にない。その殆どは国の歴史的資料として取り込まれ、トレジャーハンター達には相応の金額が支払われるシステムになっている。
無論、誰でも簡単になれる職業ではない。
適正審査の詳細は不明だが、知能や身体能力は人並以上の能力が要求されるのだとか。それに国の遺産を扱う分、信頼性も重視される。
現在、登録されているトレジャーハンターの人数は約100前後の、コーデリア国土の割に少人数な職業だと聞いた事がある。
更に危険を伴う職業ゆえに、探索中に命を落とす事も少なくない。。
そんな職業、自分には絶対に無理だろうし、なりたくもないな、と何度思った事だろうか。
……とまあ、シーザの『トレジャーハンター』についての知識はこんなところだろうか。
遺跡へ行く、と部屋を出てから、二人はまた黙々と歩いていた。
普通に歩いているのだろうが、相変わらずハイペースなティルの速度についていくので精一杯だった。部屋を出る前に渡されたリュックの重さが、どうせでもスローペースなシーザの足取りを更に遅くさせる。
西門から城下町を出て、コーデリア北西領に入り、それからも徒歩で移動する。
日頃勉強をするでも、体を鍛えるでもなく、のほほんと過ごしていたシーザの体力は既にへばりかけていた。
しかしここで「疲れた」「休もう」などと言おうものなら、ティルから強烈な鉄槌を喰らわされるのだろうな――
想像しただけで、恐ろしさのあまりぶるりと震えがきた。
なので遠回しに「歩くよりも乗り物で移動した方が速くないか」と提案してみたが、「そんな無駄金あったらタンス貯金するわい!」と、聞く耳持たずで即却下されてしまった。(※ティルの台詞は、本人が言ったまんまを引用しております。)
「さーて着いたわ! 行動するにはもってこいの時間帯ね!!」
それから丸一時間少々歩き続け――…目的の遺跡に着いた頃には、既に日が暮れかけていた。
ティルの「着いた」の言葉と同時に、シーザは力なくその場にへたり込んだ。体中の感覚がなくなるくらい、心身ともに疲れ果てていた。ここまでどうやって歩いてきたのか、ところどころの記憶もたどたどしい。
「決行は日が暮れてからだから、今のうちに色々と準備しなくっちゃね~♪」
あれだけ歩いたにもかかわらず、ティルは出掛ける以前と全く変わらないくらいの元気で、せっせと遺跡に入る準備を始めていた。
(私と同じだけ歩いたはずなのに、元気だなぁ……)
倒れ込んだまま、支度をするティルの姿をぼーっと眺めていると――
「ホラ! あんたも寝てないでさっさと支度する!!」
容赦なく顔を踏みつけられた。
まずは持ってきていたオペラグラスで、目的地である遺跡の周辺の様子を確認する。
遺跡の入り口には、見張り役であろうガーディアン・ナイツ2人立っていた。
見張りとして時間交代で立ってはいるものの、ここしばらく人が来る形跡もないのだろう――2人でたあいもない世間話をしたり、暇そうにあくびをしたりしている。
「狙い目は見張りが交代する2~3分の間ね。いなくなったところで一気に潜入するわよ!」
「え……せ、潜入……!?」
「そうよ。バレたら元も子もないでしょ」
「…………???」
ティルの発言に、シーザは混乱する。
トレジャーハンターなら、国から発行された登録IDを提出すれば難なく入れるはずなのだ。
だがティルは「潜入する」と言った。しかも「バレたら元も子もない」とも。
「だ、だって君はトレジャーハンターなんじゃあ……?」
「確かに、本業は『トレジャーハント』だけど、職業が『トレジャーハンター』だなんて一言も言ってないでしょ?」
「……え? そ、そうでしたっけ……??」
「そうよ。昔は結構簡単に取れたんだけど、今のご時世じゃあなかなか? そもそもあーんなバカ高い検定料やら登録料やら、お偉いさんの援助でもない限り払えるわけないでしょ」
「は、はあ…………」
ティルの本業は『トレジャーハント』だけど、職業で言うところの『トレジャーハンター』じゃあないらしい。
トレジャーハンターじゃあないのに、トレジャーハントするのか??
