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 人形だ、とまず考えた。大きさは箱型のチャペックと変わらないから、十歳くらいの子供程度。現にその人形は、ちょうどそれくらいの少女の姿をかたどっていた。

 髪は短い、いわゆる「おかっぱ」。頭のうしろに大きなリボン。ガラスのように、うつろな瞳がぱっちりと見開かれ、苺色の唇が、かすかに笑みを浮かべている。人間の顔だちをリアルに再現したのではなく、わざと人形らしいデフォルメが加えられているようだ。

 童話から抜け出したような青いエプロンドレス。ウェイトをとるためか、体のわりに大きな茶色いブーツを履いていた。

「これも家事用チャペックかい」

 おれの驚きを前に、二葉は腕を組んだまま、満足そうにうなずいた。

「とある首長の屋敷で使われていたハンドメイドの逸品よ。型は古いけど、金に飽かせて贅沢な機能が盛りこまれているわ」

「動くのか?」

「ばっちり整備してあります。ちょっと見てみますか」

 妹の言葉をうけて胸を張ったわりに、一朗が少々顔を赤らめた。その理由は、三十秒後に判明した。かれはポケットからじゃらじゃらと鍵を取り出し、赤いプレートのついた一つを選り分けると、おもむろに少女人形のスカートをまくり上げ、顔を突っこんだ。なるほど、そこに操作パネルがあるのはわかるが、よそ目には変質者にしか見えない。

「ハンドメイドだから型番はないの。名前は、テレーズ。呼んであげると喜ぶわ」

 ブーン、と、かすかな震動があり、少女の瞳が光沢を帯びるのがわかった。次に右を向き、左を向く仕ぐさは、目覚めたあと両親を探しているといった風情。五本の指をぴんと伸ばし、相変わらずきょろきょろしながら、一歩、また一歩。よちよち歩きで近づいてきた。

「あなたがわたしのご主人さまですか?」

「えっ……」

「もしあなたがわたしのご主人さまなら、識別コードを音声で入力してください」

 合成音には違いないが、女の子らしい自然な声。ひとつひとつの言葉にあわせて唇が動くと、小さな白い歯がのぞいた。両手を可愛らしく胸の前に組み、小首をかしげて、少女はおれの返事を待つ様子……たしかにこれはよくできている。暇な金持ちの考えることは、おれたち凡人の想像を絶する。

 二葉に目顔で促されるまま、おれは少女の名を口にした。少女が数回、大きく目をしばたたく間、古風な電気ゲームをおもわせるアクセス音が聞こえた。

「認識しました。何なりとお申しつけください。ご主人さま」

 テレーズは両手でスカートをちょっとつまみ、舞踏会ふうのおじぎをした。そのままもとの人形に戻ったように、ぴたりと動かなくなった。タイマーが切れたのだ。さっき一朗がパネルを操作して設定したのであって、そういった基本的な動作は他の家事用チャペックと変わらない。と、理屈ではわかっていても、おれは少なからず動揺していた。

 一朗が満足げに微笑むさまは、妹とそっくりだった。

「お気に召しましたか?」

「いや驚いたね。お伽話を目の当たりにしているようだった」

 けれども数十分後、おれはこれの百倍驚かせることになるのだが。むろん、このときは知るよしもなかった。

「ただ、あまり実用的とは言えないなあ。手入れも大変そうだし。前の七式みたいに、蹴飛ばしながら使うくらいがちょうどいいんだ。チャペックだとわかっていても、まさかこの子は蹴飛ばせないしなあ」

「わたしはぴったりだと思うけど。エイジさんみたいな、キノコが生えそうなやもめ暮らしには特に。こんな可愛い女の子が温かい料理を作って待っているのよ。生活に潤いが生じると思わない?」

 依然、おじぎをしたまま固まっている人形に目をやり、おれはうなった。

 たしかに可愛い。それは認めるが、必要以上に可愛くないか? おれは大日本おっぱい党員だから、ロリータに興味はないが、それでもこんなチャペックと同じ部屋で寝起きしていたら、いつしか目くるめくアブノーマルな世界に踏みこんでしまいそうで、空恐ろしいものがある。

 だいいち、もうすぐ三十にもなろうという、むさくるしい男に、お伽話の世界は似合わない……何だかんだと渋っているところへ、一彦がトンネルから顔を出した。かれもまた監視カメラで、我々のやり取りを聞いていたとおぼしい。

「兄さん、あれをエイジさんに見せてあげたら?」

 裸ダイオードの灯りしかないので、辺りはけっこう薄暗い。にもかかわらず、一彦の一言に反応して、一朗の顔がさっと蒼ざめるのがわかった。弟に比べて、じつはちょっと小心な兄の性格は知っていたが、それでもかれをここまで狼狽させる「あれ」とは何なのか。当然おれは気になった。

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