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「あ、エイジさん。スキャナーのデータを解析機にかけたぶんが、あがってきてますよ」
いささかやつれ気味にガレージに戻ったところで、一彦に呼びとめられた。そういえば、来た当初は兄の一朗もいた気がするが、仕入れにでも出たのか、ずっと姿が見えない。
「助かる。見せてくれるか」
かれの案内で、売り場とはカーテンで仕切られたスペースに通された。暗めの照明のもと、いくつものモニターが明滅するさまは、昼間の光景とは思えない。
アマリリスのメンテナンスは、まだ小一時間はかかるという。博士はナイトキャップを被って寝室に引き上げるし、鹿の生首の飾ってある部屋で待つのも厭なので、独りで下りてきたのだ。
四つのモニターを交互に眺めつつ、プリントアウトされたデータと見比べながら、おれ唖然とし、かつ凍りついた。低熱源・高周波体の氾濫……といえば少しはスマートに聞こえるが、要するに、百鬼夜行。どんな切り口から眺めても、あやしげなプラズマの妖怪変化どもが、所せましとぶちまけられていた。
「まあ、スキャナー本人が予想したとおりではあるな……」
二つの首のうち、ひとつが人面の虎がのし歩くさまを眺めながら、おれはつぶやいた。するうちに、私道の真ん中を少し過ぎた辺りに、目が引き寄せられた。ロータリーをおもわせて、ちょうど少し膨らんでいる所で、常夜灯やベンチがぽつぽつと置いてある。
むろんその辺りにも、コウモリの羽をつけたトカゲが飛び交い、本体のない人間の影法師が四つん這いで這い回り、サイは頭足類の腕足を蠢かせているが。石畳の上に目を凝らせば、巨大な意匠を思わせる複雑な影が浮き出ているのだ。その部分をモニター上で拡大すると、最初首をかしげていた一彦も顔を近寄せた。
「何に見える?」
「甲殻類に似ていますね。蟹……いや、サソリかな……」
……ヘビ、ノ、アタマ、ハ、サソリ……デ、ス。
耳もとで囁かれたように、アマリリスの声が脳裏で響いた。こわれた機械をおもわせる、それでいて歌うような。予言詩にも似た少女の言葉を、もしあらかじめ聞いていなければ、影の存在に気づいたかどうか疑わしい。それは敵が隠れ潜んでいる位置を、正確に指摘した言葉ではあるまいか。
「大きいですね」
一彦の声は、いつになく恐怖の色を帯びた。
さっきから根を詰めっ放しだったので、コーヒーが欲しくなった。率直に催促すると、ガレージ内のいつものポジションに収まったところで、濃いコーヒーを淹れてくれた。合成豆だというが、ブラックで充分いけた。
「いっそ掘っちまったほうが早いんじゃないかと、迷っていたんだが」
「許可がとれたんですか?」
首を振った。公道でさえ、たった二メートルの掘削を行うのに二十枚の書類がいる。上下水をはじめ、各種配管は九十九パーセントが剥き出しのまま、地上を渡されている。最近では、いにしえの「電柱」の復活がいちじるしい。それほど地下は禁断の領域なのだ。いわんや私道をや。しかも直下には、重度に汚染された動物園が埋まっているのだから。
こんな状況下で掘り起こしたりすれば、対テロリストの武装警察が飛んで来るだろう。
「だがその必要もなさそうだ。当初の計画どおり、お転婆姫はお借りするよ。未成年を巻きこむのは、主義じゃないんだが」
「今さら外されても、妹は承知しないでしょうね」
泥炭マッチを摺って煙草に火をつけた。煙を吐くついでに何気なく振り返ると、死霊のような男が立っていた。顔は蒼ざめ、頬はこけ、落ちくぼんだ眼窩の中で、ぎらぎらと目だけが光っていた。一瞬、一彦がズヌビーになったのかと疑ったが、本人は隣にいるし、帽子を前向きに被っているから、死霊は兄のほうである。
変わり果てた姿の由来を問えば、生ける屍と化して復活したのではなく、ここ三日の間、ほとんど寝ていないし、食べた記憶もないという。山ポッドの整備に夢中で寝食を忘れていたらしい。
「あれをもう一度動かそうなんて、本気で考えちゃいないだろうね」
一朗は何やらぶつぶつ呟き、おれを手招きした。ガラクタの山を抜けて、ガレージの裏側の整備工場に出た。修理中の車やチャペックが居並ぶ奥に、工業用マニュピレーターが集中している一角があらわれた。かれは光る目であれを見ろと促した。防酸布にすっぽりと覆われた上に、軍用チャペックの頭部が露出していた。
黒い、艶やかな光沢を宿している、それは明らかに、山田式ポッド三型……おれのよく知る相棒の頭部だった。
イミテーションボディによって叩き潰される前の、懐かしい顔がそこにあった。