そして、王子は決意する(1)
「……探すよ……」
「?」
「あの扉を開ける為のパスワード、私が探すよ! 今夜の事も、絶対誰にも口外したりしない!! だから……っ……」
「だから……その……だから、また……」
とある満月の夜、突然現れた侍女姿の不審な少女。
その少女は『ティル』と名乗り、王族に関連のある人物の『名前』を探している、と言っていた。
そこいらにある資料はあてにならないらしく、シーザがふと思い出した代々国王が管理しているという隠し扉に目を付けた。
唯一の手掛かりは、その向こうにあるかもしれない。
しかし扉を開ける為のパスワードに見当もつかず、その夜は失敗に終わった。
そしてシーザは、自分が扉を開ける為のヒントを探す事で、半ば強引にとはいえ、ティルとまた会う約束をとりつけたのだった。
探さなければ。
彼女――ティルとの約束を果たす為に――……
そして、それから数日がたった現在――
当のシーザはというと……
「あ、あったあった! これで四つ葉のクローバー3つめ、っと♪」
何故だか今までのように、庭でのほほんと四つ葉のクローバーを探す日々を送っていた――……
コーデリア国は今日も晴天に恵まれていた。
王を欠いての大イベント開催から数日、クールは相変わらずイベントの事後処理等に追われている。
イベント最終日に起こった大書庫での不審な事件も、あれから当事者を発見できないまま、現在は壊された扉の鍵の修繕の為、書庫は立入禁止の状態になっていた。
昨夜から姿を消していた兄シーザは、次の日の朝早くに、塔の屋根の上で気絶していたのを、発見したガーディアンナイツ達によって救助された。
大書庫で起こった事に何らか巻き込まれていたのではないかと、意識を取り戻した後何度か兄に聞いてみたが、当のシーザの返答はいつも曖昧なものばかりだった。
目を逸らして懸命に誤魔化そうとしているシーザの態度を見ると、明らかに何か知っているのではないかというのがありありだったが、クールはそれ以上問い詰めようとはしなかった。
書庫の中が多少荒れてはいたが、生憎と盗られた物もないようだったし。
それに――
自室へ向かいながらふと外を見ると、いつものように庭でせっせと四つ葉のクローバー探しをしているシーザの姿が目に入った。
(……兄上が無事だったのなら、それでいい……)
不謹慎だとは知りつつも、兄の楽しそうな姿を見ながら、クールは心からそう思う。
シーザはこの国の次期王になる大切な人で、自分のたった一人の兄だから――
周りから何と言われようとも、クールの中のその想いだけは、常に不動のものであった。
「クール王子。先日の件でお話がー……」
顔見知りの臣下に、後ろから声を掛けられる。
考え事をしながら外を眺めてしばらくたっていたようだった。相変わらずシーザはこちらに気づかず、四つ葉のクローバー探しに没頭している。
「今行く」
一言そう返事をすると、クールは兄の姿を尻目に、声を掛けた臣下の方へ向かった。
「はぁ~っ、疲れた~~」
クローバーを探す手を止め、芝生にごろりと仰向けに横たわり、シーザはひと息ついた。
流れる雲から見え隠れする太陽が、ぽかぽかと暖かい。
「……いい天気だなぁ……」
しみじみと1人呟く。時折吹く風が心地よく眠気を誘う。
「ああ……平和だなぁ~……」
うとうとと意識が薄らいで、シーザは既に眠りにつく一歩手前だった。
遠のく意識の中で、そういえばとふと思い出す。
何だったっけ……? とても大切な事だったような気がするんだけど――……
…………
まあ、いいか。 また明日に……
そう思って完全に寝入ってしまおうとしたその時、誰かがこちらに向かって走ってくる気配を感じたと同時に、いきなり目の前に人影が飛び出してきた。
「なぁにのんきにだらだら寝くさっとんのじゃワレーーーっ!!」
乱暴極まりない言葉遣いの罵声を飛ばしながら、どこかで聞いた事のある声の主は、そのままシーザに強烈なエルボードロップをお見舞いする。
「ぐぎゃごはぁっ!!」
攻撃をモロに喰らったシーザは、奇妙な声を上げながら、夢見心地だった気分から一気に現実に引き戻された。
