表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

それは、思いもよらぬ拾い人(2)

 イベント初日は、雲ひとつない晴天に恵まれた。

 城下のあちこちで開催を告げる昼花火が上がる。

 コーデリア城へ続く大通りでは、早朝から来賓である各領の代表達の乗る車が行列を作り賑いを見せていた。道を挟むように左右に分かれて人だかりが出来ており、歓喜の声を上げる者や大きく手を振る者もいる。来賓者たちは車の窓を開けてそれに手を振って応えていた。


 一日目は各領での内情報告を兼ねた談合に半日を費やし、大書庫の開錠式はその日の夕刻に行われた。

 司書長によって書庫の奥にある特別区の扉が開放される。

 本の日褪せを嫌ってか、書庫の中は明かりが点々と灯っているだけの薄暗い造りになっていた。幾段にも積み重ねられた書棚が更に威圧感を感じさせた。

 眼前に広がる膨大な資料の数に、来訪者達から感嘆の声がもれる。

 大陸の成り立ちから建国に至るまでのいきさつ、付近の街の発展経路や領制度の施行、そしてこの国の王になったコーデリア家の血縁図など、外には持ち出せない資料の数々がそこにはあった。


 そう、そこにあるもの全てがまさにこの世界の『歴史』そのものだった――


 大書庫はこのまま最終日の夜まで開放され、各領から招かれた代表者達はこの間に必要な知識や自分が興味のある内容などを、読んで頭の中にたたきこんだり、メモを取るなどの方法で、書庫で得た知識をそれぞれの領へ持ち帰る。

 それを見越してか、代表者に選ばれた者達は学者や勤勉な学生が殆どだった。

 もちろんそれらの資料の持ち出しは禁じられている。

 そのため書庫の扉の前にガーディアン・ナイツ数名が立てられ、無断で自室に持ち帰る者がいないよう取り締まりが行われていた。


 今回は開催日がいつもより短期間であることもあり、二日目はそれで丸一日を費やす者が多かった。




 そして最終日三日目の夜――


 パーティー用の正装に身を包み、疲れと緊張で時折ふらふらよろよろがくがくしながら、シーザは一人今夜の最終目的地に向かって歩いていた。

 クールが指揮を執るのを見ていただけだったとはいえ、イベント前日から今まで続いた規則正しい生活に、シーザの頭の中は完全についていけていなかった。

 ここ数日、自分がどこで何をしていたかさえも殆ど思い出せないくらいだ。

 とりあえず今分かっている事は、


 このパーティーさえ終わらせれば、忙しさからようやく開放される。

 そうすれば明日から自由の身!

 のんびり・まったり生活カムバーック!!


 ……それだけだった。

 しかしその自由を掴むためにクリアしなければならない最大の難関が、今まさに目前に訪れているのだが。


 会場の入り口の前では、先に支度を済ませたクールが待っていた。

 本人に合うよう多少デザインを変えて作られてはいるが、クールもシーザと同じような装いであるはずなのに、二人並ぶとどう見ても明らかにクールの方がさまになっている。

 しかし、ファッションに関してはてんで興味のないシーザは、そんな事はさっぱり気にも留めていなかった。

「これで両王子共にお揃いですね。客人方がお待ちです。さあ、どうぞ中へ」

 そう言って臣下が会場の中へと二人を促す。

 クールが隣をちらりと見ると、緊張のあまり放心状態一歩手前になっているシーザの姿があった。

 このままだとまた例の処置法をとらなくてはならなくなってしまう。客人の前に出なければいけない身であるがゆえに、さすがにそれは避けたかった。

「兄上」

 短時間で考えをまとめた後、クールはシーザに声を掛ける。突然弟に呼ばれ、シーザの体はびくんとした。

「えっ!? ……あ、はい……」

 曖昧に返事を返す。何とか気絶せずには済んだようだ。

「兄上から先にご入場ください」

「え……ええぇーーっ!?」

 クールの提案に、シーザは後ずさって驚いた。

「兄上はこの国の第一王子であらせられるのですから、やはり私よりも先に入られるべきだと思いますので」

「うぐっ……」

 クールの瞳にまっすぐ見つめられ、シーザは目を逸らす。

 ダメだ。先陣切るなんて冗談じゃない!

