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24(4)-25(1)

 どこに隠し持っていたのか、彼女の手には、ドライヤーを二回りほど大きくしたような、見たこともない銃が握られていた。ぼん! と音がして、閃光も煙も火薬の臭いもない代わりに、衝撃波のようなものが、多脚ワームを直撃した。空砲だ。もともと子供の玩具だが、とんでもなく兇悪に改造されている。

 石畳を爪で引っ掻く、気が狂いそうになる音を発しながら、漆黒のサソリは約一メートル後退した。全身を波打たせ、グギギギグゲエッ、と、二度と聞きたくないような悲鳴を上げた。

 発射の反動で、二葉は後方に吹き飛ばされ、茂みの中に突っ込んだ。キャッ! という悲鳴を聞く限り、お尻をぶつけた程度だろう。無理な体勢から無理してキメぜりふを吐いたわりに、相手にたいしたダメージは与えていないが、少なくとも、おれが第三の弾薬を装填する時間はかせいだ。

 さて、

 一発めはアタリ、二発めはハズレ。となると、この弾が生きている確率は五十パーセントだが、悪運の強さを加味すれば、七三パーセントくらいの自信はあった。二葉にならって、キメぜりふを吐かなければいけないような気がしたが、それも彼女が与えてくれた余裕にほかならない。

「お寝んねの時間だぜ、ベイビー」

 引きがねをひいた。

 不発弾ではなかった。


  25


 反動で吹き飛ばされ、三回転して顔を上げると、目の前に、炎の柱が出現していた。

 天をも焦がすかと思われた、灼熱する火柱の中で、世にもおぞましい断末魔が地を揺らした。いつのまにかそばに立っていた二葉の肩を、自然に抱いた。火勢は見る間に弱まり、生き物の焼ける臭いを残して、円形に穿たれた穴の中に吸いこまれた。

 がさがさと、耳障りな音が鳴っていることに気づいた。巨大なアリジゴクの巣をおもわせる穴の中を、赤い靴の少女が四つん這いで這い回っているのだった。等身大の人形の姿をあらわし、焼け焦げた服から、球体関節が露出していた。少女は突然動きを止めて、こちらを見上げた。

 ガラスの眼玉は真円形に見開かれ、口は耳まで裂けて、ノコギリの牙を剥き出しにして、ニタニタ笑うのだ。

「そういうこと……」

 二葉がつぶやいて、ぎゅっと身を寄せた。断片的な言葉の意味が、いやになるくらいわかる気がした。間もなく地面が揺れ始め、穴の中から、先端の尖った、細長い脚がいくつも突き出された。少女人形は再び這いながら、ずるずると螺旋を描いて穴の中心へ下りてゆくと、下半身をすっぽりと埋めた状態で、狂ったように両腕を振り回した。

 この世のものとは思えない笑い声が鳴り響いた。人形の目が青く燃えた。

 その頃には、私道全体が脈打っていた。脈動は蠕動にかわり、波のように揺れて、瓦礫と化した石畳を吐き出しながら、巨大な節足動物の黒光りする体をあらわした。おれたちはとうに立っていられなくなり、常緑樹の茂みに弾き飛ばされていた。ひざまずき、二葉の体を抱いたまま、穴の中央からせり上がってくる化け物の本体を見つめた。

 ……ヘビ、ノ、アタマ、ハ、サソリ……デ、ス。

 そういうことか。

 と、遅ればせながら、心の中でつぶやいた。本体は首のないムカデだった。いや、さっき吹き飛ばした「アタマ」の代わりに、真紅の、ペンシル状の器官の先端に、少女人形の上半身が、そっくり嵌まりこんでいた。巨大ムカデの脚は細長く、一つの節に二対ずつついており、またご丁寧にも、腹部には一つずつ、「目」が嵌めこまれていた。

 けれど、何よりもおれを驚かせたのは、最先端の真紅の節の腹部に白く刻印された紋章だった。「逆さA」の紋章!

「なんなの……こいつ」

 腕の中で、二葉の震えが伝わってくる。あるいはおれ自身、震えていたのかもしれない。気のせいではなく、明らかに耳を聾するような賛美歌が、どこからともなく鳴り響いていた。化け物の頭上には真っ黒な雲が渦巻き、幻燈のように、少女人形の恐ろしい顔を、でかでかと映し出していた。

 こいつは多脚ワームに違いない。けれど、賛美歌といい、幻燈といい、ワームごときにできる芸当ではない。三十パーセント。いや、ともすると半分くらいは、イミテーションボディ化しているに違いない。

 ギチギチと狂喜するような声を発し、私道全体が変じた化け物は、無数の「目」でおれたちを見下ろした。口の所在は明らかでないが、まあ、ミンチにすればどこからでも食えるだろう。化け物の姿を見せまいとして、おれは二葉を背中でかばい……

 待っていた。

 伏兵は、先にあらわれたほうが負けである。

「はあああああああっ!」

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