しかし、引き戻されすぎて、一緒に口から魂が抜け出しそうになったが。
「いたたた……い、いきなり何をするん……あっ! き、君は……!!」
腹を押さえながらゆっくりと起き上がると、目の前には例の少女、ティルの姿があった。
言わずもがな、先程エルボードロップをお見舞いしてきた張本人だ。ティルは仁王立ちをして、こちらをじっと睨んでいる。
「あ、あの……どうして君がこんなところに……?」
「…………」
恐る恐る声を掛けてみたが、ティルに無言で見下ろされ、シーザはバツが悪そうにもじもじと目を逸らした。ティルの顔を見ていなくても、怒っているのがピリピリと伝わってくる。
そうだった。思い出した、大切な事。
例の扉を開ける方法、調べなくちゃいけなかったんだっけ。
しかしここ数日、シーザは普通にいつも通りの生活を送っていたのだ。勿論の事ながら、あの日以降調査の進展はないわけで――
(ああ……どどど、どうしよう……)
シーザは慌てて、とっさの言い訳を考える。
ティルは溜め息をつくと、呆れた顔でシーザを見ながら口を開いた。
「まったく……あれからちゃんと調べてるのか気になって、2日前から様子を見てたけど、全然それらしい事をしているように見えなかったのは私の気のせいかしらねー?」
「うがっ……うぐぐ……」
嫌味をありありと含んだティルの言葉が、シーザの胸にぐさりと突き刺さる。
この場の空気を何とか和ませようと、シーザは愛想笑いを浮かべながら、とっさに思いついた言い訳で繋ごうとした。
「え、ええっと……じょ、情報を集めようにも警戒が厳重で……」
「とっさの言い訳してんじゃないわよ。2日前から見てたって言ったでしょ?」
「うぐっ……」
しかしシーザの貧困な思いつきも虚しく、ティルにはバレバレだった。しかもますます気まずい空気になってしまったような気がする。
今までの行動を見られていたのなら、諦めて正直に話すしかなかった。
「い、いや……いつもやらなきゃなーとは思うんですが、なかなか腰が重くて…。また明日やればいいかー、って思ってたら今の今までずるずると……」
「ま、別に期待はしてなかったけどね」
「……面目ない……です……」
そして、シーザはただただ平謝りするしかなかった。
「そういえばその格好……」
「ああ、コレ? この格好なら城内の庭を歩き回ってても不審に思われないでしょ?」
不思議そうに指をさすシーザに、ティルは自身の服装をくるりと確認しながら答えた。
青のオーバーオールに麦わら帽子に軍手……ティルのその格好は、どこをどう見ても庭師のものだった。
「あれ? 君ってここの侍女じゃあないの??」
きょとんとした顔でシーザは尋ねた。確か前回、ティルは城内で働いている侍女の格好をしていたのだ。
「あのねぇ……あんな騒ぎが起きた中で姿消しといて、おめおめと同じところに戻れると思う? 怪しまれる事確実じゃない」
ティルは呆れながら答える。そしてその後に「それにね……」と付け加えた。
「あれだけ人をこき使っといて、騒ぎのせいで給料貰えずじまいだし! 無償奉仕よ!? まったく、やってらんないわっ!! 私の貴重な時間返せっつーの!!!」
拳を握り締めながら、誰にというわけではなく訴える。
(いや……そもそもあの騒ぎは君のせいじゃ……)
シーザは騒動の原因が自分にあった事などすっかり忘れているようなティルの言動を聞きながら、一人心の中で突っ込んだ。
「何? 何か文句でもある??」
こちらをじっと見ているシーザに気づき、睨み返しながら訊く。
「い、いえ……何でもありません……」
あまりの迫力に、シーザはただ一言、そう答える事しかできなかった。
「まあ……今回サボってた分は、あんたの『体』で支払ってもらう事にしましょ」
「は、はい……えっ? ……ええぇっ!? かか、カラダ!!?? わわわ、私の!!??」
ティルの突然の提案に、シーザはすっとんきょうな声をあげる。
「そう。それでチャラにしてあげるわ♪」
体で支払うって……やっぱり『アレ』なんだろうか……?
