入学式
学校の講堂には総勢480名の新入生が集まっていた。
誰ひとり例外なく背筋をピンと伸ばし、壇上で講釈をしている人物を見つめている。白いワイシャツに赤いリボンが良く生え、真新しい紺色のブレザーを羽織っている。
今年の新入生は豊作であると、噂に聞いた事がある。
御三家の娘が1人と、三十二柱の子息が3人入学式に出席しているらしい。この講堂という同じ空間にそのような大物がいるとはなんとも光栄なことである。
「新入生の皆さん。ご入学おめでとうございます。
まずは、ここにいる480名。あの難関の試験を突破し、この国立東京魔法高等学校に入学された事にお祝いを申し上げたいとおもいます。また、ご父兄の皆さん、おめでとうございます」
壇上では生徒会長がにこやかな笑顔と共に、朗々と祝辞を述べている。
心なしか、新入生の中には目がハートになっている女生徒が1人、2人……ほぼ全員か。
「さて、皆さんはこの学校に入学されまして、これからは魔法漬けの3年間を過ごすことになります。1 週間後には新入生歓迎テストもあります。楽しい事も苦しい事もあるでしょうが、我々と共に……」
あれ?
あいつの言葉が段々小さく……
「雪斗、雪斗!」
「むぁ?」
あれ?
肩に微小な揺れを感じて目が覚める。
「むぁ? じゃありませんよ。もう入学式は終わってますよ」
「ああ、まじか。寝ちまったか」
「全く、漣さんの祝辞で寝るなんて、親友として恥ずかしくないんですか?」
気付けば講堂はザワザワとして、さっきまで厳かに出席していた新一年生たちがゾロゾロと教室に異動している。そのまま、ポーッとしていると、何人かの1年生の女生徒にクスクスと笑われてしまった。
「由紀、お前はずっと起きてたのか?」
「当たり前じゃないですか! 漣さんのスピーチですよ! もう、全校の女生徒が目ん玉飛び出すほど見たがってるものですよ。ああ、カッコよかったなあ。私、クラス副代表になって良かったあ……」
「ああ、そう……」
隣で表情をクルクル動かしているコイツは石江由紀。
2年生の中でも光の魔法の腕前はトップクラス。
我が2年A組のクラス副代表である。
「おい、行くぞ」
「あっ! ちょっと……」
由紀の頭をポンポンと叩いて立ち上がると、慌てて由紀が後をついてきた。
「ちょっと、いつも言ってるじゃないですか! 軽々しく女の子の髪を触ってはいけないと!」
「あー? そうだっけ?」
「そうです! だいだい雪斗は自分の容姿をきちんと認識してください!」
「あー、そいつは悪かったな」
ま、たしかに俺は平凡な面してますけどね。
啓太と比べたら月とすっぽん。
クマノミとオニカサゴ。
モナリザとムンクぐらいの差はありますけど。
分かってるけどね。
「絶対、分かってないですね、その顔は」
「あのなー、顔なんて整形しない限りどうしようもねえだろうが」
「……やっぱり分かってない」
何が分かってないっていうんだ。
と、この話題を続けると由紀が不機嫌になるのは経験で分かっている。
「あー。とにかく悪かったよ」
謝るのが解決への近道である。
何事もゴメンナサイから。平和への第一歩である。
「つうかよ。何でクラス代表と副代表が出席なんだよ。生徒会と新入生だけでやりゃあいいじゃねえか。入学式なんて」
「形だけでも新入生歓迎という形をつくらないとマズいからですよ。生徒会と新入生だけでは、形式的すぎるから、一般の生徒も出席して、学校全体で歓迎してますよ。という形式をつくるんです」
形式、形式とややこしいものである。
「はぁ、そんなもんかねぇ」
あー、眠い……
いい天気だ。青い空にくっきりとした白い雲がゆったりと流れていく。
こんな日は屋上で寝るに限る。
今日は幸運にも学年が変わって、全ての授業がオリエンテーションになるため出なくても、まあ、問題ない。
「サボりは許しませんよ」
「………」
なんで、こいつには考えてる事がばれるのだろうか。
そんなに顔に出やすいかな、俺。
「だいたいさあ、なんで入学式と始業式が一緒の日なんだよ。ずらせば今日まで休みだったのによう」
「……口を開けば、文句ですね」
由紀の眼が冷たい。
教室に入ると、いつも通り、去年までの光景がそこに広がっていた。
ガヤガヤ騒がしい。これでも、去年までは今年の新1年生のように静かな厳かなクラスだったのだ。まあ、そんなものは1週間もすぎると瓦解したが。
そう考えると、今年の1年生も1週間も過ぎるとこうなるのか。
果たしてそれは、いいことか。
悪い事か。
「おー! 石江夫婦のおかえりだぜー!!」
「「誰が夫婦だ(ですか)!」」
扉を開けた瞬間歓声が上がる。
そう、俺、石江雪斗と石江由紀は「いしえゆき」まで名前が一緒だったこともあって、入学早々冷やかされた。お前ら中学生か。
別に俺と由紀は親戚でもましてや家族でもない。
ただの偶然ではあるが、念のため。
「もう、お前ら付き合っちゃえよ! いや、むしろ付き合え!」
「……なんで命令形だよ、大和」
俺の隣でうるさく騒いでいる金髪をツンツンに突っ立てているこいつは二木大和。
クラス一のガタイをもっていながら、風の魔法を得意としている。
まあ、体と得意な魔法は関係ないのだが、そこはイメージである。
「だいたい、お前らなあ。そんなに煽って由紀が可哀想だろうが」
俺がそう言った瞬間、クラスが静まり返った。
あれ? 俺、なんか、やらかした?
