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それは、思いもよらぬ拾い人(4)

 突然書庫から鳴り響いた警報音に、城内はざわめき始めていた。

 他の場所の警備にあたっていたガーディアン・ナイツ数名が、急いで書庫へ向かうよう要請を受ける。

 しかし書庫へ入るなり、床に倒れた自分達の同僚の姿や、扉に大量に突き刺さったナイフなど、尋常な事態でないのを悟った。

 犯人捜索のため、書庫前の通路はたちまち騒がしくなる。


 騒ぎの張本人達は、書庫とは逆方向にある東の塔の屋根にいた。

「とりあえず、ここまで来ればしばらくは平気かしら」

 少女は下の様子を伺いながら一息ついた。

 見張りについていたガーディアン・ナイツ達も、犯人捜索に借り出されたせいか、こちらの警備は若干手薄になっていた。

 襟首を掴まれ、屋根の上を半ば引きずられるかたちで連れてこられたシーザは、あちこちぶつけてかなりズタボロの状態だった。

「平気?」

 心配するというよりは一応生存確認、という感じで少女がシーザに声を掛ける。

「ええ……まあ……なんとか」

 少女の呼びかけに、シーザはかろうじて返事を返す。

「あーあ、こうなっちゃったらさすがに戻るに戻れないわね……」

 少女も全く無事、というわけでもないようで、問題の箇所を確認するようにスカートを翻す。

 逃げている最中にどこかで引っ掛けたのか、着ていた侍女服のスカートの裾が縦に裂けてしまっていた。

「動きにくいし、もう着てても仕方ないか」

「え……ええっ!? あ、あのっ……ちょっと……!!??」

 シーザは驚きのあまりがばりと起き上がる。

 なんと自分がそこにいるのを気にも留めず、少女はいきなりその場で侍女服の胸のリボンをほどき、服を脱ぎ始めたのだ。

 少女の大胆な行動に、恥ずかしいような、でもちょっと見たいような……。

 シーザは片手で顔を覆いつつも、指の隙間からその様子を伺った。

 袖から腕を抜いて、上からばさりと脱ぎ去ったその下は、片スリットの入った服がしっかりと着込まれていた。

 そして腰に巻いていたバンダナをほどくと、頭に被り、後ろ髪をまとめて中に入れリボン結びした。

「……何?」

 呆然とこちらを眺めているシーザの視線に気づき、少女は振り返って訊く。

「い、いえ……何でもありません……」

 シーザはそう言いながら慌てて視線を逸らし、そのままうつむいた。

(なんだ、下に着てたのか……)

 ほっとしたような、少し残念なような。

 男としてちょっと複雑な心境だった。


「もう書庫に入るのは無理みたいだし、今夜は諦めるしかないわね」

 相変わらず騒がしく人が行き来する書庫前の様子を、どこからか出してきたオペラグラスで眺めながら少女は言った。

「えっ、あ……そう……」

 声を掛けられたわけではなかったが、シーザは思わず返事をする。しかも何故だかまたもその場に正座していた。

(もう……行っちゃうのか……)

 そこには、少しがくりとテンションの下がる自分がいた。

 何だろう……私、ちょっと残念だと思ってる??

 ナイフで脅されたり、おもいっきり顔踏まれたりで、いい事なんて一つもなかったはずなのに……

 明日が来れば、また平和で単調な毎日の生活に戻れる。

 それでいい、と思っていたはずなのに。

 ほんの少しの間だったけれど、彼女といた時間は今までのどの一日よりも長く感じられた。

 どうしてだろう……彼女と一緒にいて、今夜はすごく――


(楽しかった――……)


「あ、あのっ……!!」

 そう思ったら、知らず知らずのうちに、屋根から飛び去ろうと準備していた少女に声を掛けていた。

「あのー……また、書庫を調べに来るんだよね……?」

「え? まあ……しばらくは無理でもいずれは……ね。今のところ、あそこにしかそれらしい手掛かりがなさそうだし」

 先程までと少し雰囲気の違うシーザの様子に、少女は何事かと戸惑いながら答える。

「……探すよ……」

「?」

「あの扉を開ける為のパスワード、私が探すよ! 今夜の事も、絶対誰にも口外したりしない!! だから……っ……」

 シーザは自分自身に言い聞かせるように、必死で思いを言葉にする。

「だから……その……だから、また……」

 また……自分は、どうしたいのだろう?

