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37(3)

「あり得ない……」

 思わずつぶやいた。警備隊は壊滅したのか、もはや一発の銃弾も撃ち返してこない。前方には溶岩を流したような赤い光が、グロテスクな模様を描き、半壊した建物のシルエットを黒々と浮かび上がらせていた。

 おれは独房の中で、襲撃者には政治的な意図があると考えた。旧政権の要人を逃がすのが目的なのだ、と。しかし、これではただの殺戮だ。無差別テロだ。政治犯からこそ泥まで、獄舎にいた者の大半はすでに死んでいるに違いない。

 ならばこいつらは、ただ殺すのが楽しくて、わざわざこんな所を襲ったのか。血に飢えた愉快犯に過ぎないのか。あるいは、犯罪者は全て抹殺すべきだという、狂信的な思想の持ち主か。いや、いや、かれらがモノを考えているようには見えない。明らかに、背後にいる何者かが二人を操り、ピンポイントでここを襲ったのだ。

 けれどそもそもこの奇怪な双子は何者なんだ?

「ほんの半月前だよ。とある施設が襲撃されたのは」

 心の声を読んだように、カヲリがささやいた。いつかおれに話があると言ったとき同様、唇を耳朶に触れそうなほど近寄せて。

「それは当局が旧政権から引き継ぎ、極秘裏に運営していた施設で、わざわざ汚染地帯に分散して建てられていた。もちろん常にIBの餌食になる危険性と背中合わせだが、区内に持ってくるより、はるかにリスクが小さいといえた。なぜなら、こんなことが起こらないとも限らないから」

「サイキックを隔離するための施設か」

「そういうことだ。かれら兄弟は極めておとなしかったと聞く。洗脳によって自身の能力に関する記憶を消され、静かに暮らしていたようだ。襲撃者は職員を皆殺しにし、かれらを奪った。言うまでもなく、武器にするために」

 おれは小型ワームの卵を噛み潰したような顔をしただろう。また赤い光が走り、見れば、今度は斜め前方にいる男の顔からそれは放たれた。こいつが兄なのだろうか。ぼんやりとそう考えたとたん、獄舎の一部が火柱と化した。

「いったい、何者のしわざなんだ?」

「カラマーゾフ」

「なに?」

「ご多分にもれず、旧政権系の過激派だという。当局の調べによれば、竜門寺一門との濃厚な関係が指摘されている。首謀者が誰なのか、それもご多分にもれず、謎に包まれているが……来たようだ」

 機関銃の音が鳴り響いた。クレーターの両側に大型の軍用チャペックが三機ずつ居並び、両手に装着したガトリング砲を一斉に撃ち放ったところだ。

 雨のような銃弾の中で、兄弟の体は激しく痙攣した。たちまちオーバーオールがボロ布と化し、数箇所からどす黒い血が吹き出した。けれど、通常なら二秒で五体がばらばらになるほどの攻撃にさらされながら、それ以上のダメージは見られないのだ。否が応でも、血染めのコックや麻薬中毒者が思い合わされた。

「生物学的には、とっくに死んでいる筈なんだがな」

 忌々しげにカヲリがつぶやいた。銃撃が止んだとき、兄弟はがっくりとうなだれて、類人猿をおもわせる姿勢になった。両者とも全く同じ姿勢なのが気に食わなかった。そうしてまったく同じ動作、同じ速さで、ゆっくりと身を起こした。兄が左を向けば弟もそっちを向いていた。光が走り、三機の大型チャペックが消し飛んだ。

 右側のチャペックが散開しつつ、突入を開始した。同時にアリーシャが駆け出した。おれは慌てて後を追った。

 当然、兄弟はチャペックに気をとられている。二人とも右を向き、一機に狙いを定めて、弟の顔面が光を放った。それを予期していたように、チャペックは横に跳んで避けた。どうやらカヲリの部下の手で、遠隔操作されているとおぼしい。爆発に巻き込まれた勢いを利用して、みずから一個の砲弾と化して兄弟に突っ込んだ。

 宙からガトリング砲が乱射された。砲撃は手前にいる弟に集中したにもかかわらず、兄の体もまったく同じように踊るのだ。踊りながらかれは光の矢を放ち、チャペックがぶつかる寸前に撃破した。爆風によろめきながら、かれらは依然として倒れない。残り二機のチャペックはさらに機銃を連射しながら、じぐざぐ走行で兄弟にせまる。

 この戦闘の間に、おれたちはかなりの距離をかせいだ。逃げるが勝ちを座右の銘としているおれは、脚力にだけは自信があったが、アリーシャの足にはとても追いつけない。いつの間にかプルートゥが瓦礫の中から飛び出して、彼女の左側を伴走していた。

 走りながら彼女は、ポケットから一枚のカードを抜いた。指の間にはさみ、真横に高くかざした。どういうわけか、おれは何のカードが抜かれたのか、目の当たりにしたように、はっきりとわかった。力、あるいは女力士。タロットカード八番めの大アルカナと、ほぼ同様の絵柄だ。

 黒猫がジャンプした。頂点でカードに首輪が触れて、真紅の光を放った。

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