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 そろそろ時間だ。

 声に出してつぶやいたのかもしれず、心の声を聞いただけかもしれないが。窓の外はすっかり「タソガレ」ていた。

 カーラジオから、すり切れたような音質で、クラシック曲が流れていた。刷新会議の統制下にある味も素っ気もない国営放送は、気象情報やワーム警報以外、一日じゅうこの調子。今流れているのは、ブラームスの二番あたりか。こんなときこそ、ジギー・バンデル・ルーデンの新曲でテンションを上げたいところだが、今は望むべくもない。

 かれは最近、ニューアルバムを出したという噂で、しかもかなりの問題作であるらしい。闇市にカードが流れていないか、今度探してみよう。もし生きて戻れたら……口の端を歪めて笑い、煙草を揉み消した。計器類の灯りだけがともる薄闇の中で、無線機の回線を開いた。

「エイジだ。一朗かカズ、とれるか?」

「はい。八幡です」

 割れた声だけ聞いても、兄か弟かさっぱりわからない。かれらは北口近くに、路上駐車を装って待機している筈である。むろん、いつでも神社を吹き飛ばして、踏みこめる準備をして。肩越しに、二葉に目配せすると、真顔でうなずいて無線機を受け取った。

「あ、カズ兄さん、二葉です。ちょっと行ってくるから」

「気をつけろよ」

「オッケー」

 再び無線機が手渡されたところで、ばりばりとノイズ混じりに女の声が響く。

「茨城です。エイジさんどうぞ」

「ミッションスタートだ。あとはよろしく頼む」

「了解しました。ご武運を」

 悪運の強さにだけは自信があるよ。そう胸の内でつぶやきつつ、無線機を切って、計器のくぼみに放りこんだ。私道の中に入れば無用の長物。持っていても仕方がない。

 外はシュールな心象風景をおもわせる、不安定な明るさ。まばらな街灯がともり、路面には闇が貼りついているが、空はまだ残照をとどめたまま。ちらちらと瞬く星の下を、黒い紙をちぎったような雲が走る。おれたちが「星」と呼んでいるもののいくつかは、旧世界の測位衛生なのだけれど。

 野次馬を避けるために、入口の周りは、一見、無人のようだ。今夜は警備員のみならず、無数の目がここに注がれているのだが。門扉の前で立ち止まり、誰にともなく手をあげた。蔓草の下に巧妙に隠された梯子に足をかけ、ひょいと乗り越えた。アマリリスと二葉は、ともに細い体を鉄格子の間からすべりこませた。

「無性にオムレツが食いたくなった。帰ったら作ってくれるか」

 中に入ったとたん、濃い闇につつまれ、温度が三、四度低くなった気がした。それでもこの距離だと、まだ少女の表情が確認できた。相変わらずの無表情であるが、こちらを向いたとき、大きく瞬きするのがわかった。

「はい、マスター」

「たのんだよ」

 石畳の小道を先に歩いて行く、少女の背中でひらひらと揺れるリボンが、闇に呑まれるまで見送っていた。ほっそりとした、二葉の腕が回されるのを意識した。歩き始めたおれたちの姿は、ワームの棲息地にわざと一人か二人ずつ侵入して証拠の品を取ってくる、肝試しというゲームに似ていただろう。実際にここでそれをやって、消えた男女が案外多いのだ。

「優しいんだから。あの子にだけは」

 これほど体を密着させても、肘に乳房の感触が伝わらない。化粧をしたり、ませた服を着てみても、やはり子供なんだと思えば、少々痛ましい。もしかすると二葉は、おれのケチくさい感傷を忘れさせようとして、わざとぶっ飛んだ恰好をしてきたのではあるまいか。

「おれに似てるからかもしれないな」

「アマリリスちゃん?」

「ああ。きみはおれが飼い主をなくした犬のようだと言ったが、アマリリスにもどこか、そんなところがある。あくまで印象なんだが。一度捨てられた経験があるんじゃないかって、思うときがあるんだ。もちろん彼女は顔に出さないし、実際、記憶もないんだけど……ときどき、胸をしめつけられるような目をしている」

 黒々と私道を覆う常緑樹のざわめきが、会話を途切れさせた。ぎゅっと腕にしがみつきながら、二葉が囁いた。

「さっそくお出ましみたい」

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