 言葉にすればするほど、自分の中の思いとは遠ざかっていくような気がする。

「……っ………」

 そう思うと、それ以上言葉にできなかった。

 シーザの突然の申し出に、少女は戸惑いながらも、少し考えて答えを出す。

「確かに、その件は部外者の私が調べるよりは、あんたに頼んだ方が手っ取り早そうね」

 了解を示す少女の発言に、シーザは顔を上げる。

「え、そ、それじゃあ……」

「でもいいの? 王族の秘密を部外者に教えるなんて、バレたらかなりの重罪が科せられるかもしれないのよ??」

「あ……それは考えてなかった……」

 頭の片隅にもなかったと言わんばかりに、シーザはきょとんとした顔で答えた。

「んー……でも、まあ……バレたらその時はその時で。うん」

 あっさりと完結させてしまったシーザを見て、少女はぷっとふき出した。

「あんた、ヘタレに見えて案外大物かもね」

 そう言いながらクスクスと笑う姿は、今までの作り笑顔じゃない、初めて見る少女の本当の笑顔だった。


「それじゃ、また数日後に様子を見に来るわ」

 またもどこから出したのか、少女は移動用のグライダーを広げていた。

「パスワードの解明、頑張ってちょうだいね、王子サマ」

「……シーザ……」

「ん?」

 ぼそりと呟くように訴えるシーザの言葉を訊き返した。

「シーザ……『シーザ』でいい。『王子』で呼ばれるのは……その……あまり好きじゃないから……」

 複雑そうに、そう言いながら目を逸らす。

 その言葉を聞いた少女は、一瞬びくりと驚きを表したように見えた。しかし、

「……そう……」

 と、それだけ言うと、そのまま深く追求はしなかった。

「あ、あの……君の……名前は……?」

 シーザは恐る恐る訊き返す。

 そういえば少女の名前を聞いていない。名前を聞いておかないと、コンタクトを取ろうにも、どこの誰なのかが分からないと何かと不便だ。

 そのまま黙って少女の言葉を待つ。

「……ティル」

 少女は一言だけ答えた。

「はあ……ティル……さん、ですか……」

「私も『ティル』でいいわ。……今は、それが私の名前よ」

「え……い、『今は』……?」

 今は、ってどういう事だろう?

 少女――ティルのひっかかる言葉に、シーザは思わず繰り返す。

「細かい事は気にしないの! ソコは、お互い様でしょ」

 シーザの問いかけをバツが悪そうに流すと、軽くウインクしてごまかした。

「は、はあ……」

「それじゃあね、シーザ」

 シーザの曖昧な返事をよそに、ティルはそのままグライダーで飛び去っていった。

 月が雲に隠された闇夜に乗じて飛んでいくティルの姿を、シーザは見えなくなるまで見送った。

 ティルにはまだまだ聞きたい事が沢山あったが――……

「……さて、これからどうしよう……」

 そう言いながら、シーザは恐る恐る屋根の下を覗き込む。

「ああぁ……や、やっぱり……高いなぁ……」

 今はとにかく、どうやってこの塔の屋根から下りようかが、目の前にある最優先事項なのだろう。

 しかし、下の高さを確認した時点で腰が抜け、そのまま屋根の上から一歩も動けなくなってしまっているのが、シーザの現状だった。



(『王子で呼ばれるのは好きじゃない』……か……)

 闇夜の中を飛びながら、ティルは先程のシーザの言葉を思い返していた。

「久しぶりに聞いたわね……あの台詞……」

 ぽつりとそう呟くと、そのまま追い風に乗せてグライダーを加速した。




 城内で不法侵入者の騒ぎがあった事は露知らず、城下は祭の最終日で、大いに盛り上がっていた。

 大通りに並ぶ屋台に群がる人々をかき分け、ローラ(通称名)はいつもの如くクレスェントを探していた。

(まったく……ここ数日の任務を見事に全部すっぽかしてくれるんだからあの人は!!)