 そんな度胸もなければ、意識を保っていられる自信もない。

 どうにかして考えを改めてもらえないものかと、自分なりに考えを巡らせながら答える。

「い、いや……でもホラ、私はあがり症だし……先に入って何か失敗でもしたらクールに迷惑がかかると思うし……その」

「私の事は気に掛けていただかなくても大丈夫です」

 シーザの一生懸命の言い訳は、その一言で一蹴された。

「えっ……で、でも……」

「それにもし途中で意識を失いそうになるのが心配なのでしたら、それも私やここにいる臣下達がついていますから問題ありません。事後処理は何とでも誤魔化してみせます。だから気にしないで、兄上はご自身の事だけ考えて務めを果たしてください」

「そうですよ、シーザ王子。もっと我々を信じてください」

「頑張ってください! 王子!!」

 クールの言葉に続いて、臣下達からも熱い視線と共に声援が送られる。

 この弟の配慮は有難いのやら、はたまた余計なお世話なのやら……。とにかく言い返せる言葉は今のシーザには思いつかない。

「さあ、どうぞ兄上」

 そう言いながら、クールはシーザを扉の前へと促す。臣下達もシーザの後ろにぴたりと並ぶ。

 これでシーザの逃げ道は完全に塞がれてしまった。

 シーザは促されるまま、躊躇いがちに扉の前まで進み、取っ手を掴む。

 後方からはクールと臣下達が今か今かと、張り詰めた空気を作り出している。このままだとまた意識を失ってしまいそうだ。

「う……うぅ……ちょ…ちょっと……」

 どこかにいってしまいそうな意識を引き戻しながら、シーザはうなる様に言葉を発する。

「あの……ちょっと……」

「兄上?」

 何か言おうとしている兄を気遣い、クールはシーザの顔を覗き込む。

「どうかしたんですか、兄上?」

「……ちょっ……と……」

「……『ちょっと』?」

 クールはそのまま兄の言葉を待つ。ぐっと息を飲むと同時に、シーザは顔を上げた。

 そして決意を含んだ眼差しで一言。


「ちょっと、トイレ……行ってきまーーーすっ!!」


 シーザはその場から逃げるように走り去ってしまった。


 扉の前に取り残されたクールと臣下達は、脱兎の如く走っていったシーザの突然の行動にぽかんと突っ立っていた。




「……に、逃げて……しまった……」

 プレッシャーに耐えきれず、適当に理由をつけて夢中で走ってきてしまった。

 クール達が見えなくなったところで一息つき、シーザは壁にもたれかかって一人プチ反省会をしていた。

 逃げるつもりはなかったのに。

 これを終わらせないと、のんびり・まったりマイライフが戻ってこないというのに。

「やっぱりダメだなぁ……私は」

 はぁ、と溜め息をつきながらそのまま座り込んでうなだれる。

 ダメだと思いつつも、「でも無理なものは無理なんだから仕方ないじゃないか」と、案外諦めも早かった。

「さて、これからどうしようかな……」

 結局は会場に戻らなくてはならないのだが、逃げて来てしまった手前正直すぐには戻りづらい。しかしクール達は自分が戻ってくるのを待っているのだろうな、と思うと長い間待たせてしまうのも悪い気がするし。

 でも戻って何て言おう。自分が走ってきた先は、トイレとは明らかに逆方向だ。

 考えがシーザの頭の中で交錯する。

「ああ……また意識失いそう……」

 あれこれ考え過ぎてガンガンする頭を抱え込む。


 そのまま数分沈黙した後、シーザは諦めたようにゆっくりと顔をあげた。

「仕方ない……戻るか……」

 そう呟いてゆっくりと立ち上がったその時――


 ガタッ


 奥の方から不自然な物音がした。

 今の時間、代表者は勿論の事臣下や使用人達も全員パーティー会場の方にいるはずだ。

(何の音だろう……? やだなぁ……早く戻ろう……)

 物音のする方に背を向け、シーザは会場への道を戻ろうと早足に歩く。


 ゴトン……ガタン……


 物音はなおも続く。

(……だ、だけど……)

 数歩進んだところで立ち止り、物音のする方をゆっくりと振り返った。

(だけど…何か気になるんだよなぁ……)

 呼んでいる……とでも言うのだろうか。シーザの心の奥底で何かがひっかかる。

 何かとは何か? 誰かが呼んでいるのか??

