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「よもや専門家のきみまでが、IBをパルプマガジンの挿絵と同列には考えておるまいね」
「専門家といったって、ぶち壊すほうの専門ですからね。肉屋が動物学者ではないように。兵士が哲学者とは限らないように。おれがイミテーションボディの本質について知る必要は、全くないわけです」
「はん、うまいこと言ったつもりだろうが、詭弁もいいところだ。IBとは剥き出しの真理だよ。謎そのものでありながら、答えでもある。相対する者を取り込まずにはおかない。だからきみに話を振ったのだ」
おれは答えず、左の頬が痙攣するにまかせた。ともすれば鮮明によみがえりそうになる、死んだ妻の面影を、脳裏から遠ざけるだけで精一杯だった。
相崎博士は両手をポケットに突っ込んだまま、追いつめるように、じわじわと距離を縮めた。黒木が動いて、再び背後のドアを閉ざした。地区ごと封鎖するのに使えそうな扉を、よくあの細い体で開け閉めできるものだ。と、少し気がまぎれたところで、ようやくおれは口を開いた。
「あなたにいくら茶化されようと、昔のことは昔のこと。今は考えたくないんですよ。あの存在については」
「ほう。それは気の毒な」
「気の毒だと?」
部屋じゅうのコードで、博士の首をしめてやりたい衝動を、かろうじて抑えた。おれが処理班を辞めた理由を、この男が知るはずがない。八幡兄弟にさえ話していないのだから、知りようがない。にもかかわらず、最も触れてほしくない傷口に、ぐさぐさと言葉の刃物を突きたてる技術は、天才的といえた。
十数秒の睨みあいの末、博士は声をたてて笑った。耳ざわりな、金属質の笑い声が、異様な室内にこだまを返した。まるで錬金術師の使い魔どもが、銅版画の中から抜け出して、キイキイとこの部屋を飛び回るように。
「我々はどうしようもなく傲慢な存在だ。自由意志で物事を決めているように錯覚しているが、じつは違うのかもしれないな。きみ、素手でビッグバンを止められるかね? まあそう怖い顔をしなさんな。きみがここへ来たのも、偶然という名の必然であったと、吾輩は言いたいのだ。家政婦ロボットを探しているのだったな。黒木くん、彼女を紹介してあげたまえ」
黒木は無言でおれの横をすり抜けると、カプセルの前に立った。扉の暗証番号を入力した時と同じ無表情、無感動な動作で、かたわらのキーボードを叩いた。がくん、と重い反応があり、脇に取り付けられた太いアームによって、金色のカプセルの蓋が徐々にせり上がっていった。隙間から白い冷気があふれ、床にたなびいた。
培養液のにおい。
おれは思わず身を乗り出した。
培養液はカプセルの縁までなみなみと張られ、みずから蛍光を発していた。中に横たわる、真っ白い、ほっそりとしたシルエットがみとめられた。
まだ十三、四歳くらいの、少女の裸身だ。成熟しきっていない。春が来て莟はほころんだけれど、まだ開ききっていない花弁のような、甘美なもどかしさ。短く切り揃えた髪が培養液の中で、微風になぶられるように、さらさらと揺れていた。
愛くるしい顔だち。唇にはうっすらと笑みを浮かべ、カゲロウのように夢の中をただようのか、薄い瞼を静かに閉じていた……おれはつぶやいた。
「ちょっと待て」
「パルスは全てCNC溶液を介して行き来しておる。噂には聞いておったが、いやはや驚愕の化合物だよ。もし発掘された時点で液漏れを起こしていたら、吾輩といえど、手も足も出なかったことを告白しておかねばなるまい」
「だからちょっと待て」
「それでも難題は山積みされていた。何といっても危険だった。いわば戦時中の不発弾を掘り起こし、実験室に持ち込んだようなものだからな。それも特A級の大量殺戮兵器さ。起動させたが最後、どこまでもどこまでも暴走しないという保障はない。いや、むしろそうなる確率のほうがはるかに高かった」
憑かれたように、古いオペラでも口ずさむように博士はまくしたてた。おれはかたわらの、頑丈そうな機械の側面を思いきり叩くことで、終わりのない戯言を中断させた。
「待てと言ってるだろう! 何だこれは?」
少女の表情が、培養液の中で、びくりと強ばるのを見た。音に反応したとしか思えなかった。狡猾なフクロウのように、相崎博士は小首をかしげた。
「愚問だな。さっきから、さんざん説明しておる筈だが」
「黙れ。詭弁を弄しているのはどっちだ? おれはあんたが嫌いだが、少なくとも軽蔑はしていなかった。ろくな実験はしないにせよ、非人道的なマネだけはやらない男だと買いかぶっていた。ところがどうだ。こいつは悪魔の所業じゃないか? 場末に巣食う、悪魔に魂を売ったマッドサイエンティストどもと、あんたは同類だったわけだ」
けれども博士は顔色ひとつ変えず、冷たい表情に薄笑いすら浮かべて、静かに首を振った。まるでどうしようもなく頭の鈍い教え子を前にした、数学教師のように。