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「伝統的な奇術のようなものです、とだけ。事実ですから」

「あとは黙秘を?」

 彼女がうなずくのを見て、おれは眉をひそめた。取調室という名の密室では、黙秘権などないに等しいのだ。たいていは、「割り屋」と呼ばれる自白させるための専門家が呼ばれ、精神的に、必要とあらば遠慮会釈なく肉体的に追いつめて、しかるべき調書を取る。善良な老人がいとも簡単に少女連続殺人鬼にまつりあげられる。

 けれどカヲリはそれ以上追求せず、ありきたりの職務質問に移ったらしい。

 もちろん慈悲深さではなく、いかにも彼女らしい合理主義のあらわれだ。あれほどの力を有するアリーシャが、簡単に自白するわけがない。さっさと「検体」として「鑑識」に回したほうが手っ取り早いし、あとはここに放り込んで、じっくりと間接的に情報を得るのが得策だ、といったところだろう。

「考えてみれば、おれもきみのことを全く知らないし、きみもまた、おれの名前すら知らないんじゃないか」

 煙草は燃え尽きかけていた。またソファに座り直し、名残惜しげにそれを揉み消した。アリーシャは手慰みするようにカードを軽くカットし、一枚抜いた。

「時間、に関するお名前でしょう。ご本名ではなさそうですが」

「エイジだ。なるほど、よく当たる」

「自分のことを話すのは苦手です。カードと猫は、祖母から伝えられました。一族の女に代々受け継がれるのです。住所は不定です。信教は一般的なイーズラック人に準じます」

 淡々と、歌うように彼女はそう言った。時おり悪戯っぽく天井を見上げる仕草は、カメラはちゃんと意識しているという合図だろう。じつにシンプルな自己紹介だが、もともと人間のプロフィールなんて、そんなものかもしれないし、おれも根掘り葉掘り尋ねるのは苦手だ。自分が放っておかれたいほうだから。

 イーズラック人の故郷は、イズラウンを含む砂漠地帯だと言われる。ただし、かれらのライフスタイルを受け入れ、「イーズラック」を自称しさえすれば仲間と認められるし、血はさほど重んじられない。ひとつ不思議なのは、砂漠地帯の民族とは全く血の繋がりのない、例えばおれみたいな男がイーズラック人の仲間になっても、目の色が変わってくることだ。

 比喩ではなく、実際に色素が薄くなり、瞳が白色に近づいてくる。これまで見た中でも、アリーシャの目はことさら美しく、青みがかった白銀だ。

 かれらもまた、消滅した武装国家イズラウンとの繋がりが指摘されている。もはや入手は不可能と言われていた重炉心弾が、イーズラック人によって、駅で無造作に売られていたように。イズラウンで失われた技術の一部が継承されているらしいのだ。ということは、「猫とカード」もまた、そこにルーツを求められるのではあるまいか。

『武装国家』によれば、IBの失われた製造技術をツァラトゥストラ教徒が密かに受け継いだという。かれらとはまた別のルートで、イーズラック人たちはほとんど無意識に、禁断の技術を集団の内に温存しているといえる。ちょうどばらばらになったカードの一部を、ただ絵柄の美しさに惹かれて、たいせつに取っておくように。

 そういう意味では、ツァラトゥストラ教徒と比べて、イーズラック人は無邪気だ。ある意味、前者が正統派で後者が異端ともいえる。意識的な前者と異なり、あまりにも無意識的である。無意識的であるがゆえに、夢や魔術の領域にぐっと接近する。

「さっききみは、比較的近い未来の限定された出来事であれば、手に取るようにわかると、たしかそう言ったね」

「正確にそう言いました」

 彼女は微笑んだ。やはり、アマリリスとよく似ている。もっとも少女は、ほとんど笑わなかったが。

「未来は変えられるのかな」

「わかりません」

「でもきみは、偶然は存在しないとも言った。まあ、それはよしとして、例えば占って、ごく近い未来におれは石に蹴つまずいて鼻の頭を擦り剥くと出たとする。そこで下ばかり見て歩けば、転ばずに済むのかな。それとも、カフカ鳥が頭に糞を落として驚いている間につまずくとかして、どうあがいても転ぶのだろうか。運命は変えられないのかな」

「難しい問題ですけど。基本的には、変えられないことを前提に、わたしたちはお話しします」

 基本的には、ね。そうつぶやいて、無意識に煙草の箱に手を伸ばし、苦笑して握り潰した。彼女は言う。

「何か問題を抱えていらっしゃるのですね」

「ああ。この状況事態が大問題なのだが。とにかくおれは近い将来、どうあがいても死ぬ運命にあるらしい」

「占い者がそう告げたのですか」

「いや、状況的にさ。例えば一週間絶食させた獰猛な多脚ワームと同じ檻に入れられたら、どうあがいてもおれは食われるだろう。ほかに選択肢がない状況だ」

「でも腕のいい占い者が告げたのでなければ、当てにならないと思います」

 彼女にしては強い自己主張に、おれは目を見張った。スカートの裾をふわりと広げて、彼女は近づいてきた。ソファに座り、正面からおれを見つめた。とん、と、小テーブルの上でカードを揃える音が響いた。

「わたしが、あなたの未来を変えてさしあげます」

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