見たこともないようなすごいところに連れて行かれて、あんな事やこんな事をそんな風に――……
そして用無しになったら、おもりをつけられて海にドボ…………
…………
あれこれと想像を巡らせながら、シーザは知らず知らずのうちに、また意識を失っていた。
「……ちょっとー?」
突然動かなくなったシーザを覗き込み、気絶しているのを確認すると、間髪いれずにドスッと一発、みぞおちに強烈なパンチを叩き込んだ。
「話の途中で寝てんじゃないわよ」
「ふがふっ……ごほっ……す、すいません……」
ティルは知ってか知らいでか――いや、恐らく知らずにとった行動だろうが――その一撃は、見事にシーザの意識を引き戻した。
衝撃を与えないと意識が戻ってこないとはいえ、ティルの一発はさすがにちょっと痛かった。
「かか、体って……一応全年齢対象の作品中に、随分と過激な発言をなさいますね……」
「……あんた、何ワケの分かんない事言ってんの?」
意識を取り戻したシーザの第一声に、ティルは呆れながら答える。
「ま、悪いようにはしないから。ちょっと付き合ってもらうわよ」
そう言いながらティルはシーザの服の襟首を掴んだ。
「え……つ、付き合うってどこに……っう、わわ、ちょちょ……ちょっと……」
シーザはそのまま、ティルにずるずると引きずられるがままに庭を後にする。
「んー……やっぱり外に行くのにその格好はマズイわね。とりあえず、まずは服をどうにかしましょ。 変装よ、変装♪」
『変装』と言う言葉を口にしたティルは、何だかちょっと楽しそうだった。
「さーて! お忍び成功~♪ ってとこかしら?」
「はあ……ご苦労様です……」
城門を抜け、城下街に向かって歩く男女2人組の姿があった。
女の方はエプロンドレスにつばの大きめの帽子という、いかにも少女風な格好で、男の方は体全体を覆うマントに帽子を目深に被っている、放浪者風の格好。
「案外ちょろいわね。あんたの城の警備、もっと強めた方がいいわよ~?」
「……め、面目ないです……」
少女の強気な発言に、男はおどおどと返事を返していた。
男女2人の正体は、言わずもがな変装したティルとシーザだ。
2人の格好に接点があるのかどうかは定かではないが、鼻歌を歌いながら後ろ手に組んで歩くティルの姿からは、その格好を楽しんでいるように見えた。
シーザはその後ろをついて歩く。
「でも、本当にバレないなんてなぁ……」
そう言いながら、シーザは自分の格好をあらためて確認する。
変装とはいえ、単にマントと帽子で素性を隠しただけなのに、城門の前に立っていたガーディアン・ナイツに呼び止められる事も無く門を抜けられたのだ。城から出てくるにはあまりに不可解な格好の2人組に、少し怪訝そうな顔をしたような気はするが。
それって一体どういう事なんだろうか――……
「そりゃそうよ」
「え? そりゃそう、って……?」
「だってあんた、王族の威厳みたいなオーラが微塵も出てないんですもの」
ぐさっ
「その髪と瞳の色を隠しちゃえば、その辺歩いてたってあんたが王子だ、なんて誰も気づきゃあしないわよ」
ぐさっ ぐさっ
「あ、あはは……そ、そう……ですか……」
「そうそう♪」
さも当然のように答えるティルの言葉に、シーザは苦笑いを浮かべながら地味にハートブレイクしていた。
自分でも、らしくないのはそれなりに自覚していたが、こうもはっきり面と向かって言われると、さすがにキツイものがあった。
(……ちょっとくらい違う言い方してくれてもよくないか……?)
あのガーディアン・ナイツがどこか抜けていた、とか、分からないくらい変装がカンペキだ、とか。
そう思いながら、ティルに気づかれないよう、はぁと溜め息をついた。
(あれ……? そういえば……)
シーザはふと、城を出る前のティルにした質問を思い出した。
ティルはどうして今日は侍女の姿じゃあなかったのか。
本人は「おめおめと同じ場所には戻れないから」だと言っていたが、それなら城で働く事自体できないのではないだろうか?
