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25(2)

 声のしたほうを振り向いて、おれはまたしても、信じがたい光景を目の当たりにした。

 石畳はほとんど掘り返され、代わりにどこまでも続く多脚ワームの胴体が、低く高く波打っている。その上を、アマリリスはエプロンごとスカートをつまんだ恰好で、振り落とされることなく、猛スピードで駆けて来るのだ。まるで、十二時の鐘の音を聞いたサンドリヨンのように。

 次の瞬間、たん! と、少女はワームの背を蹴り、逆さに宙に舞った。

 不思議な舞踏のように、両脚を空ざまに突き出した姿勢のまま、背中から突っ込み、ワームの頭部に近い体節にぶち当たる直前で、半回転して正面を向いた。そのときすでに、彼女の左手はハガネの爪と化しており、高々と振り上げた状態から、おもむろに化け物の胸に切りつけた。

 ガキッ! という、硬いものどうしがぶつかりあい、かつ砕ける音が鳴り響いた。ワームの悲鳴が空を裂き、バランスを崩したクレーンから何本もの鉄骨が降ってくるように、化け物の脚がばら撒かれた。その中を、逆さまのアマリリスが飛んできたかと思うと、くるりと背を向けて、おれたちの面前に着地した。

 ハガネの爪からワームの青い体液がしたたっている。化け物は、折られた脚を振り回し、「目」のひとつから体液を噴き出しながら、直立した上体をのたうちまわらせた。頭上に映し出されていた人形の顔は消え、もはや賛美歌も聞こえなかった。

 少女は間合いを保ったまま、なかなか踏み込まない。獣じみた唸り声を上げて、ワームは赤い三角帽子のような頭部の下を、たちまちコブラの首の形にふくらませた。さらに翼が生えるように、その両側から、巨大な鎌に似た腕が三対出現した。それらが体の全面で噛みあうとき、ギチギチと音をたてて、蒼い火花を飛び散らせた。

「アマリリス……」

 思わず声をかけると、少女は必要最小限の角度で振り向いた。目礼するようにうなずき、また前を向いたとたん、怪物に向かってダッシュした。

「はああああああっ!」

 土煙を引きながら高く飛び上がると、両腕を面前でクロスさせ、あろうことか、六本の巨大な鎌が待ち受けている怪物の胸に、まともに飛び込んだ。おれは眉をひそめた。腕の中で、二葉が身を硬くするのがわかった。大鎌が少女を抱きすくめるのを目の当たりにしたとたん、怪物の上体は、はるか後方へ吹き飛ばされた。

 長い長い尾が、ずるずると引きずられてゆく。おれと二葉は顔を見合わせ、すぐに後を追った。多脚ワームの絶叫に混じって、行く手から聞こえる、ぐちゃぐちゃとものを砕くような音が、しだいに大きくなる。前方の闇を見つめて走りながら、おれは無意識のうちに、少女の名を呼び続けていた。

 ワームの大鎌は、明らかにIB化した部分だ。いくら少女自身がイミテーションボディだといっても、真にそうである部分は左手首から先に過ぎない。あの大鎌とまともに張り合ったのでは、勝敗は目に見えている……足を止めた。おれの爪先には、女の子の首がひとつ転がっていた。

 それはノコギリ状の歯を剥き出しにした、ビスクドールの首だった。切断面から臓腑のようなコード類が食み出し、ガラスの目玉はしきりに蠢いているが、チャペックとしての機能は完全に停止していた。

 ワームの絶叫は続いていた。それはしだいに苦痛のトーンを増してゆくようだ。釘打たれたように背を地面につけて、ワームはすでにぴくぴくと痙攣していた。六つの大鎌のうち、あるものはへし折れ、あるものは砕け、あるものは自身の「目」を貫いていた。上に乗ったアマリリスが何度も爪を突き立てるたびに、体液が飛び散り、絶叫がほとばしった。

 さらに少女はワームの腹部へ深々と爪を突き立てると、縦に裂きながら後退し、引き抜いたところで振り返った、瞳が真紅に燃えていた。我知らず身震いするおれを尻目に、左手を振り上げ、今度はずばりと真横に薙いだ。おぞましい断面もあらわに、多脚ワームの体は二つに切断された。

 断末魔とともに、体液が滝のようにあふれた。

「アマリリス……アマリリス。もういい、充分だ……!」

 声がおのずと震えた。少女は、けれどさらに断面に肩まで左手を突っ込み、臓物をつかんで引きずり出した。それを地面に叩きつけては、また突き刺し、殺戮を止めようとしなかった。二葉がつぶやいた。

「暴走……?」

「マスター」

 繰り返される動作とは裏腹に、あまりにも哀しげな声が、おれをたじろかせた。灼熱する瞳からあふれる涙が、はっきりと見えた。

「お願い、です……わたしを……見ないで」

 分断された多脚ワームは、すでに声を発しておらず、痙攣する肉塊と化しつつあった。

 燐光を発する体液が少女のエプロンを青く染め、頬に点々と飛び散って、涙のあとを掻き消した。

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