アレレ? じゃあソレって……ソレって……もっ、モモ……
「モグリじゃないかーっ!?」
「ちょっ……バカッ! 声デカイわよ!! 向こうに聞こえたらどーすんのよっ!?」
驚きのあまり、立ち上がって指差すシーザを、ティルは足払いで地面に沈める。
シーザはいつもの如くきれいにすっ転び、顔面から地面に激突した。
「とにかく、私はあの遺跡に用事があるから入りたいの! 登録してようがしてなかろうが関係ないわ!!」
「……そんな……無茶苦茶な……」
「……でもま、本当のところは『元』トレジャーハンターなんだけどね」
ティルは複雑そうな顔でそう一言付け加えた。
それから待つ事数十分――ついに見張りの交代の時間が訪れた。
最初にいた場所からゆっくりと近づき、ティルとシーザは茂みから様子を伺っていた。すっかり日も暮れ、真っ暗になった夜空の下では、遺跡の入り口に灯された灯りだけが頼りだった。
「さあ、見張りがいなくなったらダッシュで遺跡に飛び込むわよ! 見つかったらアウトなんだから、しっかりやんなさい!!」
「は、はい……頑張り……ます」
これを逃せば、交代の時間まで更に数時間待たなくてはいけなくなってしまう。
チャンスは、一度きり――
プレッシャーに押しつぶされそうになりながら、今か今かと息を潜めてその時を待った。
ピピッ ピピッ ピピッ …………
見張りの1人が腰につけていたカラータイマーが鳴る。交代の時間を告げるアラームだ。
カラータイマーを確認すると、見張りのガーディアン・ナイツ2人は交代の為に詰所のある方へと歩いて行った。
姿が見えなくなったと同時に、ティルが「いくわよ!」と合図をかけて茂みから飛び出した。シーザも後からそれに続く。
遺跡の入り口までの約数百メートル、とにかく無我夢中で走った。ティルに遅れをとるまいと、自分の精一杯の全速力で。
「中に入ってもしばらくは足を止めちゃダメよ! 気配で気づかれるかもしれないから!!」
後方を確認しながらティルが声を掛けるが、シーザに返事をしている余裕はなかった。ただ、ひたすらに走る。
すると目の前に遺跡の入り口が近づいた。その遺跡に扉はなく、四角く切り取られた穴がぽっかりと開いていた。左右に備え付けられた灯りを通り過ぎ、遺跡の中へ入ると、先が見えないくらい真っ暗だった。
しかし、2人は歩を止める事なく走る。入り口の灯りが届かなくなるまで走る。
(も、もうこれくらいで……)
そう思って、シーザが速度を落とそうとしたその時――途中から地面が傾斜を描いていた。
突然変化した地面に足元が対応しきれず、がくんと膝が折れて前のめりに体勢が崩れた。
「うわわっ……っと……とと……」
倒れる勢いで、シーザは思わず目の前にあった布を掴んだ。それは、前を走っていたティルのバンダナの結び目から出ている、リボンの裾の部分だった。
「!? なっ、ちょっと……きゃあぁっ……!!」
後ろからいきなりバンダナを引っ張られたティルも、当然のようにバランスを崩す。
そして2人で仲良くすっ転び、地面の傾斜に沿って下まで転がり落ちるはめになってしまった――
「……ったた~……」
頭をさすりながら、シーザはゆっくりと起き上がる。
「ここ……どこなんだろ……?」
遺跡の中だというのは理解しているが――
一応辺りを見回してみるものの、入り口の灯りはすっかり見えなくなり、どっちを向いても真っ暗闇だった。
「結構下まで来ちゃってるよなぁ……っ……イテテ……」
派手にこけて転がり落ちてただけに、体のあちこちが痛かった。
いくらシーザの体が人並以上に頑丈に出来ているとはいえ、やはり痛いものは痛いのだ。まあこういう傷は、しばらくすれば痛みは殆どなくなってしまうが。
「あ、あれ? ……ティル……?」
そういえばティルの姿が見当たらない事に気がついた。
恐らく一緒に落ちてきたと思うのだが――もしかしてはぐれてしまったのだろうか。
「……っと……」
こんなところで1人にされたら、右も左も分からない。
引き返すにしても、入り口ではもう見張りが交代を済ませている頃だろうし、今出て行ったらあっさり捕まってしまうのが関の山だ。
だからといってこのままココにいてもらちがあかないし――
(うあぁぁ~……どどど、どうしよう……捕まるのはヤだなぁ~……)
頭の中があれこれと試行錯誤し始め、オロオロする。