だって城で働くには、いろいろ書類を通さないと無理だったはずだし、素性が明らかになる時点でアウトだ。
それならば、何故今日は庭師の格好で城にいたのか――
(……も、もしかして……?)
結果、シーザの中でかなりアバウトな結論に行き着いた。
「あ、あのー……つかぬ事を伺いますが」
確かめずにはいられず、シーザは前を歩くティルに声を掛けた。
「? あらたまって何?」
「その……ティルは、いつから城に働きに来ていたんですか?」
「……? 私、別に働きになんて行ってないわよ??」
シーザの質問に、ティルはくるりと振り返って不思議そうな顔で答えた。
「だって、お城には大書庫の資料目当てで潜り込んだだけですもの。まあ……下見で少し早めに潜入したら、イベントの準備とかで思いのほかコキ使われていい迷惑だったけど」
「じゃ、じゃあやっぱり書類とかはー……」
「はあ!? んなモン出すわけないでしょ! 書類偽装するにもあれこれ手間かかって面倒だし、バレたら一発でアウトじゃない!!」
「な、なるほど……よく……分かりました」
つまりシーザの予想通り、城には不法侵入だった、というわけだ。
しかも確信犯。更にタチが悪い。
「まあ、あの侍女の制服はちょっと惜しかったかなー。結構気に入ってたし」
「そういえば今日のこの服といい、随分と準備がいいですね」
そう言いながら、シーザは無理矢理ティルに着替えさせられた自分自身の服を見た。
服のセンスがどうとかは、オシャレに関して無頓着なシーザにはよく分からなかったが、今着ているこの服も、ティルがどこからともなく持って来たものだ。
もしかして、自分の為にわざわざ用意を――……?
そんなちょっと淡い期待をしたが、
「あ、その服? それは城の衣装部屋からてきとーに見繕ってきたヤツだけどね」
ティルのその一言で一蹴されるのであった。
「因みに、私のは自前だけど♪」
期待はずれの回答にがっくりと肩をおとすシーザの様子など気にも留めず、ティルは楽しそうにくるりと回ってみせた。
「え、じ、自前……ですか……」
「そ♪ テーマは『風車の街の少女』よ! 結構可愛いでしょ?」
「……はあ……そ、そう……ですね……」
「……何か言いたそうな反応ね……?」
シーザのイマイチの反応に、ティルは面白くないといった顔をして訊く。
近づいてきたティルに顔を覗き込まれて目と目が合う。
突然の事にどきりとしながら、シーザは思わず視線を逸らして「ええ、まあ、ちょっと……」としどろもどろに答えた。
「言ってごらんなさい?」
やたら威圧感のある笑顔で、ティルは話すよう促す。
「た、たいした事じゃあないし結構で……」
「シャキッと言わねぇとツブすぞワレ」
「……う……っ……」
ティルは変わらず笑顔で静かに訊く。だが口調は凄味をきかせた乱暴なものだった。
その相反する態度に圧倒され、冷や汗がシーザの頬を伝う。
(い、言わなきゃ……や、やられる……!!)
