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ワットを睨みつけたが、薄笑いを浮かべるばかりで埒があかない。思うに、もしミッションそのものにケチをつけに来たのなら、責任者がいる以上、おれを待ついわれはない。ではワットの言葉どおり、おれの個人的な客であり、武装警察としてではなく、「カヲリ」として話があるということか。
私道へ向かって歩きながら、おれはアマリリスに目配せし、指でサインを送った。何が起きても手を出すな、という意味の。
「治安課にも交通課にも書類は出してますよ。もちろん、許可証も持っている。見せましょうか」
「いや、管轄が違うからな」
姿勢をまったく変えぬまま、赤い唇だけが蠢いた。ハスキーがかった、温度の低い声。もし、バーのカウンターで出会っていたら、ぜひお話ししたいタイプなのだが。
「見学はご遠慮願いますよ。これでも配置には気をつかっているんです。そんな目立つ恰好で門の前に立たれたら、計画が狂いかねません」
「ご挨拶だな。わたしもいろいろと目をつぶっているのだということを、忘れてもらってはこまる」
「ああ、なるほど……でも、あれは正当防衛でしたよ。撃たなければ、こっちがオシャカになっていた」
なかばカマをかけた形だが、唇がにーっと横に広がるのを見て、的を射たのだと確信した。ぞくぞくするような、ハスキーボイスが言う。
「化学鑑定の結果、炭化したアーマードワームの組織、および、重炉心弾の使用が確認された。その弾を所持している者を見つけ次第、わたしには射殺する権限がある」
おれは道化らしく、両手を広げてみせた。脇腹のホルスターには、すでにパイソンがおさまっており、グリップの一部が覗いた。あえて今日は、二発の弾薬しか用意していなかった。言うまでもなく、イーズラック人から買った残りの二発で、一発はすでに装填してあり、もう一発はジーンズのポケットにおさまっている。
カヲリはもたれていた門柱を離れ、目の前に立った。甘く危険な香水の香り。今にも銃を心臓に突きつけられるかと思えば、右手をあげて自身のヘルメットに軽く触れた。モーターがうなり、ゆっくりと、バイザーが上まで持ち上がった。
角度的に、彼女の素顔はおれにしか見えていない筈。唇だけ見て予感したとおりの、いやそれを上回る、いい女……だが、しかし、武装警官が素顔を一般人にさらすなど、まず考えられない。いわば、黒衣の天使がいよいよ大鎌を振り下ろす際、顔を覆っていた黒い頭巾を脱ぎ捨てるに等しい行為だ。
「わたしはおまえに俄然、興味が湧いた」
「光栄の至りです、セニョリータ」
「ふん、これがどういう宣告か、もちろんわかっているのだろう、コードネーム『エイジ』。おまえを殺すかもしれない相手の顔くらいは、知っておいてほしくてな」
再びバイザーが下りて、彼女の素顔を黒い鏡面で覆い隠した。ただその後ろで、素早く動く彼女の視線が、はっきりと感じられた。どこへ注がれているのかも。
「またあの少女を連れているのか」
詰問されるのかと思えば、カヲリは警察官らしい機敏な動作で、くるりと背を向けた。そのまま一度も振り返らず、路肩に停められた1000CCのバイクにまたがり、轟音をとどろかせた。兇暴な海棲哺乳類をおもわせる、漆黒の車体が消える頃、おれは道化師のポーズを取り続けていたことに、ようやく気づいた……
茨城麗子と少し打ち合わせて、自分の車に戻った。ワットの言うとおり、早く来すぎたかもしれない。窓から眺める間に、ようやく数台の車が到着して、警備員や無線技師が下りてくる。応対に出た麗子のおっぱいを目の当たりにして、かれらは一様に驚嘆している。
「クローズドサークル、か」
なかば無意識につぶやくと、小動物のように、アマリリスは助手席で首をかしげた。
「はい?」
「孤島だとか吹雪の中の山荘だとかね。閉ざされた環境をあらわす、ミステリー用語さ。私道の中では、驚くほど完璧なクローズドサークルが形成されている。一旦、その気で踏み込んだが最後、事件が決着するまで、周囲からは中の様子がまったくわからない」
スキャナーのデータに映っていた、黒いサソリのポイントは、どこからも完全な死角。監視カメラの設置なら、とっくに二葉が試していたが、何度仕掛けても、プラズマの亡霊によって瞬時に破壊された。強力な無線機にせよ、周りのスタッフのために用意したもので、中では役に立たない。
あとは、閃光弾を使うのが関の山だが、持つだけ無意味だろう。応援を呼んだ時点で、おれたちはとっくにオダブツなのだから。
「やはり、二葉を巻き込みたくなかったな」
誰に言うともなしにつぶやいて、煙草に火をつけた。
窓の外に目をやると、二葉は門扉の前で、いつぞやの少年二人と話しこんでいた。時折、彼女の澄んだ笑い声がここまで届く。二人のうち、背の高い不良少年のほうが色々な意味で硬くなっており、二葉の「美脚」をちらちらと盗み見ては、蒸気を吹き出しそうな反応をみせた。