新入生歓迎テスト①
新入生歓迎テスト。
一般教科と魔法理論に関しては、毎年教師人が試験の作成から採点までを行い、入学試験の成績50%、歓迎テストの成績50%で1クラス40人、A~Lクラスの12クラスへと、振り分けられる。
問題は魔法実技。
これは、術式展開、魔法展開、魔法質、魔法最大威力、魔法有効最大範囲をはかる基礎魔法テストに加えて、魔法を状況に合わせて、正しく使えるかを試す実践魔法テストが行われる。
この実践魔法テストだが、俺らの代は、4人1組でのチーム戦であったが、何せ新入生は480人いる。4人1組のチームが120チームできることになる。120チームが最低1試合行うだけでも60試合。
新入生歓迎テストの日も、他の学年は普通授業があることを鑑みても教師の数が足りない。そのため、生徒会のメンバーが毎年協力する。
昨日会った、神無月先輩は生徒会副会長。もちろんこのテストにも協力するだろう。
そして、突然謝られた一件はこのテストに関係していると俺は睨んでいる。というか、それしか考えられない。
そんな疑念を抱いたまま、新入生歓迎テストを迎えた。
ドドドドドドッ
耳鳴りするほどの地響きとせき込むほどの砂塵を巻き上げて、俺の後方10mを100人余りの新入生が追いかけてくる。
赤いネクタイと紺色のブレザーの集団が追いかけてくる様は圧巻である。
というか、
「おい! お前ら! 先輩を敬うってことを知らんのか!」
俺が逃走の手を緩ませず、後方に向かって叫ぶ。
振り返る余裕はない。だって少しでも気を抜いたら多分、追いつかれる。
「待ちやがれ! 生徒会の席は俺のもんだ!」
「漣先輩の金魚のフンめ! 成敗してやる!」
「フハハハハ! 神無月先輩とお近づきになれるチャンス!
お前ら……
これがテストだってこと忘れてんだろ。
ちくしょう。
教室を出る際の大和とか沙耶のニヤニヤ笑いがいらつく。
まあ、一番許しがたいのはあの男だけどなッ!
時間は朝まで遡る。
俺はいつも通りの時間に起きていつも通りの時間に学校に向かう。
男子寮を出たところで、向かいの女子寮から由紀がちょうど出てくるところだった。
「おう」
「……おはようございます」
紺色のブレザーと白いシャツに緑色のリボンをつけた由紀に、桜がひらひらと舞う。
その光景は奇しくも一年前の由紀の姿と俺の脳裏でかぶさる。
「懐かしいな」
「……はい?」
「いや、あのテストからもう1年たったんだと思うとな」
「……そうですね」
俺達の代のテストは正直、色々あった。
そう、色々あったんだよ。ちなみに俺が「無能」だと学年内に知らしめる一件になったのもこれが原因である。
「あのときは、すみませんでした」
「……それは、もういい。気にすんな」
由紀の髪の毛についた桜の花びらをとりながらそう言うと、由紀はほんの少し頬を染めてはにかむ。
まあ、あの事件を後悔しても今更遅い。それに、あの事件でこいつらとも仲良くなれたと思えば、悪くない。
「今年は、なにもないといいんですが」
「……そうだな」
「行きましょうか。遅刻してしまいます」
「そうだな」
教室の扉を開けると、もうほぼ全ての生徒が教室に登校していた。
さすがは、Aクラス――といいたいところだが、単純に始業開始3分前なだけである。
「おーう! おはよう、石江夫婦!」
「お前は毎朝、それしかないのか」
「お前らが毎朝、一緒に登校するからだよ」
「……」
それは確かに一理ある。
ああ、ついに大和に論破される日が来るとは。
世界の終りも近い。
「お前、絶対失礼なこと考えてるよな?」
勘も鋭い。
「……まあいい。しっかし今日はあれか。新歓テストか。懐かしいね」
「ああ。ちょうど一年だな」
「雪斗。あのときはホントすまなかったな」
……
俺の周りの人間は、どいつもこいつも。
気遣いが上手いというか、優しすぎるというか。
「気にすんなっつうの。今流れてる俺の評判は全部事実だ」
「……無能、がか? 冗談言うな。お前が「無能」なら、この学校に「有能」な人間なんていなくなるな」
「ありがとう」
ホント、友達がコイツらでよかったよ。
「お、由紀。おはようさん」
「おはようございます。……いよいよですね」
「ああ。9時からだっけ。あと2分か」
大和と話していると、由紀が近寄ってきた。
ちなみにもう1人もついてきた。
「おっはよー! やあやあ、どうした。若人だちよ。辛気臭い面しやがってからに。特に、雪斗! どういたどうしたその面はァ!」
「……俺はもともとこんな面だよ」
「ははっ! まあ元気だしなって! 何があったか知らないけど」
「……適当だよな、お前って」
楠木沙耶。
俺達の級友にして、由紀の親友。
得意系統とかはあまりなく、万能型の魔法使用者。