「ちょっと……いて……」
さっきから下から声がするのだが、必死で考え事をしているシーザの耳には届くはずもない。
(とと、とりあえず! ティルを探そうティルを!! 多分そんなに離れていないは……)
「どけっつってんのが聞こえんのかこのボケがっ!!」
「ぐぶがはっ!!」
なかなか気づかないシーザにしびれを切らせ、声の主は、下からシーザの腹部に強烈な蹴りをお見舞いした。
「さっきから声掛けてんのに、ヒトの上でヘラヘラ百面相やってんじゃないわよっ!!」
蹴りを入れた張本人はティルだった。上に乗っていたシーザをどかし、立ち上がる。
「1人で転がってればいいモンを、よくも私まで巻き込んでくれたわね。おかげで大事な一張羅が台無しじゃない!」
「……ごほっ……も、申し訳……ございま……せん……」
「幸先悪いわ、まったく……」
ティルはぷんすか文句を言いながら、体中のホコリを叩いていた。
まあ怒られるのも当然だろう。
探そうとしていた相手は、転んだ時に巻き添えをくらわせただけでなく、しっかり自分が下敷きにしてしまっていたのだから。
確かに、今思えば、地面にしては左手に当たる感触が妙に柔らかかったような気もする。
(……どこ触ってたんだろ……)
ティルはそれに関しては何も文句を言ってこないし、暗がりなのでお互いがどんな体勢だったのかもよく分からなかった――
シーザは自分の左手を眺めながら、手に当たったティルの感触を思い出していた。
「さ、それじゃあさっさと奥に進むわよ!」
ティルの声でシーザははっと我に返った。
お互いに、持ってきた荷物の中からライトを出して点灯させる。
遺跡の奥は、少し古ぼけた石畳の通路がまっすぐに続いていた。
「あ、そうだ。ティル、体は平気なのかい? 落ちた時、どこか怪我とかしなかった??」
シーザが思い出したように訊く。
自分は人並以上に丈夫に出来てるから多少はいいとしても、ティルは女の子なのだ。自分よりも外傷が酷いかもしれない。
「え、まあそりゃあ、アレだけ派手に転がったんだから、あちこちにすり傷くらいはあるわよ?」
「あの……平気……?」
「トレジャーハントに怪我は付き物よ。どこも折れてないし、探索に支障はないわ」
「そ、そう……よかった……」
シーザはほっとひと安心した。しかしその後、少し間をおいて「それに…」とティルがぽつりと口を開いた。
「それにこの傷も、すぐに消えるわ……」
呟くようにそう言い残すと、ティルは通路を奥へと歩き始めた。
その時は、ティルの言った言葉の意味が理解できなかった。
何の事だか訊き返すよりも、遺跡の奥へ進むティルに置いて行かれない様に、シーザはすぐさま後を追いかけた。
手に持ったライトの灯りをたよりに、2人は奥へと進む。
遺跡というから、もっと危険な罠が沢山あったり、扉の前には解読不能な暗号が記されていたりするのかと思っていたが、実際はシーザの予想に反するようにあっさり進めていた。
ティルに訊いてみると、この遺跡はトレジャーハンターが何度も探索したのだろうから、その時一緒にトラップも解除されたのではないかと言っていた。
「私もここは久しぶりなんだけど、前に入った時と比べたらトラップの数もかなり減ってるみたいだし」
こちらを振り向かないまま、前を歩きながらティルが付け加える。
「あ、ここに来たのは初めてじゃないんだ?」
「まあね。今回で3度目かしら」
どうりで、今までいくつかあった分かれ道を迷わずに進んでいたわけだ。
シーザはなるほど、と自分の中で納得した。
「他のトレジャーハンターに会った事ってあるのかな?」
「そうねぇ……こういう事してると、嫌でも会う事はあるわよ」
「その中に友達になった人っている?」
「いないわよ。私、他人とはあくまで仕事上での付き合いしかしない主義なの」
「えっと……じゃあ前にここへ来たのっていつ?」
「……随分と立て続けに質問するわね」
少しうざったそうに返され、立ち止まってこちらを振り返ったティルの顔を見て、シーザは気まずくなる。
確かに、さっきからいろいろと質問しすぎていたかもしれないという自覚はあったのだ。
「あ、あははは……迷惑だった?」
「……別に、今まで随分おとなしかったのに何でかなー……と思っただけよ」
シーザは「そ、そうだっけ?」と、少しとぼけてみる。
とはいえ、まだ知り合って2度目なんだし、ティルについて知らない事があるのも事実で。
