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ミッション決行まで、三日のブランクを置いた。
その間に犠牲者が出ては寝覚めがよくないので、警備員を雇い、二十四時間体勢で、私道の両側を監視させた。費用をケチるのは事故の元だ。成果は期待できないにしても、一応、スキャナーにも依頼を入れた。
どんよりとした曇り空のもと、私道の南側の入り口で待ち合わせると、装甲車と見紛うばかりの、ごつい軽量型バンがあらわれた。降り立った男は、むかし、初めて月面を踏んだ宇宙飛行士のような、しかも金ピカのスーツを着ていた。異様に背が低いのは、この業者の職業病のひとつ。
「竹本商事さんですね。このたびは、お世話になります」
シールドが上げられると、ヘルメットの中に皺くちゃの笑顔が埋めこまれていた。みょうにひずんだ声は、胸元のスピーカーから聞こえた。年齢不詳。体毛が全くなく、瞳の中で金色の虹彩が、絶えず収縮を繰り返す。かれらは人体の七十パーセント以上を改造されていた。
膨大な報酬と引き換えに、旧首長連合に肉体を提供したのが、かれら「スキャナー」だ。当時は公務員扱いで、処理班の頃は、おれも仕事をともにした。人類刷新会議は、医療目的以外の人体改造を禁止し、スキャナー班は解散。ただ、民間の業者として平和的に活動するぶんには、今のところ黙認されていた。
むろん、かれらは徹底的にマークされており、もしちょっとでも反対勢力に与するような動きを見せたら、即座に消される。実際、そんな話は腐るほど耳にした。
「そちらのお嬢さんも、どうぞよろしく」
相変わらず異星人じみた笑顔で、スキャナーはアマリリスに向き直り、握手を求めた。コイルを巻いたような奇怪な指を、少女はおっかなびっくり握り返す。宇宙開発技術の応用、もしくは悪用の産物であるスキャナーの握力は、たしかに岩石を粉砕する。が、おまえが怖がるなという話で。
外で立ちあうだけのなので、アマリリスを連れて来る必要はなかったのだが、現場を見せておくよい機会と考えた。ベレー帽を被り、濃紺のコートをふっさりと着たところは、童話の主人公みたいで、なかなか絵になる。スキャナーと並ぶと、そのまま『オズの魔法使い』の舞台に出られそうだ。
「可愛らしい娘さんですな」
「歳の離れた妹です」
ひょっ、ひょっ、ひょ、とかれは笑い、準備にとりかかった。バンのハッチを開け、無数のコードを引きずり出して、自身の体のあっちこっちに接続してゆく。そのまま門扉にかけた梯子を乗り越え、私道に入った。ヘルメットやバックパックから、いくつもアンテナがにょきにょきと伸びた。
わかってはいるが、複合カウンターも何も持たないのは、やはり驚異だ。ひょこひょこと、ゼンマイで動くブリキの人形みたいに歩き回るだけで、「スキャン」しているのだ。しだいに遠ざかる後ろに姿に向かって、おれは叫んだ。
「危険を感じたら、すぐに知らせてください。発光弾を使う許可はとってありますので」
むろん、最初に護衛を申し出たけれど、ノイズが入るという理由で断られた。かれは背を向けたまま、片手をあげてサムアップ。まあ、おれがワームだったら、好んで食いたいとは思わないが。
かれが視界から消えたあとは、少しずつ伸びて行くコードを、腕組みをしてぼんやりと眺めていた。交通量が少なく、路上駐車の車ばかり目立つ。午前十時を過ぎているため、学生の行き来も途絶えて、閑散としている。住宅密集地とは思えない静けさ。
ここへ来る前に、ワットに計画書を提出してきた。
「お電話頂ければ、受け取りに参りましたのに」
茨城麗子がおれの顔を見るなり、赤い唇で微笑んだ。ワットは留守らしく、茶でも飲んで行けと言うが、一秒でも長く事務所には居たくない。スキャナーとの約束を口実に、おっぱいだけを拝んで、そそくさと階段を降りた。その足で駅へ向かい、柱の陰に例のイーズラック人を探したけれど、場所替えしたのかパクられたのか、どこにも見当たらなかった。
かれらの大半が、住所不定の不法入国者である。けれど、あまりにも神出鬼没なため、当局でもなかなか尻尾をつかめない。ワームに汚染されて、封鎖されたビルや住宅に住んでいるという話も聞く。となると、雇用促進住宅の下の階の空き部屋に、何人か身を潜めていても不思議じゃない。
ひょっとすると、レイチェルも……?
「マスター、終わったようです」
バンの中で自動巻取り機が作動して、コードをたぐり寄せていた。以前、サルベージ班で語られていた厭な実話を思い出し、思わず眉をひそめた。巻き取られたコードの先がちぎれていたのでは、洒落にならない。が、ひょこひょこ歩きのスキャナーは、手を振りながら無事に戻ってきた。月面を歩いて帰還するように。