「おい、お前それ本気で言ってんのか?」
「………」
自分的には一から百まで本気なのだが、大和の瞳、というかクラス全員の瞳が怒りの色をたたえているところを見ると、ここで、本気だといったら集中砲火を浴びるだろう。
どうするべきか。
「いいんです。いつか絶対ものにしますから」
由紀がそういうと、一転。
クラス中で歓声が上がった。
「由紀ちゃん、いい子だなあー!」
「由紀、私は応援するから!」
「まったく、なんでこんないい子が、雪斗なんかに……」
そう言って、クラス全員、チラッと横眼でこちらを見ると、
「「「「「はぁ……」」」」」
おい、お前ら。
その団結力を体育祭で発揮しろ。
去年、必死にバラバラのこのクラスをまとめた俺の身にもなれ。
向こうでは由紀の親友である楠木沙耶が由紀の肩を叩いている。
俺が席について、鞄を机の横にかけると、ガシッと大和が肩に腕をかけて顔を寄せてくる。
おい、やめろ。
お前のブサイクな面を間近で見てもべつに嬉しくもなんともない。
「おい、雪斗。お前、由紀ちゃんの何が気に入らねえ。すげー可愛くて、すげーいい子じゃねえか」
「……別に、気に入らないってわけじゃあ」
確かに由紀は可愛い。
160センチほどの身長でほっそりした体に肩口までのなめらかな黒髪。
クリクリとした瞳は愛嬌があり、薄い小麦色の肌は健康的。
容姿的には守ってあげたくなる系の女子だが、魔法の腕はピカ一。
性格的にも、一本芯が通った強さを持っている事は一年間の付き合いで知っている。
「じゃあ、なんで?」
「いや、だってよう……」
「心配するな、大和」
俺が答えに窮していると、明朗な声がクラスに響き渡った。教室の入り口からゆっくりと入ってきたそいつは、嫌味なほどのイケメンを顔面に張り付けてこちらにやってきた。
心なしか、教室の雰囲気が神々しいオーラに包まれたように俺は感じた。生まれながらにして神に選ばれし人間。天才という言葉が最も似合う男。
国立東京魔法高等学校生徒会長。全国魔法高校選手権準優勝者。
漣啓太その人である。
啓太は体から黄金のオーラをまきちらしながらこちらに歩いてくる。
クラスの全員が例外なくその雰囲気にのまれ、にぎやかな様子は変わっていないが、明らかに場の主導権を握っているのは啓太である。
「よう、講釈お疲れさんだな。漣生徒会長」
「お前こそお疲れ様だな。2年A組居眠りクラス代表」
ちっ
皮肉に皮肉で返しやがって。
「で、何が心配ないんだよ。啓太」
大和が俺の肩に腕をまわしたまま、啓太に尋ねる。
すると、啓太はイタズラっ子のような笑みを顔に浮かべてこちらに顔を寄せてきた。
「俺が必ず、くっつけてやるさ」
「……」
ブルータス、お前もか。
親友よ、お前も裏切るのか。
「さっすが啓太! 分かってる!!」
「うるせえ……」
もうめんどくせえ。
不貞寝しよう。
うん、そうしよう。