……それに、心のどこかで「彼女の事がもっと知りたい」とも思っていたのかもしれない。何でかはよく分からないけど。
でも、実のところ、今は質問の内容など別に何でもいいのだ。
ティルがこちらに、何らかの反応を返してくれればそれで。
え、何で、ってそりゃあ――……
黙って暗がり歩くのが怖いからに決まってるじゃないですか。
「まあ、いいけどね……何だかんだであんたを無理矢理引っ張ってきたのは私なんだし」
そう言ってから一つ溜め息をつき、ティルはまた前を向いて歩き始めた。
「えーっと、前にここへ来たのはいつか、って質問だったかしら?」
「え、あ、はい……」
歩を進めるティルについて行きながら、シーザは慌てて返事を返す。
「んー…ちょうど32年くらい前ね」
「……えっ? さ、32……ねん??」
シーザは一瞬自分の耳を疑い、訊き返した。
ティルの外見からは予想もできないような年数をさらりと言われたような気がしたからだ。
「そう、32年。確かあんたの城でやってる大書庫公開行事が第8回を迎えた年だったから、だいたいそれくらい前よ」
「…………」
返答はあっさりと肯定された。
もしかして――ティルは自分を試しているのだろうか。
この後、振り返りながら「冗談よ」とか言って笑い話にするのかもしれない。
いや、むしろそちらの方が自然だろう。
この少女が、いくつの時からトレジャーハントをしているのかは分からないが、32年前にも生きていたなんて信じろという方が難しい。
だってティルの容貌は、明らかに自分よりも年下にしか見えないのだから。
「は、はは……じょ、冗談……」
シーザは苦笑しながら、ティルの顔を確認する。
しかし予想していたように可愛くおどけるでもなく、ティルの表情はいたって真剣だった。
(……じゃあ、ない……の……かな? あれれ……??)
もしかしてもしかするの? それとも単なるスルー??
シーザの頭の上では「?」のマークが飛び交う。
ティルの返答のないまま、ただ2人の足音だけが響いた。
一本通行の通路をしばらく歩いていると、四方を壁に囲まれた通路の圧迫感から、急に目の前の空間が広がる。
ところどころに灯りが燈され、天井がドーム状になった部屋。通路はその部屋で行き止っていた。
「さーて、この部屋がお目当ての代物が展示されてる最深部ね」
ティルは辺りを確認しながら、手に持っていたライトの灯りを消し、部屋の中央へと向かう。
シーザは中央に置かれているものに目を見張った。
「こ、これって……煌石……!?」
立ち止まった先には、人間大程もの大きさの煌石が厳重に展示されていた。
煌石(別名:ジュエル)はコーデリア国内でのみ採れる鉱物であり、それぞれの「色」によって異なる動力源を持ち、人々が生活する中ではごく普通に用いられている。
その為、煌石自体はさほど珍しいものではないのだが、ここまで大きなものはめったにお目にかかれるものではない。
ぽかんと煌石を眺めているシーザにはお構いなしで、ティルはシーザが背負っているリュックから探知機のようなものをいくつか取り出した。
そしてそれを煌石に向けて、しばらく画面を確認した後、
「……違う、これじゃない」
首を横に振りながら、一言呟いた。
「ま、本当に『アレ』なのなら、こんな大っぴろに展示されるわけないか……」
溜め息をついてから、ティルは使い終わった探知機をしまい始めた。
「さ、じゃあもうここには用はないし、さっさと帰るわよ」
「あ、あの……『違う』って……? それに『アレ』って……」
ティルにリュックを引っ張られて、若干後ろ体重な体勢になっているが、シーザは気にせず訊く。
「私が探してるものじゃなかった、って事。で、『アレ』は『ジュエル』の事よ」
「探してる……ジュエル……煌石? あれ? でも、君が探してるのって確か誰かの『名前』じゃなかったっけ??」
「あんたホント、やたら質問多いわよね」
「や、はあ……すみません……」
謝りながら、シーザは以前ティルが書庫で言っていた事を思い出す。
ティルは自分に呪いをかけた人物の名前を探している。
自分はその為に生かされているのだ――と。
しかし今日、ここに忍び込んだのは煌石が目当てだと言っていて――
やはり今回も、その事と何か関係があるのだろうか。