異様なテンションと明るいキャラ。
綺麗な茶髪をポリーテールにし、竹を割ったような性格と持ち前の快活さでクラスのムードメーカー的存在。
「いよいよだね~。懐かしいなぁ。もう一年経つんだねえ。ま? あの時足引っ張った誰かさんは、私以上に感慨深いかもしれないけど?」
「なんだと? 沙耶、お前こそ去年、雪斗と由紀の攻撃の邪魔してたのを俺はしかと覚えてるぜ?」
「な!? ふ、ふん! あの時の私とは違うもん! 成長のない大和とは違うね!」
「ほざけ。一年前からその1ミリも成長してない胸の持ち主に言われたくねえな」
「な、ん、だ、と~」
沙耶と大和がこんな言い争いをするのはいつものことだ。
ゆえに、俺と由紀は、また始まったか。ぐらいの気持ちで眺めていたのだが。
突如、グルリッと鬼の形相でこちらを向いたかと思うと、由紀の肩をガシッと掴んだ。
だが、それは墓穴だと思うぞ、沙耶。
「由紀!」
「は、はい!?」
あまりにも必死なその形相に由紀もひるんでいる。
「由紀なら、私のこの気持ちを……」
「は、はい?」
そして、そのままジッと由紀の胸を睨む事3秒。
ブワッとその瞳から涙が噴き出した。
「由紀の、裏切り者ー!!」
「な、なにがですか!!」
話題が話題だけに由紀も軽く頬を染めている。
沙耶はそのまま、壁に頭部を押しつけて項垂れている。
確かに、沙耶は胸がない。
だが、165センチの長身と、スラッとした足。細い体躯。張りのある白い肌。
10人中9人は魅力的だというだろうその容姿は恵まれているといえると思う。
「入学した時は、同じぐらいだったのに……」
「私には沙耶のモデルのような体型が羨ましいのですが……」
隣の芝生は青く見えるという事だろう。
確かに入学当時、由紀の胸は沙耶と同じくお世辞にもあるとは言えなかったが、今では順調に? 急速に? 成長し、Cぐらいはあるのではないだろうか……ってなんの話や。
「やっぱり、毎日雪斗に揉んでもらってるのね……」
「ちょ!? 沙耶! 何を言ってるのですか!」
「毎日揉まれてそんなに大きなちゃったのねーー!!」
「沙耶!! 人の話を聞いてください!?」
ピーンポーンパーンポーン
雪と沙耶がじゃれていると、校内放送の合図である音声が鳴り響いた。
教室のメンバーも何事かと顔を上げて放送を聞こうとする。
『あーテステス。マイクのテスト中。本日は晴天なり、辻仁成。
全校生徒の皆さんおはようございます。生徒会長の漣啓太です。時刻は9時ちょうどになりました。』
クラス全員が訝しげにスピーカーを見つめる。
もう、新歓テストのじかんのはず。このタイミングで放送ということは、それに関連した事か。
『えー、本日は新入生歓迎テスト実践魔法の部をとり行います。言うまでもありませんが、1年生の皆さんはクラスの振り分けに関わる試験なので真剣に取り組んでください。では、あまり時間もないのでさっそく試験内容を発表いたします。
試験内容は……「鬼ごっこ」です。』
……
「……は?」
おそらく、呟いた人間は俺だけではあるまい。
このテストは魔法教育委員会監修の元行われる極めて厳格なテストである。
そのテスト内容が鬼ごっこだと?
『尚、この内容は東京魔法高等学校教師陣および生徒会が協同で主催しており、学校長の許可は頂いております。』
おそらく何人かの生徒が感じた疑問にフォローが入る形で啓太の台詞が続く。
東京魔法高校の学校長は、国際連合に新たに新設された、魔法安全保障会議の役員を務める超大物である。彼のお墨付きとあれば、魔法教育委員会は何も言えない。
地位的には国際組織である魔法安全保障会議の方が格段に上であるから。
『さて、それでは試験の説明をします。今から1人の生徒を指名します。
ルールは単純。1年生の皆さんはその人物を捕まえてください。無論魔法をつかって結構です。命にかかわるような魔法が放たれた場合、生徒会権限でそれを打ち消しますので、存分に魔法を放って結構です。我々が介入するようなことがあれば、の話ですが。
範囲は学校敷地内の2,3年生が授業を行っているⅠ番教室棟、男女の更衣室、トイレ、教員室を除いて全てです。この学校の施設はほぼすべて対魔法術式がかけられているので、魔法で壊れる事はないと思われますが、万が一壊しても構いません。』
やべえ。
俺には啓太の言っている事が悪魔の啓示にしか聞こえない。
心なしか啓太の声が笑っているような気がする。恐らく放送室では満面の笑みを浮かべながら微笑んでいる事ではないだろうか。
昨日の椿先輩の謝罪が俺の脳裏にフラッシュバックする。
『それでは、追いかける対象を発表しましょう。
皆さんが追いかけるのは、2年A組石江雪斗です。』
やっぱかあああああああ!
