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オキシジェン・テントの看板はすぐに見つかった。下半身が犬の男女が、異様に痩せた裸の上半身を絡めあっていた。ガレージ芝居の宣伝かと見紛うほど、けばけばしい絵柄。路地に入りこむと、すぐビルの壁にぶつかる。目指す映画館は袋小路の右の側面にあり、周囲の壁といわず電柱といわず、ポスターが所狭しと貼りつけられていた。
視線を感じて振り返ると、数人の娼婦が、素早く身を隠した。おれの美貌に引き寄せられたのでは、決してあるまい。この界隈で虫が湧いたとなると、彼女たちにとっては、死活問題につながる。彼女たちとワームの縄張りが、ぴったりと重なるからだ。双方とも闇を必要とし、闇から養分を吸って生きている。
おれはツナギのポケットに手を突っ込んで、看板を見上げた。通りに出ていたのと同じ絵柄だが、犬男の股間には怒張する男根が露骨に描かれていた。当局に見つかれば、強制撤去は間違いなしだ。ペンキ絵の上からは、赤色のスプレーで「OxygenTent」と殴り書きされていた。
映画館というより、掘っ立て小屋に近い。チケットブースは、よくこの中に人が入れるものだと感心するほど狭い。その隣で鉄扉が閉ざされ、やはり表面を覆い尽くすほどポスターが貼ってある。これでは現在、何が上映されているのか、さっぱりわからない。
(ポルノ映画館と聞いていたが)
たしかにほとんどのポスターの中で、女たちは乳房を露出し、ぬめぬめとした唇を半開きにして喘いでいた。けれどもそれらは、他人のセックスを見て楽しむという、通常のポルノ映画の趣旨からは明らかに外れた、異様な雰囲気をかもしていた。
例えば『瓶詰』というタイトルのポスターを見れば、文字どおり、大きなガラス瓶の中に全裸の女が、窮屈そうに体を折り曲げ、逆さに詰め込まれているのだ。瓶は女を閉じ籠めたまま、茫洋たる海原を漂うようだ。海中から蛸が蝕腕をガラスに絡みつかせ、どこから侵入したのか、海蛇が女の肌の上を這い回っていた。
特殊な性癖を満足させるための映画なのか。しかしいったい、瓶詰めの女にしか興奮しない男が何人いるというのか。あるいは犬男と犬女の性交を、何者が好んで観に来るのか……おれは首をひねりつつ、チケットブースに近づいた。ガラスには黒いフィルムが貼ってあり、四角い小窓の向こうは覗けない仕組み。
「竹本商事の者です。害虫の駆除に参りました。支配人の方に取り次いでいただけますか」
棒読みでそう言うと、ガラスの後ろで人の動く気配があった。無人ではないかと半分思いかけていたので、少々ぎょっとさせられた。若いのか年寄りなのかわからない、女の声がぼそぼそと答えた。
「キノは映写機についております。館内奥ですから、そちらへお回りください」
ワットの口からも、依頼主は「キノ」と聞いていた。普通に「木野」と書くのか。技師を雇う金がなくて、支配人みずから映写機を回しているのか。まあ、駆除料は区が払ってくれるのだろうけれど。そうでなければ、ワットが引き受けるわけがない。
ポスターだらけの鉄扉を押した。通路も何もなく、つい鼻の先に、もう一枚の、館内に通じているらしい鉄扉が立ちふさがっていた。上映中らしく、扉の向こうから声が洩れてくる。喘ぎ声ではないようだ。
扉を開けると、後方側面から入る恰好。中はきわめて狭く、五十人も座れるかどうか疑わしい。気の毒なほどがらがらな席に、ほんの数人が座っていた。おそるおそる、スクリーンに目を向けた。映っていたのは、けれど瓶詰めの女ではなく、タイツで全身をぴっちりと覆われた人々だった。
スパンコールと羽飾り。サーカス芸人かと思えば、どうやら異星人であるらしい。かれらが着ている薄手のタイツは、血管をおもわせるグロテスクな模様で彩られ、乳房や男根の形を、自慢げに浮き上がらせていた。顔にはピエロをおもわせる奇怪なメイクをほどこし、体の倍はある用途不明の機械を背負っていた。
背景は室内なのか屋外なのかわからない。クラシックな椅子や蓄音機があるかと思えば、うしろに空想科学的な尖塔が林立し、二重の輪をもつ蒼い惑星が夜空に浮かんでいた。アングルが変わり、若い男女とおぼしい異星人が映し出された。背後の機械に操られるマリオネットのような動作で会話を始めた。
(もしも惑星の磁場のから逃れることができたら、ねえあなた。宇宙はわたしの体に、すっぽりとおさまるでしょう)
(けれどきみ、宇宙が一つでなければならない道理はない)
(もう一つの宇宙は、いったいどこに隠れていますの?)
(それを調べるために、象牙の塔から派遣された)
と、さっぱり意味がわからない。柱にもたれて首をひねりつつ、それでも画面から目を離せずにいたのは、これと似た雰囲気の映像を、最近見た記憶があるからだ。とはいえ、おれはとくに映画好きではないし、まして、このような難解な映画を好きこのんで観たりはしない。
考えあぐねているうちに、何者かが後ろで咳払いした。そんな所に突っ立っていては見えないという抗議か。それほど熱心に、昼間からこんな映画を観ているのはどんな人種か。興味を抱きつつ振りかえると、映写機の後ろから手招きする人影がある。