どうしても訊かずにはいられなかった。シーザ自身、何故なのかは分からないが。
道具をリュックにしまい終えたのか、後ろから引っ張られていた力が弱まった。
「……あんたは、何でも一つだけ願いを叶えてくれるジュエルの話を、聞いた事ある?」
しばしの沈黙を破り、ティルは突然シーザに訊いた。
質問を質問で返してきたティルの口調は、シーザが予想していたものより随分と穏やかだった。
「ね、願い……? 何でも……??」
「そう。現実に、この国に存在するジュエルの話よ」
「た、確かに昔、絵本でそんな話を読んでもらったような記憶はあるけど、でもそれは絵本の中での話で、作り話だし……そんな都合のいいものが本当に実在するわけ……」
「あるのよ! 実話なの!! だって……私は……私は……っ……」
ティルはそのまま、俯いて言いよどんでしまった。
まだリュックを掴んでいた手に力がこもる。
張り詰めるような空気に、続きを訊いてもいいのかどうか迷った挙句、シーザはティルに声を掛けようとした。
「……あの……ティル……っとと、うわわっ!?」
ティルは無言でさっきよりも乱暴にリュックを引っ張り、ごそごそと中を探った。
シーザが後ろに転びそうになるのを必死で堪えていると、中から目当てのものが見つかったのか、ティルの手が止まった。
「これ……」
そう言ってティルが差し出したものは、随分古ぼけた一枚のカードだった。
消えかけていて、はっきりとは読めないが、そこには『トレジャーハンター登録者ID』と書いてある。
記載された名前や個人情報は、もう読めなくなってしまっていたが、添付されているモノクロの証明写真には1人の少女の姿が写っていた。
「……え!? こ、これって……」
シーザは驚きのあまり目を丸くする。
写真に写っている少女は、今まさに、自分の目の前にいるティルにそっくりだったのだ。
「そう、私よ」
先ほど入ってきた出入り口に向かってゆっくりと歩きながら、ティルは静かに答える。
「あ、あの……でも……」
「でも、これはどう見ても、ここ最近発行されているトレジャーハンターのID登録カードじゃないじゃないか、って?」
自分の考えを代弁するティルの問いに、シーザは無言で頷く。
「言ったでしょ? 『元』トレジャーハンターだ、って」
「……う、うん……」
「その頃はID登録が今よりもっと簡単だったから、トレジャーハンターも今よりもっといたわ。そのせいで、違法行為もかなりあって荒れ放題だったんだけど」
「…………」
「そんな時アイツに会って、いろいろあって――事件のあった『あの日』から、私の時間は止まったまま」
「…………」
「分かる? 私は、それが発行された100年以上前から、ずっとこの姿なのよ」
ティルは苦笑しながら、シーザの方を振り返る――が、そこに立っていたはずのシーザの姿はなかった。
「……って、ちょっと! ヒトが柄にもなく真面目に話してるのに何してんのあんた!?」
「え、あ、い、いや……ははは……」
当のシーザは、部屋の奥の隅っこに座り込んでいた。
シーザが眺めていた壁の隙間には、草や木の根っこなどがところどころに見えていた。遺跡は数年の時を経て随分老朽化し、部分的に綻んでいるのだ。
ティルは呆れ顔でシーザを見下ろす。
「いやぁ~……君の話を聞いてる途中、そこで四つ葉のクローバー見つけちゃってついつい……っと」
そう言いながら、生えていたクローバーの束を引き抜いた。
ぼこっ………ガラッ……ズシン……
「……???」
クローバーを引き抜いただけにしては妙な音がしたのに、ティルは首をかしげる。
その後、上からぱらぱらと土が降ってきたかと思うと、それを合図に部屋の天井が勢いよく崩れ始めた。
「ちょっ、ちょっとおぉ~~っ!?」
「ええええぇっ!?」
ティルとシーザは同時に叫ぶ。
煌石の展示してある部屋は、奥からどんどん崩れていく。このままここにいては、間違いなく生き埋めになってしまう。
「なな、なんでこんな事にィーっ!!??」
「100%お前のせいじゃボケーーーーーッ!!!」
突然の出来事に慌てふためくシーザを罵倒しながら、2人は急いで部屋を飛び出し、元来た通路を無我夢中で走った。
その後、見張りのガーディアン・ナイツに目撃されたかもとかどうかとか、遺跡はどうなったのかとか、考えてる余裕は微塵もないまま、コーデリア中心部までダッシュ・ザ・マッハだった――