シーザは身の危険を感じ、あっさりと観念した。
「い、いや……ティルは随分と衣装持ちさんだなー……と……」
「そう……それで?」
「え、えーっと……それで……もしかして変装は君の趣味なのかなー……と思っ――」
「誰がコスプレ好きじゃゴルァーーーッ!!」
まだ言い終わらないうちに、シーザの首に強烈な衝撃が走り、気づけば体が横にふっ飛んでいた。
一瞬の出来事に、相変わらず受け身など取れるはずもなく、シーザはそのまま無防備に地面を数メートル滑走し、そして沈黙した。
「いい!? コレは潜入の為にし・か・た・な・くやってるの! あんまりフザけた事言ってると蹴り倒すぞガキがっ!!」
自分が元立っていた場所では、ティルが物凄い形相でこちらを指差しながら抗議している。
「……あ……あの……『蹴り倒す』って言う前に、君の蹴りで私の体がふっ飛んでいるのは気のせいでしょうか……?」
そんな呟きはティルに届くはずもなく、シーザは倒れたまま体をピクピクさせていた。
「ともかく! そんなところで寝てないで、日が暮れないうちにとっとと行くわよ!!」
そう言うと、ティルはシーザの襟首を掴み、ずるずると引きずりながら城下に向かって再び歩き始めた。
「そうそう、着替えてる時に思ったんだけど――」
「…………」
歩きながら、唐突にティルが口を開く。
シーザは、先程の蹴りの衝撃や痛みは既に完治していたが、ティルに引きずられているせいで首が絞まり、返事をするどころではなかった。
顔も微妙に青ざめているような気がする。
しかし、ティルは構わずに続ける。
「あんた、毎日ぼけーっと過ごしてるワリにはイイ体してたわね」
シーザを着替えさせた時の事を思い出しながら、ティルはくっくっくと楽しそうに笑う。
誰かに目撃されないうちにと、シーザの着替えはティルによって半強制的に行われたのである。
元々着てた服を強引にひん剥かれて、今の服を無理矢理着せられて、現在に至り――
まあ、要するにその時見られたわけだ、いろいろと。
しかも、まだ知り合って間もない年頃(?)のいち女子に。
「…………」
傍から見ると、相変わらずシーザは無反応だったが――
(ああ……私、もうお婿に行けないかも……)
心の中では、自分が王子だという事をすっかり忘れているような意味不明な嘆きに沈んでいた。
それからどれくらい歩いただろうか。
城下街に入ってからは自分で歩くように言われ、結構な時間になる。中心部からは随分離れ、2人は民家の密集した場所の細い路地を歩いていた。
あちこち複雑に入り組んでいて、どこをどう歩いてきたかなどもう覚えていない。
シーザは、前を歩くティルを見失わないようについていくので精一杯だった。
「さあ、着いたわ」
そう言ってティルの立ち止まった場所は、普通よりはやや古びた借家のように見える。というか、どう見てもそのものずばり借家なのだが。
「あの……ここは一体……?」
「私の今の住まいよ」
ティルは部屋の鍵を開け、中に入る。
『今の』というところが妙にひっかかったが、シーザはそのままティルの後を追って部屋に入る。
他人の部屋に入るのは初めての上に、しかも女の子の部屋だ。
一般民の女の子って、一体どんな部屋で生活してるんだろ……?
そう思うと、期待と照れくささに自然と胸が高まった。
――――が、
シーザの中の『女の子』に対して描いていた可愛いイメージを見事に裏切ってくれるものだった。
その部屋は、簡素と言うか質素と言うか、生活する為の必要最低限のものしか見当たらなかった。ティルの変装と称した服装のセンスなどから見られる、女の子らしさなどは微塵も感じられない部屋だった。
(なんか……意外かも……)
後ろ手に扉を閉めながら、シーザはぽつりと呟いた。
部屋を見回しながら、しばらくそのままぼーっとつっ立っていたが、ティルに「その辺に適当に座って待ってて」と言われ、中央に置かれたソファに腰掛けた。
当のティルは、奥の部屋でごそごそと何かの準備をしているようだった。
(そういえば……体で払うんだったっけ……)
シーザは、自分がここに連れてこられた理由をあらためて思い出す。
あんな事やこんな事じゃなければいいんだけど……。
目くるめく想像に、また意識を失いそうになった矢先、奥の部屋から着替えを済ませたティルが出てきた。
赤い服に、頭には緑のバンダナ――それは以前、城の塔の上から去った時の格好に似ていた。
「じゃ、準備も整ったところで早速行くわよ!」
そう言いながら、ティルは手に持っていたリュックをシーザに投げて渡した。膝の上で受け止めたそれは、ずしりと重みがあった。
「え……い、行くって何処に……」
「遺跡」
「い、遺跡……!?」
「そう。トレジャーハントが私の本業なの」
得意げにウインクしながら、ティルは楽しそうに答えた。