表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/270

4(1)

  4


 十五分後、おれたちは変態博士の部屋にいた。

 博士は八幡商店の二階に居候している。普通に訪ねれば五分とかからないところ、三倍も時間を要したのは、おれがゴネたからだ。

 ガレージの二階なので、それなりに広い。博士はそこを書斎と研究室と寝室と物置に分けて使っていた。研究室はさらにいくつかに分けられ、玩具みたいな発明品から、とても口に出せないような、デンジャラスな実験まで行われているという噂だ。

 もしここ、BB-33地区が一夜にして壊滅したとすれば、それは多脚ワームのせいでも首長連合の残党のせいでもイミテーションボディのせいでもなく、博士が実験に失敗したせいだとおれは信じる。それがどんな実験なのか、夢にも考えたくないけれど。

「はん、器より中身だとか、そんな陳腐な議論に耳を貸すほど、吾輩はヒマじゃない。ただ同時に、器にこだわっている暇もないというだけでね」

 キイキイとかん高い声で博士はまくしたてる。大昔の漫画から、マッドサイエンティストの絵を切り抜いてくれば、そのまま相崎博士の出来上がりである。白髪まじりのオールバック。痩せこけた頬。異様に尖った鼻に、ちょこんと載っている真円形の眼鏡。よれよれのネクタイをしめた上から、焦げ跡だらけの白衣を引きずっている。

 そして鼻の下には、原始的民主主義時代の変態画家のような、ピンと斜め上を向いた時計髭をたくわえているのだった。

 おれはえらく古めかしい意匠のソファの上で縮こまっていた。手には黒い液体の入ったビーカーを握って。どうやらこの生温かい液体はコーヒーであるらしく、八幡ブラザーズと妹は何のためらいもなく飲んだばかりか、呆れたことに、非常に旨いという感想までもらした。

「こいつを飲むくらいなら、一週間断食したほうがましだ」

 ワームのホルマリン漬けを見たような顔でおれがつぶやくと、すかさず博士がキイキイわめいたところで今に至る。

 おれたちが座っているのは、博士の書斎であり、応接室や居間を兼ねた部屋である。悪趣味を絵に描いて額縁に入れれば、この部屋が出来上がると考えていい。

 壁には鹿の首の剥製や、解剖の様子を描いた油絵がかかり、どうし見てもレプリカとは思えない、等身大の人骨がぶら下がっている。机、椅子、壁紙、絨毯などは、限定的君主制の時代からタイムトリップしてきたように、どれも極めて古めかしい。

 この書斎は異様に細長く、奥まったところは闇にかすんでいる。書棚にぎっしりと詰まった本が、どこまで続くのか見当もつかない。

「で、何の用だったかな? この頃は物忘れがひどくてこまる。神経細胞を陽子イオン化する理論さえ確立できれば、こんな悩み吹き飛ぶんだがな」

 その前に地球が吹き飛ぶんじゃないか。と言いたかったが黙っていた。

 博士はソファに深々と沈み、白衣の内ポケットからみょうに太い葉巻を取り出して、口にくわえた。すかさず横から助手の黒木がマッチをすり、煙草の前に炎をかざした。あのマグナム着火装置を自分では使わないのだから、呆れた発明家だ。

 黒木が喋るところを、まだ一度も見たことがない。ファーストネームすら知らない。年は八幡兄弟と同じくらいか。ほっそりと背が高く、冷たく整った顔は、常に少し蒼ざめて見えた。看護婦、というノスタルジックな呼称が似合いそうな白衣を身にまとい、博士の隣でいつも微動だにせずに控えていた。謎の女である。

「ですから、エイジさんが家事用チャペック……いえ、ロボットを探しているそうなので。あれが役にたつんじゃないかと」

 一朗が身振りつきでそう言った。博士は大量の煙を吐きながら、うっとりと目を閉じた。

「ああ、あれか。完璧には程遠いが、どうにか使えるくらまでは調整できておる。接合部への不可侵率も常時八十七、八パーセントまで上昇したからな。臨界に達することはまずあるまい。そろそろ下界を歩かせてやってもいい、とは吾輩も考えていたところだ。せっかく二本の足を持って生れてきたんだからなあ……」

 ちなみにおれはまだ「あれ」が何なのか、全く聞かされていない。百聞は何とやらと言われては好奇心に勝てず、ふだんなら、汚染地帯の次に避けたい博士の根城へ、しぶしぶ足を運ばざるを得なかった。

 最初は変り種のチャペックくらいに考えていたが、博士の口ぶりでは、まるで二本足の原子爆弾の話でもしているように聞こえる。おれは不可解な身震いにみまわれた。現に、原子爆弾よりもっと恐るべきものが、目と鼻の先に横たわっていたのだが……博士は目を細めに開いて、銀縁の眼鏡の光沢よりも鋭く、ギロリとおれを睨んだ。

「きみの手に負えるかな?」

 陳腐な言い回しだが、カチンときた。おれだってその気になれば、軍事用チャペックくらい自在に操れる。一般人が夢想だにできないような、ロストテクノロジーの知識もある。ただ面倒くさいから知識をひけらかさないだけで。だてに処理班に在籍していたわけではない。

 だから、墓穴を掘った。今ならまだ逃げ出せたのに、最後のチャンスを逃してしまった。

「手に負えるか負えないか、見せてもらわなければわかりませんよ。案内してください」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