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おそらく方向的には、ガレージの奥へ向かっているのだろう。一朗の背にしたがって、ガラクタの迷路を行くうちに、方向感覚など、とっくに吹き飛んでしまっていたが。
かつて妻がいた頃、ルナパークの迷路に入ったことがある。外から見ればごく小さなパビリオンなのに、足を踏み入れたとたん、広大な迷宮に迷いこんだ気がした。複雑に組み合わせられた鏡によって感覚が狂わされ、同じところをぐるぐる回っていることに気づかなかった。
一彦は店番に残り、海綿体ワームのように頬をふくらませたまま、二葉が後ろからついてきた。おれが少しでももたつけば、容赦なく蹴りを入れてくる。
「痛いって。靴の先が尻の割れ目に入ったぞ」
「ごめんなさい。わたし、足が速くて」
「健脚なんだな」
「美脚なのよ。おっぱい党員には見えないでしょうけど」
と、まだ根にもっている。
一朗が身を屈め、ガラクタのトンネルに潜りこんだ。身の危険を感じつつ、おれも後に続いたが、予想された背後からの集中砲火は鳴りをひそめたまま。
無事に通り抜けたときは思わずため息を洩らした。狭苦しさに馴染んだ体には、ずいぶん広く感じられた。裸ダイオードに照らされた空間の両側に、三十体ほどのチャペックが所狭しと並ぶさまは、壮観といえた。
「ほお、これは……」
「すごいでしょう。BB-33地区にジャンク屋は星の数ほどありますが、これほど粒を揃えている店はうちだけです」
自慢しつつ、鼻の下を指でこするのだ。そこが油で黒く汚れたところまで、漫画を切り抜いたようだ。おれは一台のチャペックの前に歩を進めた。先日お亡くなりになったナナコ七式同様、ありふれた箱型だが、黒光りするボディは新品と見紛うばかり。操作パネルや計器類を見れば、桁違いの性能が予想された。
「最近はコードレスが常識なんだな。電池切れしないのかい」
「ええ。電池パックのほかに、自己供給型のバッテリーを内臓していますから。二十四時間でも四十八時間でも、止まっちまうことはまずありません」
「そのうちチャペックの労働組合ができるんじゃないか」
うちの七式は二十四時間中、最低でも四時間、通常六時間は「眠らせる」必要があった。ケーブル式なので電源は問題ないが、冷却が間に合わない。
例えば例の掃討車なんかは、じつにイヤらしく立ち回り、わずかな物陰に隠れた人間をも確実に蜂の巣にするが、演算処理装置や関節にかかる負担は、家事用チャペックよりはるかに小さい。つまり人間をばりばり撃ち殺すよりも、ジャガイモの皮を剥くほうが、はるかに高度な神経と筋肉との連係プレイを要求される。より崇高な労働といえる。
「値札がついてないね」
「時価と相手によりけりで」
「最近は厳しくなってるんだろう。値札に限らず、食い物がいつまで食えるとか、そんなことまで書いて貼っておくらしい」
「クロック鳥の卵に貼ってあるのを見ましたよ。三年後の日付だったんで、親爺を問いつめたところ、雛がかえれば少なくともあと三年は食えるって。たしかにねえ、何でも刷新さんの言いなりになってたら、商売上がったりですから」
「値切る楽しみもなくなるよなあ」
苦笑しつつ、おれは居並ぶチャペックに次々と目を転じた。色やデザインこそ違え、新しい型になるほど個性というか、面白みがなくなるようだ。
「うーん、どうもね。あらためて七式に愛着がわいてくるようだよ。これより古い型はもうないのかな」
「ええ。七式クラスになると部品も入手困難ですから、修理はまず無理でしょうね……あ、一つだけ手がありました」
期待をこめた眼差しをあびて、一朗はかえってすまなそうな顔をした。キャップの上からぼりぼり頭を掻きながら、首を縮めて言う。
「相崎博士なら、なんとか動かせると思うんですが……あ、やっぱりだめですか」
おれは無言で両手を広げてみせた。博士に腕をふるわせるよりは、あのままスクラップにしたほうが七式のためだ。さもないと、目も当てられないような変態チャペック……博士流に合わせれば変態ロボットが誕生してしまう。おぞましい悲劇を想像して、蒼ざめているおれの袖を、二葉がしきりに引っ張っていた。
「ほら、あれなんかお気に召すんじゃない? エイジさん、変なものが好きでしょう」
異論はあったものの、彼女が指さした方へ目を向けると、最も奥まった辺りに、何やら異質なものが立っている様子。他のチャペックと明らかに異なる、有機的なフォルム。金属的な光沢もなく、柔らかな布地に包まれているようだ。お伽話に出てくる、磁石の女神像に引き寄せられる船のように、おれは奥へ足を進めた。