21(2)
画面がふっつりと途切れ、サンドストームがあらわれた。狂騒的な管弦楽曲も、ザーッというノイズに呑まれた。
「いったい……?」
博士はリモコンを持ち上げ、テレヴィジョンの電源を切った。ブン、と、電気的な音が響き、真横に光の線が走ると、画面が沈黙した。自身が腰を浮かせていることに、ようやく気づいたとき、黒木がコーヒーを運んできた。濃厚な香りがおれの鼻面を引いて、現世に連れ戻した。
いつものあやしげなビーカーではなく、小奇麗なカップに淹れてあるが、なぜか一人ぶんしかない。アマリリスが「普通に」飲み食いできることは、二人とも承知している筈。抗議しようと睨みつけところで、博士の不気味なウインクに機先を制された。
「これでいいのだよ。メンテナンスの準備は済んでいるからね。風呂は熱いうちに入るものだ」
「みょうな実験をしようなんて、考えてないでしょうね」
「残念ながら、吾輩は先にひとっ風呂浴びて、あとは休むばかりさ。代わりに黒木くんがやってくれる」
どうやらこの男、真昼から夕方にかけて寝るつもりらしい。ネクタイを締めたまま棺桶にでも入れば、さぞかし絵になるだろう。いや、洒落になっていないところが恐ろしい……アマリリスが黒木とともに、奥の実験室に入るのを待って、おれは切り出した。
「さっきの映像は何です? どう考えたって、ただのヴィデオカードじゃない」
「根拠は?」
「最後にあらわれた怪物は、間違いなくイミテーションボディでした。この目で何十体も見てきたから、よくわかるんですよ。とても作り物とは思えませんね」
「あの映像自体も?」
返答に詰まった。赤い三角帽子に、星をちりばめた緑色のマントの盗賊たち……あれがリアルな映像に見えたら、おれは間違いなく狂人だ。
眉間に皺を寄せたまま、だいぶ冷めたコーヒーを飲むと、その間に博士は、どこに繋がっているのかわからない、透明な管のついた煙管をふかし始めた。有名な童話の有名な挿絵の一場面が、否応なく想起された。キノコのてっぺんに座って、イーズラック人みたいな芋虫が、水煙草をふかしている。女の子がうんと背伸びをして、それを眺めている。
(一日の間に、こんなにたくさんの背丈になっちゃうんですもの。頭がこんぐらがりますわ)
まるで童話のとんちんかんな問答と、おれたちの会話は大差ない。むさくるしいおれの代わりに、アマリリスがここに座っていたら、そのまま挿絵が出来上がるだろう。そう考えたところで、ハッと顔を上げた。
「夢……なんですか、あれは、夢なんですね?」
我ながら、みょうに丁寧な口調になった。香料の効いた煙を盛大に吐き出し、相崎博士は意味ありげに口の端を歪めた。
「さよう。きみたちを襲った運搬用ロボットのメモリーカードから、抽出したイメージだ」
「趣味のよくない冗談です。電子頭脳が電気羊の夢を見るなんて、大昔の駄洒落を引っ張り出すつもりですか。チャペック……いえ、ロボットは決して夢なんか見ませんよ。夢を見たりしたら、その時点でロボットとは呼べなくなる」
「いわゆるロボット三原則には、そんな禁則事項はなかったと思うが。まあ、きみの言い分は間違ってはおらんよ。ロボットは電気羊の夢を見ない。くだんの運搬用も含めてね」
水煙草の煙のせいか、頭が少々ぼんやりして、博士の言葉が、スキャナーの声のようにひずんで聞こえた。
「ただし、夢というものは、現実を湾曲して再生する特徴がある。昼飯にクロック鳥の目玉焼きを舌なめずりして食っておれば、夜の夢の中では、皿の上で親鳥がフォックストロットを踊りながら、金の卵を産んでみせる、という具合にな。そういった夢が生成されるプロセスと、非常に似た現象が起きてしまったのだよ」
ここにきてピルトダウン人なみに鈍い頭にも、ようやく理解できた。すなわち、運搬用チャペックの「十重二十重に」ロックされたメモリーカードを解析するに及んで、どうしても現実に体験された記憶を、そのまま抽出することができなかった。ゆえに、ああいった「湾曲」された映像が取り出されたのだ。
あまりにも夢に似た映像が。
「どう解釈したらいいんでしょうね」
ポケットからオリジナルのメモリーカードを取り出し、ひねり回しながら尋ねた。夢はここから抽出され、博士のヴィデオカードに記憶された。
「精神分析は専門外だよ。おっと、そう睨まないでくれたまえ。ここまでしぼり出すだけでも、けっこう骨が折れたのだ。あまり手荒なハッキングを繰り返せば、オシャカになってしまうからね。かといって、指をくわえていたら何も語ってくれはせん。そんなところは、人間の脳味噌とよく似ておる」
「哲学を語りに来たんじゃありませんよ」
博士はニヤリと笑い、水煙管を手にしたまま、ソファから立ち上がった。眠くなったらしく、大きく伸びをする姿は、それこそピルトダウン原人をおもわせた。
「カードは置いて行きたまえ。もう少し調べてみよう。だけどきみ、哲学なき科学は、一生眠らない人間のようなものだよ。ココロに夢がない」