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「図星か。あんな、くたびれた男が好みだったとはな。何でも知っているつもりでいたが、意外な一面を見る気がするぞ」

「肯定していないでしょう」

「この期に及んで言い募るか。だが、もしあの男を殺せば、麗子はわたしを恨むだろうな」

 いきなり核心に触れられて、息を呑んだ。じっと注がれる冷たい眼差しの前で、唇をかんだまま、しばらくは何も言葉が浮かばなかった。

 呼び出しを受けたのは、今日の午後二時ごろ。外部から会社にかかってきた電話を何気なくとると、忘れられる筈もない、「親友」の声が囁いた。

(麗子か。頼みたい用件がある。今夜十二時、旧第5街区の芦原ビルに来てくれ。五階の店の奥にいる)

 それだけで切れたので、動揺をあらわす暇さえなかった。けれども気がつけば、少年社長、竹本ワットの視線が、じっと彼女に注がれていた。

(間違い電話ですか)

(え、ええ。一方的に出前を頼んで、切れてしまいました)

(遅い昼食なんですね)

 ワットはそう言ったきり、とくに追及はしなかった。が、これまでの経験上、何を嗅ぎつけたか知れたものではない。彼女の十倍頭がよく、完璧なサディストで、どこまでも底意地が悪い。それでも秘書を続けてこれたのは、無職の時に拾われた恩もあるが、かれの経営者としての天才的な能力に感服している部分が大きかった。

 いきなりの呼び出しには、むろん、飛び上がるほど驚いた。

 どんないきさつがあったのか知る由もないが、武装警官となった以上、素性は隠したがる筈。間違っても、向こうからコンタクトをとってくるとは、予想していなかった。他言するなと釘を刺すつもりなのか。あるいは……

(いっそ、わたしを消すつもりか)

 いずれにせよ、何としてでも行く必要があった。人類刷新会議の武装警官として、「親友」はエイジをつけ狙っている。殺すとさえ宣告している。頼みこんで、誤解を解こうというのではない。そんな甘い夢を見るほど、お互い子供ではないが、あの、レイチェルの一件に端を発する、武装警察の一連の行動の意味を知りたかった。

 ワットに話すべきかどうか、これは最後まで決めかねた。性格はよくないが、かれの圧倒的な頭脳は頼りになる。相手に気づかれず護衛をつけるくらい、かれなら朝飯前だろう。とうとう話さなかった理由は、麗子自身にもよくわからない。きわめて感傷的な何かが、踏みとどまらせたとしか。

(少し疲れが溜まっているようですね)

 十時半を回っていた。間の悪いことに、今夜は夜勤の現場を五件もかかえていた。ワームの駆除ではなく、破損した配管の補修ばかり。この地区でもご多分に洩れず、あらゆる配管が剥き出しのまま、ビルの壁や道路わきを走っているので、ちょっとしたアクシデントですぐ破裂する。とても政府の手に負えず、結局、なんでも屋に回ってくる。

 立ち会うほどのことはない、簡単な現場だ。それでも五つ重なれば、秘書がハイさようならと帰るわけにはいかない。頭痛を訴えようか。親類に危篤状態になってもらうか。考えあぐねていたところ、少年社長はいつになく優しい声で、そう言ったのだ。

(もうあがっていいですよ。だいたいうちは、配管は扱わないと言ってあるんですが、親父の代からの付き合いがありましてね。古い職人を、簡単にクビにするわけにはいかない。なに、どれも報告書にハンコを押すだけで済む話ですから、明日の朝で構いませんよ)

 声は不気味なまでに優しいが、目つきは最も兇悪なサディストのそれだった。かれの言葉は鞭のように鋭く、彼女の背を叩いた。

(「人食い私道事件」の事後処理も、なんとかひと段落つきましたし。たまにはお友達とバーにでも寄って、憂さを晴らしては如何?)

 いつのまにか、バーテンダーがかたわらに立っていた。白い袖がひるがえり、空になった二つのグラスを取りのけ、新しいカクテルをテーブルにのせた。いっさい手もとを見ずに……かれが去ると同時に、カヲリは笑った。昔と変わらない、澄んだ声が響いた。

「そう硬くなるな。今夜はプライベートだ。麗子から何か聞きだして、やつのもとへ踏み込もうなどと、考えているわけではない」

 ちょっとグラスをかかげて言う。応じて麗子も二杯めのドライマティーニを手にした。決して弱いほうではないのに、先の一杯がけっこう効いていた。

「よかったら、先に用件を聞かせてくれない? 頼みたいことがあると、電話で言っていたでしょう。つのる話は、それからということで」

 努めて快活な声を出そうとして、語尾が震えた。カヲリは、何もかも見透かしたような目つきを送った。青い液体の前で、唇が赤い月の形を描いた。

「麗子の会社は、いわゆるなんでも屋というやつだろう」

「ええ」

「ならば、建て前上は、客のあらゆる依頼を引き受けてくれるのだな」

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