 それはシーザにも分からないが、とにかくその物音が無性に気になって仕方がなかった。

(よ、よし! このまま戻ってもいい言い訳思いつかなさそうだし……こ、恐いけど……行って……みるか)

 ごくりと息を飲み込むと、シーザは恐る恐る、ゆっくりと物音のした方へ向かった。

 物音をたよりに歩いていくと、シーザはふとある事に気づいた。

(あれ? こっちって確か――……)

 シーザが向かうその先には、今日の夕刻ギリギリまで代表者達が慌ただしく行き来していた大書庫があった。

 イベント開始時に開錠した大書庫の特別区は、パーティー終了後に施錠する予定だったし、まだ見張りに残っていたガーディアン・ナイツだろうか?


 ガタガタッ バタン……


 しかしそれにしては何かを漁っている様な変な物音だ。

 壁に据え付けられた灯りの微光を頼りに、シーザは薄暗い廊下を進む。

 大書庫に近づくにつれて、灯りは微々たるものになり、足元がおぼつかなくなってくる。大書庫にいるのが見張り数名だけにしても、こんなに灯りが消えているのには、さすがのシーザも違和感を覚えた。

 壁づたいに手探り状態で、ようやく大書庫の入り口が見えてきた。

 大書庫の中へと一歩踏み込んだ矢先、シーザの足先にこつんと何かが当たった。びっくりして数歩後ずさる。

 同時に雲が晴れ、月明かりがシーザの背中越しに大書庫の中を鈍く照らし出した。

「なっ……」

 シーザは絶句した。



 床には大書庫の見張りに残っていたガーディアン・ナイツ数名が倒れていたのだった。




「こ、これは……」

 目の前で起こっているゆゆしき事態に驚き、シーザはその場にへたり込んだ。

 シーザのすぐ足元でうつ伏せになって倒れているガーディアン・ナイツがぴくりと動いた。同時にシーザもびくりとする。

「……い、生きて……る……?」

 座り込んでいた体勢から手と膝をついて恐る恐る近づき、シーザはカーディアン・ナイツの顔をゆっくりと覗き込んだ。

「あ、あのー……も、もしもーし……?」

 返事がないのはダメもとで、小声で声を掛けてみる。

 暗がりで表情などは伺えないが、そのガーディアン・ナイツは定期的なリズムで寝息をたてていた。

 その様子からして気絶している、というよりはぐっすり眠っていると言った方が正しいのではないだろうか。傍に倒れている他のガーディアン・ナイツ達も、ごそごそと寝返りを打ったり、何やら寝言を呟いたりしている。

(よ、よかったぁ~……死体に遭遇したらどうしようかと思ったよ~……)

 全員息絶えていないだろう事が確認できたシーザは、ほっと安堵の胸をなでおろした。

 しかしそれにしてもこの状況がおかしい事に変わりはない。

 大書庫の見張りに立っていたガーディアン・ナイツ達が、揃いも揃って熟睡タイムに入るなんて普通有り得ない事だ。

 誰かが彼らを故意に眠らせた――そう考えるのが妥当だろう。

 かすかにだが、睡眠効果に使われた薬品の甘い匂いが残っている。

(そ、そこまで確認しなきゃダメ……かなぁ……)

 シーザは座り込んだまま、これからどうするかを考えた。

 誰かに知らせに行くべきか?

 それとも自分で確かめる?

 でももしかしたら犯人はもうここにはいないかもしれないし。

 それにここにいるガーディアン・ナイツの誰かが明日にでも報告するだろうし。

(……よし……!!)

 シーザの心は決まった。


(このまま……何も見なかった、という事で……! うん、決定!!)


 自分はここには来なかった。

 物音を聞いたのも気のせいだ。

 だから大書庫でガーディアン・ナイツが倒れてたなんて知らない。


 言うなればシーザは『見て見ぬふり』という、男として最悪の選択肢を選んだのだった。

(じゃ、じゃあとりあえず、ここから離れなきゃ……だな……)

 シーザは背を向けると、そのまま四つん這いでそろりそろりと扉の外に向かった。


 ガタンッ……


「ひゃああぁっっ!!」

 先程まで静かだった奥の部屋からの突然の物音に、シーザは思わず悲鳴を上げてしまった。

『……っ……!?』

 先程までしなかった人の気配のようなものが、シーザの悲鳴に驚いたのか意識をこちらへ向けた。

 相手はこちらを警戒しているのか、殺気の様なものを体中にピリピリ感じた。

 やっぱり誰かいる。

 しかも気配は徐々にこちらに近づいてきている。

(や、ヤバイ……)

 このままだと殺される……!!