俺か! 何故? why!?
と混乱している場合じゃない。
すぐにでも「鬼ごっこ」とやらが始まってしまう。
「由紀」
「はい?」
「すまん。頼みがあるんだが」
「……大丈夫ですよ。協力しますから、そんな顔しないでください」
一体、俺はどんな顔をしているのだろうか。
柔らかく微笑む由紀の後ろには揃ってサムズアップする大和と沙耶。
「協力するぜ、雪斗!」
「任せなさい!」
「雪斗はもっと私たちを頼ってください」
こいつら……
悪いな、恩にきるぜ。
「だいたいアンタは由紀に過保護なのよ。傷つけたくないのは分かるけどさぁ」
「! 沙耶、それは別に……」
「ああ、傷つけたくはないな」
「「「え?」」」
俺の返答が意外だったのか3人がこちらを振り向く。
「由紀だけじゃねえ。俺のせいで怪我とか、そういうのはもう面倒だ」
「……」
俺が続けた言葉に一瞬血色ばんだ由紀の顔がみるみるしぼんだ。
悪いな、由紀。
だが、これが俺の本心だ。
「雪斗。てめえ舐めてんのか。俺達が1年にやられるとでも!」
「無論、思ってはいない。だが、万が一がありうる。……気をつけてくれ」
「チッ! ああ。分かってるよ」
大和が俺の胸倉を掴んでいた手を離す。
『制限時間は1時間。学校のいたるところに監視カメラがあるので、それを通して、採点させていただきます。まあ、鬼について少々情報を与えるとするならば……彼は攻撃する魔法が使えません』
……ッ!
分かってはいる。これも恐らく試験の内に入っている。
だが……親友に言われると何とも辛いものがあるな。
ポン、と肩に置かれた手をみやると、大和がこちらを向いてニカッと笑った。
『それでは、続いてルールを。1年生側はさきほど言った通り、鬼を何らかの方法で捕まえる事が勝利条件です。石江さんはこちらで用意したワッペンを1年生につけてください。つけられた1年生は脱落となります。また、あきらかに魔法で倒された場合も同様です。ワッペンは既に石江さんの机にいれてあります。』
机の仲を探ると、布製の一枚のワッペンが。
緑色の時に「脱落!」という文字と、アッカンベーのイラスト。
……徹底的にあそんでやがんな。
でも、一枚?
『そのワッペンは1人につけると、新たなワッペンが石江さんの手元に出現するようになっています。尚、石江さんは逃げるためにどんな事をしても構いません』
なるほど、そいつは便利だ。
『最後ですが。もし、石江さんを捕まえられる生徒がいた場合、その生徒には生徒会へと入る権利が与えられます』
ウワアアアアア!
という歓声が遠くで起こった気がする。
生徒会は徹底した実力主義。つまりは高実力の有名な人物が在籍している。憧れの人物もいるだろう。それだけに、生徒会への入会の権利は跳びあがるほどうれしい賞品だろう。
『それでは、1年生の皆さんは頑張ってください。今の時刻は9:10です。制限時刻は10:10までとします。それでは、試験スタートです!』
ピーンポーンパーンポーン
放送が終了した瞬間、ドドドドドといった地響きが遠くから聞こえてくる。
その地響きはだんだん大きくなっているようだ。
そして、ガラッ! と教室の扉が開いた。
「石江ってのは、どいつだ!」
今年の1年生はガラが悪いなぁ……
「くっくっく。始まったか」
放送室で放送を終えた漣啓太は1人ほくそ笑んでいた。
今回の試験内容。我ながら最高の作戦だと思っている。1年生の実力が見れるついでに、雪斗の悪評払拭にもなる。まさに一石二鳥。
「ニヤついているところ申し訳ないのですが、本日の分の仕事になります」
ドサッ
と50センチほどの書類の束が机に置かれた。
「つ、椿。わ、わざわざここまで持ってきてくれたのか」
「ええ。どうせ会長はここを動かないだろうと推測いたしまして」
「きょ、今日ぐらいは仕事無しに……」
「なるとお思いですか?」
「すみません」
啓太は、しぶしぶ書類の山の一番上の神に手をのばす。
「だいたい。雪斗様にだけ面倒事を押しつけておいて自分だけ高みの見物などと。私が許しません」
「……椿は、雪斗の味方だよね。いつも」
「雪斗様の方が会長よりも人格的に尊敬できる方です」
ガクッ
その台詞を聞いた啓太は深くうなだれるのだった。