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 何がだいじょうぶなのか。なぜ勝負する必要があるのか。そもそも、誰と勝負するつもりでいるのか。様々な疑問の渦に呑まれながら、「これくらいが一番動きやすいの」という一言に、かろうじてしがみついた。

「ならば、よし」

 今日の昼食もまた、当然のように三人ぶん用意された。相変わらずレタスを折りたたんで齧りながら、二葉が言う。

「わたしがあらためて言う必要もないと思うけど、今回のミッションにおける最大の問題点は、敵が出てきてくれるかどうかよね。確率的には、どんなものなの?」

「数値化しようがないね。様々な面で、可能性が高いほうを選択したという意味では、百に近いとも言えるし。しょせん運任せである点は、ゼロに賭けているようなものだ」

「ゼロに賭けろ、か。エイジさん、時々、顔に似合わずブンガク的なことを言うわね」

「顔は関係ないだろう。いくら頭をひねって計画を練っても、賽の目だけは操れない。最終的には、出たとこ勝負がものをいうんだ」

 兵士にギャンブラーに営業屋。かれら、最も過酷な人生の最前線に立たされている者たちは、最後は運がモノを言うことを知っている。ちっぽけな人間にはどうすることもできない、巨大で気まぐれな力の作用を、身辺にひしひしと感じながら生きている。兵士ではなかったが、おれもまた、悪運の強さゆえに生きのびた。

 そうして悪運の強さゆえに、大切なものが失われるのを、目の当たりにしなければならなかった。

「ふぅーん」

「なんだよ」

「エイジさんて、時々、ものすごく悲しそうな目をするよね。主人をなくした犬みたいに」

 どうせおれは野良犬である。けっこう的を射ているので、思わず吹き出した。

「ひとつ忘れていたんだが、アマリリスにはどんな恰好で参加してもらおうか」

 二葉に問いかけつつ、少女の顔をうかがった。急に話を振られたせいか、どぎまぎしたように頬を染めている。ファッション雑誌の成果か、彼女は外出着なども、あたりまえに自分で選べるようになっていた。先日の童話から抜け出したようなコート姿も、彼女自身のコーディネート。元がいいから何でも似合うが、「センス」もなかなかのものだ。

 そこまで考えて、失言に気づいた。ふだんはそうでもないが、今日の恰好からして、張りきったときの二葉のセンスは常軌を逸している。現に、いたずらっぽく指を舐めると、得物を前にした猫科の肉食獣の目つきで、アマリリスを眺め回している。

 現場にはワットや麗子をはじめ、けっこうな人数が待機するのだ。そこへ、仮装舞踏会に招かれたような少女を二人もエスコートして乗りこむ気には、ちょっとなれない。

「このままでいいんじゃない」

「は?」

「べつに本多平八郎忠勝みたいな恰好をさせる必要はないでしょう。アマリリスちゃんはどう思う?」

 生真面目な表情で、少女はこくりとうなずいた。そういえば、最初は違和感を覚えていた、新東亜ホテルの客室係の制服に、おれはすっかり馴染んでいた。けれど、このまま外出させたことは、もちろん一度もない。逆にいえば、仮装舞踏会的状況は回避されないことになる。異を唱えようと口を開きかけたところへ、二葉は人さし指を突きつけた。

「もちろん、エイジさんには拒否権があるわよ。マスターなんだから。でも過半数を超えて決議されたものをくつがえすのは、暴君の所業ではなくて?」

 もしおれが暴君だったら、とっくに世界征服しているという話で。

 食後の茶をゆっくり飲んでから、鞄ひとつさげて車に乗り込んだ。助手席には少女メイド。バックシートに、何とも形容しがたいゴーグル娘を乗せて。私道の南口に到着すると、趣味のよくない赤い車が、いやでも目についた。おれたちが降り立つのを待ってドアが開き、紫のストッキングに包まれた脚が、すらりと路上にあらわれた。

 茨城麗子はこちらに軽く会釈しつつ、後ろのドアを開けた。どうやらここにも一人、創立記念日で休んでいる小学生がいるようだ。

「ご苦労さま。もう少しゆっくりして来られるかと思っていたのですが、ちょうどよかった」

 赤いダブルのジャケットに、チェックの半ズボン。黒いハイソックスとニッカーボッカー。こんな珍妙な恰好がサマになるのは、この男くらいだろう。しかも不可解な威厳があり、親善大使のように手を広げると、アマリリスはともかく、二葉まで深々とお辞儀している。眉をひそめて、おれは尋ねた。

「ちょうどよかったとは?」

 大昔の漫画雑誌から切り抜いたような少年は、意味ありげに笑い、私道のほうを指さした。見れば門柱にもたれて、線の細い、影法師のような人物が腕を組んでいた。わずかに持ち上げた黒いバイザーの下に、薄く微笑んだ赤い唇が覗く……人類刷新会議の武装警官。コードネーム「カヲリ」だ。

「エイジさんに、お客さまです」

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