 シーザの頭の中はその事でいっぱいになった。

 どうにかやりすごす手はないかと必死で考えるが、恐怖でよけいに頭の中が混乱した。

(と、とりあえず早く扉の外に……)

 そう思ってシーザが扉に手を伸ばそうとした瞬間――


 ヒュンッ……!!


 扉を掴もうとしていたシーザの手の指の間をかすめて、奥から飛んできた何かが扉に突き刺さった。よく見ると長い針のようなものが1本、月明かりで鈍く光っている。

「ひっ……ひいぃぃっ……!!」

『動かないで』

 シーザが驚いて手を引っ込めると同時に奥の部屋から声が掛けられた。恐らく先程の気配の主であろう。どうやらその長針も、その人物が警告の為に投げたようだ。

 しかしその声は、周りに響かないよう押し殺してはいるが、シーザが想像していたものよりもトーンの高い、女性のものだった。

『扉を閉めなさい。そのままそこでじっとしていれば何もしないわ』

 誰かに姿を見られるのは不都合なのか、相手は暗がりから声だけでシーザに指示をする。

「…………」

『どうしたの? 早くしなさい』

「…………」

『聞こえないの!? 早く!!』

「……あ、あのー……」

 せかす声の主に、シーザはおどおどしながら声を掛けた。

『何!? 急いでるんだから手短に済ませなさい』

 イライラした様子で声の主が聞き返す。

「え、ええっと……最初『動くな』って言われたけど、扉閉めるなら動かなきゃいけないし……」

『……まあ、それはそうね』

「で、でも……『じっとしてれば何もしない』っていう事は、扉閉めるために動いたら何かされるって事になるんじゃないかと……」

『…………』

「動いていいのか、動いちゃいけないのか……君はその両方を一度に私に強要してるよね?」

『……っ……!?』

「だから私はどうしたらいいのかなー…と思って」

『…………』

 相手からの反応がないのを気にせず、シーザは一人ブツブツ言いながら考え始めた。

「うーん……扉を閉めに行こうかなー……」

『…………』

「でも動いたら身の保障がないんだよなー……」

『……っ~~~~』

「動くべきかー……動かざるべきかー……どっちが……」

『あーもーっ! ごちゃごちゃと人の揚げ足取ってんじゃないわよっ!! こちとら急いでんだから手短に、って言ったでしょうが!? 扉閉めろ、っつってんだから言うとおりにしろやワレ!!』

 声の主は我慢の限界を超えたのか、シーザの言葉に殺気立って罵倒した。それと同時にさっきよりもすごい勢いで無数の長針がシーザの身体を縫うようにスレスレのところを掠めて扉に突き刺さる。

