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 腹の底に響くような震動。

 地面が揺れて、部屋の中のモノが次々と落下する音が響いた。前方に放り出されたアリーシャが、危うく小テーブルに激突する寸前で、どうにか受けとめた。二人抱き合ったまま、床の上をごろごろと転がり、止まったところで、ぎゅっと彼女を抱きしめた。

 次の衝撃にそなえた。案の定、第二波が来た。

 おれの背中に、得体の知れない資材がばらばらと降り注ぐ。明らかに地震による揺れではない。どう考えても砲撃だ。何者かが、強力な火力を用いて、拘置所を襲撃しているのだ。おそらく小型の戦車か自走砲の類いだろう。

 さらに衝撃がたて続けに走ったが、今度はだいぶ離れた地点に着弾した様子。彼女の無事を確認すべく、顔を上げて腕の力を緩めた。長い髪が解き放たれ、ぐったりと目を閉じたままの、彼女の周りにあふれた。

「アリーシャ、だいじょうぶか」

 軽く頬を叩く。薄い瞼が震えて、白銀の瞳が開かれた。ジグソーパズルの中の湖を、おれは不意に思い出した。驚いた表情が、痛々しいほど幼く思えた。

「カードを……」

「そこにじっとしていろ。ちゃんと拾ってくるから」

 彼女を壁際に落ち着かせると、大きめの衝撃が部屋を揺らした。よろめきながら倒れた小テーブルに近づき、カードを拾い集めた。さいわい、たいして散乱しておらず、一分と待たせずに手渡すことができた。また、続けざまに衝撃が走る。一度部屋が真っ暗になり、赤っぽい非常灯に切り替わった。

「クーデターが起こるなんて聞いてねえぞ」

 ただの愉快犯ではあるまい。政治的な意図があっての襲撃だろう。政権交代後、間もない昨今だ。旧政権の重要人物たちがまだまだ裁判中で、ここに拘留されている。亡命中とされる竜門寺家の大ボスなんかも、じつはこの中にいるのではないかという噂さえある。ゆえにどう考えても、襲っているのは旧首長連合系の過激派に違いあるまい。

 着弾がまた遠くなった。警報機らしい、ブザーの音がかすかに聞こえた。それにしても奇妙な戦車だ。発射される間隔からして、一台か、多くて二台で来ているのは明白。なのに、これほど撃ちまくりながら、一向に弾が尽きないのはなぜだろう。

「火車です」

 アリーシャがつぶやいた。カシャ、などという兵器は聞いたことがない。見れば、彼女は一枚のカードを、こちらへ向けて差し出していた。二つの、炎上する車輪が描かれていた。古い大砲に用いるような鉄製の大きな車輪が、血の色をした炎をめらめらと身に纏う。おぞましいことに、それぞれの中心には、蒼ざめた男の顔が嵌めこまれているのだ。

「こいつらが襲っているというのか?」

「本質的には、デビルフィッシュに呪われた男たちと同じ者です。ただし、その者たちの血は燃えます」

 何のことやら今ひとつわからない。わからないなりに、血染めのコックや不法ギルドの麻薬中毒者と同様のやつが来ているらしいことは、何となく理解できた。今度は戦車で乗り込んできたのか。しかもこれまでと異なり、明確な政治的意図をもって……

 かなり近い着弾があった。大時化の中の船のように部屋が揺れ、容赦なく資材が降り注いだ。

「くそっ。このままじゃ、生き埋めにされちまう」

 彼女の手を引いて、ドアに駆け寄った。が、蹴っても体当たりしてもびくともしない。叩きつけた椅子ばかりが粉々に砕け、呻くほど手が痺れた。次に書き物机を振り上げたとき、聞き覚えのある女の声が響いた。

「無駄だ。今開けるから待っていろ」

 ドアの上部にあるスピーカーから聞こえてくるらしい。間もなくエアロックの外れる音がして、バネ仕掛けのようにドアが開いた。砲撃は続いていたが、爆発は遠ざかっていた。震えるドアにもたれて、いやにゆっくりと、カヲリはサングラスを外した。アイシャドウが細く引かれた目で、おれたちを一瞥して言う。

「条件つきで逃がしてやってもいい」

「そのセリフ、言う順番を間違ってないか」

「あるいはな。だが、わたしは最初から取り引きに応じてもらうつもりでいる。貴様にだって、猿より少しは進化した脳味噌があると見込んだ上でだ」

 ピルトダウン人、という単語を、おれは懸命に打ち消した。

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