 辺りを見回しながら、ずかずかと早足で歩く。

 クレスェントを探しに向かう際、他の隊の隊員からちくりと言われた嫌味が、ローラ(通称名)のイライラを更にグレードアップさせていた。

 それから探し回ること数十分――やっとの思いで、食べ物の屋台の前にいる、見慣れた後ろ姿の青年を発見した。

「隊長! クレスェント隊長!!」

 ようやく見つけた相手の名前を呼びながら、ローラ(通称名)は人ごみをかき分けながら近づく。

「クレスェント隊長!!」

「んー?」

 後ろから名前を呼ばれた青年は、興味なさげに振り返る。手にはりんご飴やらたこ焼きやらの食べ物は勿論の事、風船やお面もしっかり装備済みだった。

 まさに祭バカといわんばかりの満喫っぷりだ。言わずもがなガーディアン・ナイツの制服は着用せず、私服である。

「まったく、やっと見つけた! 召集かかってるんですから、早く城に戻りますよ!!」

「えぇーっ! さっきそこでイカメシ頼んだのに~!?」

「そんな物は後です! 急ぎなんですから!!」

「えーヤダー。イカメシ食べるのー」

「何が『えーヤダー』じゃあぁっ! アンタはどこのガキだよ!!」

 駄々をこねるクレスェントに、ローラ(通称名)は片手で屋台の台を叩きながら、相変わらずのキレツッコミをかます。

 数十分によるクレスェント捜索に、人ごみの歩きにくさと他の隊員からの嫌味とのイライラがプラスされ、ローラ(通称名)の態度はもはや上司に対して取るものとは程遠いものになっていた。

「とにかく! 緊急事態なんです! さっさと帰りますよ!!」

「じゃあ、あと5分だけ待って……」

「却下ぁーっ!!」

 クレスェントの提案は、最後まで聞かれないまま即取り消されてしまった。

 ローラ(通称名)はクレスェントの腕を掴むと、そのまま無理矢理ひきずるように城へと向かった。

「ああ~、ゴメンよイカメシ~~」

 イカメシとの対面を果たせないままの別れを名残惜しむクレスェントの声が、大通りにむなしく響いた。



 早く城へたどり着く為に、ローラ(通称名)は人通りの多い道を避け、路地裏経由で向かう事にした。

「あーあ、あと食べてないのあそこだけだったのになぁ……」

 後方には、後ろ向きにひきずられながら、クレスェントがぶつりと文句をたれている。

 しかも、ふと見ると、ひきずられている体勢のまま、手に持っていたりんご飴を食べ始めていた。

(器用だなぁおい……)

 ローラ(通称名)は呆れながら、心の中でツッコミを入れる。

「ところで、緊急招集だっけ? 城内で何かあったの??」

 りんご飴をかじりながらクレスェントが訊く。

「大書庫に何者かが侵入したらしいですよ。警備にあたっていたガーディアン・ナイツ数名に怪我はなかったようですが、かなり濃度の高い睡眠スモークが焚かれていたそうです。彼らに事情を聞くにしても、早くて明日の朝になるでしょうね」

「ふーん……」

 正確かつ簡潔に、ローラ(通称名)は現場からの情報を説明する。クレスェントは、今度はもう片方に持っていたたこ焼きをほおばりながら、相変わらず興味がなさそうに報告の続きを聞く。

「それから、扉に大量の投げナイフが刺さっていたそうです。誰かが刺されたような痕跡はなかったみたいですけど」

「……ナイフ……ねぇ……」

「あと、第一王子のシーザ様が行方不明だとか」

「……王子が?」

 思いがけない人物の名前に、クレスェントはローラ(通称名)に訊き返す。

「ええ。何でも、トイレに行くって走っていったまま、行方が分からなくなってるそうですよ。まあ、その事件と関係があるのかどうかは定かじゃないですけどね」

「……へぇ……」

 クレスェントは、何かしら思惑があるよう返事を返す。意識の遠いところで、しばらく考えてから何気なく口を開く。

「ソレ、案外関係アリかもしれないよー」

「え……隊長!?」

 いきなりの発言に、ローラ(通称名)は驚いて後ろを振り返る。まさかこの隊長が何らか関与しているのでは!? という疑惑が胸によぎる。

「出会いは、思いもよらぬ拾い物から始まるからね」

「はあ……拾い物……ですか?」

 しかし事件の話と接点があるのかないのか、クレスェントからはよく分からない予想外の言葉が返ってきた。

「あ、でもあそこは『物』じゃなくて『人』かな。拾い人! オレも早く逢えないかなー」

 そう言いながら、クレスェントは1人でふふふと楽しそうに笑う。

「いやー、楽しみだねーローラ♪」

「……僕には、隊長の言ってる意味がさっぱりなんですけど」

 楽しそうな上司の姿をよそに、ローラ(通称名)は不機嫌な顔のまま、再びクレスェントをひきずりながら城に向かって歩き始めた。



 さて、これからどうする?

 君達の『運命』は、まだ始まったばかりだよ――

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