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 建て前上はね。そう返してから、麗子はきゅっと眉根を寄せた。思えば、じつに微妙な質問である。なんでも屋を名乗る以上、なんでもやるのが建て前だ。たとえ暗殺の依頼を受けても、引き受けなければ看板にもとる。けれども逆に、民間企業である以上、なんでもやれば後ろに手が回る。「建て前上は」法律を遵守しなければならない。

 例えばワームを駆除するために、禁制の重炉心弾を使ったり、さらにはイミテーションボディまで投入したり……当局に提出する書類に、むろんそんなことは一行も書かれていない。

 どっちなのだろうと麗子は思う。看板どおり、何でもやってくれることを期待してるのか。それとも、目的のためには手段を選ばぬ、ゴロツキ企業を、ひとつ駆除したいだけなのか。

「今夜はプライベートだと言っただろう」

 またしても、彼女の心を読んだようにカヲリは言い、青い酒を口へ運んだ。背景に流れる、はるか昔に録音されたライブ演奏は、電子楽器で単調なフレーズを延々と掻き鳴らしていた。神経症的な、それでいてどこか落ち着くような。こんな音楽に共感できる自身もまた、病んでいるのかもしれないが……カヲリは続けた。

「まあ仕事柄、全く切り離すことは不可能だが。麗子とこうして会っていることも、これから頼むことも、人類刷新会議の指示では決してない。わたしの個人的な意思だと思ってほしい」

「竹本商事にあなたが……カヲリが個人的に依頼を?」

「そうだ。じつはここ二ヶ月ほど、この地区に潜入している麻薬密売組織を追っているのだが、どうしても尻尾がつかめない。多くの犠牲を払って、アジトまで突き止めたんだがね。決定的な証拠がない限り、武装警察といえども、そうそう手荒なマネはできないのさ」

「エイジさんの部屋には、遠慮なく踏み込んだじゃない」

 それにプライベートと言いながら、結局仕事の話ではないか。酔いも手伝って、憤然と言い放ったあと、思わず口に手をあてた。カヲリは、けれど気にした様子はなく、薄い笑みの前で指を組んだ。

「なにしろ相手は麗子の想い人のような、一匹狼ではないからな。下手に手を出せば、当局の存亡にかかわりかねない」

「相当な資金力と組織力が背景にある?」

「さすが、呑みこみが早いな。すでに察していると思うが、問題はどんな組織がウラについているのか、全く見えてこないことだ。たしかに大金が流れ込むのに、行く先は五里霧中でね」

「アジトまでつかんでおきながら? まさか、そこに潜入して証拠を探して来いなんて、ばかなことは言わないでしょうね」

「その、まさかだよ」

 相手は眉ひとつ動かさない。美しい指をひるがえしてグラスの縁をもてあそび、次に中から砂糖漬けのチェリーをつまみ上げた。麗子の声は、おのずとかすれた。

「民間人の出る幕じゃないと思うけど。刷新会議には諜報部員が一人もいないなんて、言わせないわよ」

「十九人だ」

「えっ?」

「ある者は客になりすまし、ある者は仲間に化け、ある者はひたすら姿を隠して潜入したが、一人も生きて帰らなかった。ただ切り取られた体の一部ばかりが、当局宛に送られてきたよ」

 赤い唇がチェリーをくわえるさまを、眉をひそめて眺めた。

「麻薬の密売となると、当然、イーズラック人が絡んでいるのでしょう。アジトというのもまた、かれらの巣窟になるのかしら」

「鋭いね。やはり麗子に話してよかった。かれらが絡んでいるからこそ、話が霧の彼方に紛れてしまうんだ。かれらは富を軽蔑している。生活のために武器や麻薬を横流ししても、必要以上に儲けることは、かれらの信条に反する。貧者として生きるというのが、長い放浪生活の中で、かれらなりに身につけた生きるための知恵なんだね」

 富めば人間は必ず堕落する。嫉妬が生じ、盗みや争いの元になる。イーズラック人たちは貧しさを誇りとし、富の分配を最大の美徳と考える。多く儲けた者は、持たない仲間に分け与えるし、そうしなければ、もはやイーズラック人として認められない。我々同様、堕落した人種とみなされ、集団から追われなければならない。

「よって当然、密売による莫大なカネは、かれらのもとには留まらない。ウラで吸い上げている組織が必ず存在する筈なんだ」

「それが……首長連合の残党だとにらんでいるのね」

 もの凄いような笑みをカヲリは浮かべ、麗子の背筋を、冷たい稲妻が何度も貫いた。ここにきてようやく、彼女の考えが理解できた。

 エイジをぶつけるつもりなのだ。彼女は明らかに、かれと旧首長連合の関係を疑っている。この一件にエイジをぶつけることによって、かれを試し、かつ、麻薬密売組織の解明にも役立てるつもりなのだ。

「あなたは、恐ろしい人だわ。でも、いったい……それほどの利益を生み出す麻薬とは、どんなものなの?」

 チェリーをくわえたまま、彼女の唇が蠢いた。全く発音されなかったにもかかわらず、麗子の脳裏に、その単語は恐ろしい力で絡みついてきた。

『クラーケン』

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