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20(2)

「どんな具合です?」

「いや、ひどいもんです。わたしの叔母がフォックス教の巫女をやっておるんですが、彼女の話を思い出しましたよ。除霊……というんですか。悪魔祓いみたいな仕事を頼まれたそうでしてね。とある古いお屋敷に入ったところ、そこいらじゅう、顔だらけというんですな」

 アマリリスがおれの外套の裾を、ぎゅっと握った。お化け屋敷に入った女の子のように。スキャナーは笑顔で語を継いだ。

「もちろんそれらは、叔母にしか見えないのです。彼女に言わせれば、その家には霊が『集まってくる』のだとか。建っている場所とか間取りとか、様々な条件が重なって、そんな現象が起きるらしいのですが。厄介なことに、こうなると森に木の枝を隠すようなもので、もともと家にとり憑いている『主』がどれなのか、見分けがつかないそうでしてね」

 おれは幽霊を信じないが、例え話としてはわかりやすい。かれの叔母は幽霊を探知する有能な「スキャナー」であり、それゆえに、古屋敷に巣食うありとあらゆる亡霊どもを、いちいちスキャンしてしまうのだろう。性能がよすぎるのも、時には仇となる。

「できるだけのことはやりましたが、そんなわけで、お役に立てたかどうか。とりあえず、データはお渡ししておきます」

 かれの金ピカスーツのみぞおちあたりに、小さなつまみが三つ並んでいた。カリカリと、旧式金庫の要領で、みずから番号を合わせると、長方形の隙間があらわれ、モーターの音を響かせながら前方に押し出された。いわば、お腹が引き出しになっているようなもので、中にぎっしり詰まっている機械は、かれの臓器にほかならない。

 おれの戸惑い顔に、かれはニヤリと笑ってみせ、引き出しの側面に指を触れた。蟹の脚をおもわせる、細長いマニュピレーターが横から伸びて、内臓から異物を摘出する手術機械のように、一枚の金属のカードを取り出した。ぽたぽたと滴る油が、いかにも生々しいが、機密の保存場所としては、考えうる限り最も安全なのだろう。

「C型の解析機はお持ちですね。最近は、対応する機種が減ってこまります。あと十年もすれば、わたしたちはただのポンコツ扱いですよ」

 指先から水を出してカードを洗浄し、プラスチックのケースに入れて渡してくれた。伝票にサインをもらい、バンに乗り込むと、片手をひらひらさせながら去って行った。かれは十年後を心配していたが、そこまで生きられるかどうか疑問である。車が視界から消えたところで、煙草に火をつけた。歩き出そうとすると、外套が、ぎゅっと後ろに引かれた。

 アマリリスがまだ握っていたのだ。

「そんなに怖かったのかい?」

 苦笑しつつ尋ねたが、少女はじっと私道の方に顔を向けたまま。うつろな眼差しを覗きこめば、瞳の色素が薄くなっており、虹彩が収縮を繰り返していた。いやでもスキャナーの目を思い出す光景だ。

「ミチ、ノ……マシタ、二、イ、マス……」

「え?」

「……ヘビ、ノ、アタマ、ハ、サソリ……デ、ス、ジット……ジット、コッチ、ヲ、ミテ……イ、マス」


 車に乗って五分も走る頃には、少女のバグも治まっていた。さっきの状態が一種のバグなのか、それはわからないが。スキャナーの話ではないが、フォックス教の巫女が「御宣託」とやらをくだす時のトランス状態にも似て、自身が何を口走ったのか、もはや覚えていないという。

 アマリリスにスキャンする機能があることは、運搬用チャペックを破壊した時に確認済みだ。けれど全身、一つの機能に特化したスキャナーとは比べようもない、あくまで付随的なもの。彼女の汎用性の高さを示す好例ではあるが、スキャナーもてこずるあの私道に用いたところで、当然オーバーワークを引き起こす……といった解釈が、最も妥当なところか。

「疲れただろう。ちょうどいい時間だし、飯にするか」

 相変わらず無表情に「はい」と答えるが、嬉しがっていることは、ここ数日のつきあいでわかるようになっていた。チャペックと一戦交えたあとは、前より調子もよさそうである。その理由は考えたくなかったので、あえて頭から締め出しつつ、おれはレストランの駐車場へハンドルを切った。

 ウエイトレスに案内されて席に向かう間、周囲の視線を痛いほど感じた。それほど少女は可愛らしく映るらしい。同時におれのあやしさが強調され、子供にも妹にも見えない、いたいけな少女を連れまわす誘拐犯か変質者の類いだと、疑われているのは確実だった。彼女がニコリともしないのだから、なおさらだろう。

 だからというわけではないが、あまり食欲がなかった。反対にアマリリスは、目覚めた当初より、よく食べるようになっていた。環境に適応し始めているのだろう。

「旨い?」

「はい。とっても」

 ここでにっこり笑ってくれると絵になるのだが。考えてみれば、彼女が笑うところを、まだ一度しか見ていない気がする。あれは相崎博士の実験室。CNC溶液の中で、おれを「マスター」と認識したとき、アマリリスはたしかに笑ったのだ。

 眠っている少女に弾丸を放ったおれなのに。

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