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「すごいな、これは。短時間でこれだけのレベル……物理的に可能なのかと考えてしまうよ」

「物理的に不可能なこととは?」

「魔術だ」

 相変わらず彼女は微笑んでいる。いっさい謙遜しないところが彼女らしくもある。おれが席につくと、麗子は向かい側ではなく、テーブルの側面に位置を占めた。目の前に、ぴかぴかに磨かれたワイングラスがあることに気づいた時には、彼女が瓶を傾けるところ。

「あまりよいものとは言えませんが」

「合成でないだけでも貴重品だよ」

 唇に赤い三日月をつくって、彼女は酒をついだ。ロゼだった。自身のグラスにも注ぎ、ちょっと持ち上げてみせた。何に乾杯するのか尋ねると、

「魔術に」

 グラスの触れ合う音が、神経を痺れさせた。

 女は誰もが魔法使いの素質をもっている。中でも超一流の使い手たちが、最近、おれの周りに続々と引き寄せられてくるようだ。よれよれのガンスリンガーと美しき魔術師たちによる、ちょっとした冒険譚。そんな三文小説を書いてあぶく銭を稼ぎ、あとは寝て暮らせたらどんなにいいだろう。

「考え事でも?」

「うん。姫はだれだろうと」

「姫?」

 レイチェルの姿が、いやに鮮明に脳裏をよぎった。おれは首を振りながら、グラスを傾けた。ほどよく冷えており、上品な味がした。ワインなら赤と決めているが、美女に振る舞われるのなら、ロゼもいい。もちろんその予算は、ワットの懐あたりから出ているに違いないが。茨城麗子が個人的な興味から訪ねて来たと考えるほど、おれはナルシストではない。

 料理も旨かった。が、いったい何を食ったのか、じつはよく覚えていない。アマリリスが作ったものなら、いちいち思い出せるのに。

「最近、秘書型チャペックが売れていることをご存知ですか」

 と、茨城麗子は世間話を始めた。一気に本丸を攻め落とそうとせず、外堀から埋めて行くつもりらしい。彼女の真意はまったくわからないが、何か面倒な問題を持ち込んできたことは、見え透いていた。間違いなく、「人食い私道事件」以上の。

「知らないね。だいたいそんなものに、きみが職を追われる心配はないだろう」

 何気なく彼女のグラスに目を遣れば、ワインがまだ半分ほど残っており、相変わらず口紅の跡はみとめられなかった。彼女の唇は、最初から真紅に染まっているのだろうか。彼女は就職活動中の女子大生が着るようなスーツを着ていた。開襟シャツの白い胸元が、グラスの後ろに君臨していた。

 顔が火照るのを意識しつつ、おれは目を逸らした。そんな反応を予期していたようなタイミングで、彼女は言う。

「それがそうでもないのです。最新式の秘書型チャペックは、顔の部分が14インチ。胸に19インチのモニターをそなえていて、社長のスケジュールから最新のニュースまで、必要に応じてたちどころに表示させます。おまけに頭部のモニターには、通常、とびっきりの笑顔を浮かべる美女の顔が映し出されているのですから」

「顔を見飽きたら、取り替えればオーケーってわけか」

 相崎博士が聞いたら、真っ赤になって怒るだろう。はん、交換可能というテクノロジーの常識こそが、諸悪の根源だよ。平等のふりをした我欲に過ぎん。とかなんとか。

「ワットが購入を検討しているのか」

「まさか。社長はスタイリストですから。独裁者の多くがそうであったように」

「やつのことだから、今の発言もどこかで聞いているかもよ。なるほど、やつにとって秘書は、陰口を叩くくらいがちょうどいいのかもしれない。スケジュールやニュースなら、言われるまでもなく頭に入っているだろうし」

 そうかもしれません。と、やけに素直な言い方をして、麗子は肩をすくめた。めったに見せない子供じみた仕ぐさがなまめかしくて、みょうにどぎまぎさせられた。酒のせいで赤くなっているのだと、受けとめてくれればいいが。このままでは着々と籠絡されそうで恐ろしく、おれは率直に切り出してみた。

「何か面倒な依頼でも舞いこんだんだろう」

「はい」

「断るという選択肢は?」

「たぶん、ありません」

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