「ひょええぇーーーっ! す、すみません、言うとおりにします~~!!」

 相手の勢いに圧倒され、シーザは慌ててハリネズミのようになった書庫の扉を閉めた。

 しかも最後の方は女性なのかどうなのかを疑うような言葉遣いになっていたが、シーザはそんな事よりもとにかく自分の命が惜しかった。

 扉を閉めることで、差し込んでいた月明かりが遮断され、書庫の中は真っ暗になった。



『まったく……手間かけさせないでよね』

 奥から聞こえる声は、やれやれと呆れた様子でそう言った。

 その後、少ししてから奥でぽうっと灯りがともり、ぱらぱらと本をめくる音だけがした。

 しかしシーザが座り込んでいる場所からは本棚が邪魔で、灯りでできたその人物の陰しか見えない状態だった。


 ………………………………


 静寂の時間がやたら重々しく流れる。

「あ…あのー……調べもの……ですか……?」

 場の空気に耐えきれなくなったシーザは、奥にいる相手に声を掛けた。

『…………』

 返答はなかったが、シーザは構わず続ける。

「ココって、こんなにいろんな書物があるんだなぁ。私は字の多い本見ただけでめまいがしそうだから、あまり入った事なかったんだけど。ハハ……アハハハ……」

『…………』

「あ、でもかくれんぼにはもってこいの場所かも。さすが大書庫ってだけはあって部屋自体もかなり広いし、本棚の陰も多いしね」

『…………』

 相変わらず返答はない。しかし数秒の沈黙も、シーザにとってはプレッシャーだった。

 気を紛らせようと他愛のない会話を試みていたが、シーザは一番気になっていた内容を切り出した。

「あのー……私は……君に殺されちゃうの……かな……?」

『…………?』

「不正に侵入しているのを知られてしまったワケだし、この部屋の出入り口は私の後ろにある扉一つだし、ここを通らないと出られないんだったらやっぱり……」

『殺しはしないわ』

 そこで初めて、相手から一言だけ返事が返ってきた。

「え……?」

『殺しなんてしない、って言ったの。自分のリスクになるような事はしないのが私のポリシーだから』

 本のページをめくる音に続いて、ピッ、ピッ……と数回機械音がする。

『ここの本だって、別に盗もうとか、持ち出そうなんて思ってないわ。中に書かれてあるいくつかの文献が見たいだけだし、置いてあるものがなくなってたら怪しまれるでしょ?』

 そう言いながら、また機械音が数回。どうやらそれは、本の内容を転写する機械の音のようだ。

「そ、そうですか……」

 よかった。とりあえず命だけは無事に済みそうだ。

 ほっとひと安心しながら、シーザはその音をしばらく無言で聞いていた。声の主もそれっきり、黙々と作業を続けた。



 しばらくの沈黙の後、本を閉じると同時にふぅ、と一息つくのが聞こえた。どうやら目的の作業が終わったらしい。

 ここ数日の疲れから、シーザは半分うとうととしかかっていたが、その途切れた緊張感に気づきはっと目を覚ました。

『……そろそろいいかしらね』

「あ……もう終わりました?」

『……っ……!?』

 独り言のように呟いただけだった言葉に返事が返ってきたのが予想外だったのか、声の主は驚きのあまり本棚の陰から身を乗り出した。

 手元を照らすのに使っていたのであろう、ペンライトの灯りに照らされて、はっきりとではないがシーザは相手の姿を確認する事ができた。その容貌は、聞こえてきていた声相応の、侍女の制服を着た16、7くらいの少女だった。

 あれ? 確かどこかで見たような……

 シーザがふとそう思った瞬間、その少女はシーザのところまでずかずかと歩み寄ってきた。

「ちょっ……あんた! 何でそこの奴らみたいに眠らないのよ!?」

 少女がシーザの足元に倒れているガーディアン・ナイツ達を指差しながら抗議する。しばらく暗がりにいたせいで夜目に慣れたのか、シーザは少女の姿や動きをなんとなく捉える事ができた。

「え? いや……何でと言われましても見ての通りで……。まあ確かにちょっと疲れたから居眠りしそうにはなったけど」

「…………」

 少女の問いの意味が把握できず、シーザは曖昧に答えた。シーザのその答えに、少女は信じられないと言った様子で言いよどむと、はぁと溜め息をついた。

「…あんたの先祖って、ゾウかなにか?」

「ゾ……!? あ、あの……それってどういう……」

「この部屋にはね、私が入る時に睡眠スモークを仕掛けたの。それも明日の朝まで目が覚めないような強烈なヤツをね。あれから時間はたったけど、効力はまだ残ってるハズよ」

 そういえば部屋に入った時、薬品の甘い匂いがしたなぁと、シーザは思い出す。しかし別に眠気を誘うような感覚は入ってからずっと感じなかった。

「いや、だって君も平気じゃあ……?」

 シーザの問いに、少女はあんたバカねぇ……と言いながら「解眠剤を飲んでるからよ」と最もな答えを返した。そしてその後に、「自分で仕掛けたトラップに自ら掛かるバカはいないわよ」とも付け足した。

「でも、効かないヤツに見つかったのはさすがに想定外だわ……」

 少女は横目でシーザを見ながらぽつりと呟いた。

「これは……始末するしかないかしらね」

「…………はいぃーーーっ!?」

 少女の口から『始末』という言葉が聞こえて、シーザはすっとんきょうな声を上げた。


 始末……つまり消されちゃう!? 殺されちゃうの私!!??

 でもさっき『殺しはしない』って言ったじゃん! 自分のリスクになる事はしないのがポリシーだ、って言ってたよね!?

 じゃあ殺しちゃったらポリシー違反じゃないか!

 …………ん?

 あ、でも私に姿見られたってのは相手にとってリスク? そう言われたらそうかもね。うん、なるほど。

 ……って、納得してる場合じゃないだろ自分!!

 とにもかくにも……


 私は一体……どうなっちゃうの~~~っ!?


 静かにこちらを見下ろす少女を眼前に、シーザは自分の身の安全を願わずにはいられなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