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37(2)

「取り引きの条件は?」

「愚問だな。打ち上げ花火でもやっていると思ったか? 拘置所の警備だけではとてもあいつは倒せぬ。救援は間に合いそうにない。見たところ、ここを壊滅させるまで止まってくれそうにないしな。つまり襲撃者を倒さなければ、どっちみちおまえたちは死ぬということだ」

 轟音とともに地面が揺れた。赤い非常灯が不穏に明滅した。ドアにもたれたまま、カヲリは表情一つ変えない。揺れがおさまると、片手をあげて合図し、後ろにひかえていたらしい、ガスマスクの一人から何かを受け取った。パイソンの入ったホルスターと、M36だった。

 今度は少し離れたところで爆発が起きた。ホルスターを身につけながら、皮肉を言わずにはいられない。

「断っておくが、本日は通常の弾丸しか持ち合わせがないぜ。戦車だかなんだか知らないが、こんな豆鉄砲で太刀打ちできると思うか?」

「誰も貴様の戦闘力になぞ期待していない」

 カヲリはアリーシャを目の端で一瞥した。軽く拳を握って立っている彼女からは、何も感情は読みとれなかった。ただ月のように冷たく澄んだ瞳をしばたたかせ、承諾の意志をあらわしただけで……カヲリは語を継いだ。

「それに相手は丸腰だよ」

「ああそうかい。火車とかいう化け物なんだろう? 双子の火の車だ」

「なんだと?」

 目が見開かれた。この女の驚いた顔を見るのは初めてだろう。これまでさんざん振り回されてきたので、胸のすく思いであるが、そんな子供じみた勝利感に酔っている場合ではない。

「イーズラック流の占いをちょっとばかし伝授してもらったのさ。そのうち恋の悩みでもできたら、彼女に頼むことだな。案内してくれ。化け物の居場所へ」

 ドアの向こうは鉄板で覆われた通路だった。床に資材がばら撒かれ、焦げ臭い煙がたちこめていた。窓と監房が見当たらないところからして、どうやらおれたちは地下の特殊な「離れ」に閉じ籠められていたとおぼしい。そうでなければ、今頃とっくにおシャカだったかもしれない。

 カヲリを先頭に通路を駆け抜けた。シンガリには二人のガスマスクが続いた。その間にも次々と着弾があり、この世の終わりがきたような揺れに見舞われた。途中、一人のガスマスクが待っており、カヲリの姿を確認すると素早く敬礼し、壁についているハンドルを力をこめて回した。潜水艦のハッチをおもわせるドアになっているらしい。

 身をかがめてドアを潜ると、さらに狭い通路が続いていた。頭を上げてはとても通れず、オレンジ色の非常灯が並ぶ先は、モグラの穴のように曲がりくねっていた。乱れる足音がこだまを返し、うつろな重低音と化した。ここへ来て、印象よりカヲリが小柄であることに初めて気づいた。敏捷に駆け抜ける彼女に、ともすれば引き離されそうになる。

「これから敵の背後に回りこむ。言うまでもないが、地上に出たら気づかれないよう注意しろ。別働隊を側面から当てて、やつの注意を引きつけるから、それまで待て」

 通路は行き止まりになり、上方へ通じる金属の梯子が、壁に嵌めこまれていた。ガスマスクの一人が先に上り、続いてカヲリが梯子に手をかけると、振り向きもせずにそう言ったのだ。

「了解した。アリーシャ」

「はい」

 彼女の声は澄んでいて、これほど走ったにもかかわらず、まったく息を切らしていない。振り返ると、小首をかしげてかすかに微笑んだ。それを見て、おれはしようと思っていた質問を引っ込めた。どうやらプルートゥは、ちゃんと上で待っているらしい。

 ガスマスクは頭上のハンドルを回し、マンホールの蓋をぶ厚くしたようなハッチを開いた。地上は夜だった。ぱらぱらと小雨が降っており、意想外な静けさに浸されていた。激しい爆撃にさらされたように、あたり一面瓦礫の原で、血をおもわせる硝煙の臭いがたちこめていた。

 百メートルは離れていまい。クレーター状にえぐられた地面の中心。巨大なサーチライトが交叉する所に、二つの人影がくっきりと照らし出されていた。

 子供をグロテスクにデフォルメした人形が並んでいるようだった。二メートル近くありそうなほど、でかい図体のわりに、体形は子供のまま。異様に大きな頭に、犬の毛をおもわせる赤毛が、しょぼしょぼと生えていた。ボーダーの長袖シャツに、ぶかぶかのオーバーオールといった服装がまた、狂気じみた印象を強調するようだ。

 二人とも極端な猫背で、両腕はだらりと前に垂れていた。コピーしたように、体形から服装から姿勢までまったく同じだった。横にほんの少しずれた位置に並んでいる、後方の一人の顔の前で、真紅の光が炸裂した。

(撃たれた?)

 エネルギー砲が顔面にヒットしたように見えたのだ。けれど次の瞬間、爆発を起こしたのはオーバーオールではなく、前方の獄舎だった。火柱が上がり、地響きが伝わった。いつぞやの重炉心弾以上の破壊力だ。瓦礫にしがみついたまま、おれは生唾を呑みこんだ。

 パイロキネシス! それも見たことがないほど、ド級のやつだ。

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