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 窓のない部屋に拘留されて四日が過ぎた。

 広さは八スペースほどか。鉄格子に面しておらず、軟質素材の白い壁で四方を囲まれていた。ユニット式のバス・トイレが別についており、ベッドは独りで寝るには広すぎるほど。机と椅子はもちろんのこと、本棚があり、ソファまである。室内はそれなりに清潔で、窓のないことを除けば、おれが住むボロマンションより、よほど快適なくらいだ。

 飯は三度三度、食わせてくれる。俗にいう「臭い飯」ではなく、仕出し弁当ほどには旨い。しかし何よりありがたかったのは、煙草が自由に吸えることだ。こいつさえあれば、あとは水とイワシの頭でも生きていける。

 警察の宿の世話になった経験なら再三あるけれど、ここまでのVIP待遇は初めてだ。逮捕したものの、ぞんざいには扱えない囚人を入れておく部屋なのかもしれない。しかしそういった人物は、ほとんど顔の売れた有名人であって、おれみたいな闇商人は、手っ取り早く、「豚箱」にでも押し籠めておけばよさそうなものだが。

 四日の間、アリーシャはおろか、カヲリともまったく接触できていない。拘置所に連れて来られるとすぐ、おれはガスマスクに目隠しされ、この部屋に閉じ籠められて、それっきり完全に隔離された。ここにいる限り、外部のもの音さえまったく聞こえない。むろん、脱走など望むべくもなかった。

 食事の盆は、ドアの下部にある数センチの隙間から差し入れられた。肌着が二揃い用意されていたので、洗いながら使い回せばいい。二挺の銃と害虫駆除の器具と発信機、および社名の入ったツナギは取り上げられていた。シーツには野戦用の抗菌布が使われているらしく、ほとんど汚れない。床の埃はある程度自動的に吸い取られる。

 要するに、四日の間、一度も部屋のドアは開けられていないのだ。唯一、運ばれてくる食事だけで外界と繋がっていると言えた。どんなやつが運んでくるのか、指一本見えないし、話しかけたところで、もちろんノーリプライ。この隙間からでは、猫も入れまい。

 なんとか脱走できないものか、自分なりに考えてみたし、調べもしたが、お手上げの状態。隙だらけのようで隙がない。柔らかい壁は殴っても蹴っても、衝撃を吸収するばかり。逆にドアは、地獄の門のように頑丈である。

(この門を潜る者はいっさいの望みを捨てよ、か)

 おれの不審な行動は当然、逐一監視カメラに撮られている筈。なのにどんなに暴れてもまったく警告されないのは、檻の中の猿と同じ扱いである。カメラ越しにカヲリを挑発することも考えた。依頼の件は彼女の弱みでもあるのだが、うまくしたもので、アリーシャを人質にとられている以上、下手なことは言えない。

 今頃アリーシャがどんな仕打ちを受けているのか、それは考えないようにした。ここから出られない以上、考えるだけ無駄だから。カヲリが仕切っているからには、非人道的な拷問には及ばないという期待もあった。むろん、あのカフカ鳥のような女を信用するつもりはないが、少なくとも、スマートさに欠けることはやらないタイプと見ていた。

 逆に言えば、スマートな拷問ならやりかねないことになるが。

(この電極は、ずいぶん神経に響くだろうね)

 赤い唇が歪む。指一本動かせないまま、アリーシャの目が見開かれる……おれはソファに身を沈め、妄想とともに煙を吐いた。朝食時に一箱ずつ支給されていたので、節約すればまず一日はもつ。考えまいと思うことを考えずに済めば、それだけで、この世界はずいぶん住みやすくなるだろう。人は想像力によって苦しめられる。

 古風な本棚には隙間なく本が詰まっていた。どうせ俳句か教育原理学の本だろうと思えば、韓非子、マキャベリ、ヒットラー、ゲバラ、マルクスなどの著作が並んでいて、思わずのけぞった。なるほど、ここに閉じ籠められるのは政治犯が多いのだろう。退屈責めの挙句、どの本を熱心に読み出すか、チェックするというわけか。

 腰を落ち着けて読書する心境でもなかったが、かといって、ほかにすることもない。政治的な主義主張もとくにない、大日本おっぱい党員に過ぎないおれは、古典は敬遠しつつ、昨今の過激派について書かれた本を何冊か引っこ抜いた。

 中でも『武装国家』という本を面白く読んだ。第二次百年戦争を引き起こしたといわれる、イズラウンの研究書だ。

 この国に関しては、あまりにも謎が多い。無理に語ろうとすれば、歴史という学問的分野を踏み越えて、オカルトの領域に片足を突っ込んでしまう。イズラウンは徹底的な秘密主義を貫き、戦時中もひたすら暗躍した。いくつかの言語道断な兵器の開発にたずさわり、イミテーションボディによって滅ぼされた。

 イズラウンが何者によって支配されていたのか、それすら諸説入り混じり、はっきりとわかっていない。宗教的指導者たちによる合議制だったことが、わずかに知られている。そしてこの本の著者によれば、現在のツァラトゥストラ教こそ、イズラウンを支配していた謎の宗教の末裔だというのだ。

 おれは眉に唾をつけたい衝動に駆られた。それがどんなものかは知らないが、明らかに「神」を信仰していたイズラウン人と、神の存在を否定するツァラトゥストラ教との接点が見出せない。別モノに思える。半信半疑でページをめくると、こんな謎めいた一節が目に飛び込んできた。

 ……イズラウンの最も秘された神殿において、イミテーションボディは誕生した。その生成の秘密は、第一の試験体IBとともに、ツァラトゥストラ教団に受け継がれたのである。……

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