表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/270

20(1)

  20


 ミッション決行まで、三日のブランクを置いた。

 その間に犠牲者が出ては寝覚めがよくないので、警備員を雇い、二十四時間体勢で、私道の両側を監視させた。費用をケチるのは事故の元だ。成果は期待できないにしても、一応、スキャナーにも依頼を入れた。

 どんよりとした曇り空のもと、私道の南側の入り口で待ち合わせると、装甲車と見紛うばかりの、ごつい軽量型バンがあらわれた。降り立った男は、むかし、初めて月面を踏んだ宇宙飛行士のような、しかも金ピカのスーツを着ていた。異様に背が低いのは、この業者の職業病のひとつ。

「竹本商事さんですね。このたびは、お世話になります」

 シールドが上げられると、ヘルメットの中に皺くちゃの笑顔が埋めこまれていた。みょうにひずんだ声は、胸元のスピーカーから聞こえた。年齢不詳。体毛が全くなく、瞳の中で金色の虹彩が、絶えず収縮を繰り返す。かれらは人体の七十パーセント以上を改造されていた。

 膨大な報酬と引き換えに、旧首長連合に肉体を提供したのが、かれら「スキャナー」だ。当時は公務員扱いで、処理班の頃は、おれも仕事をともにした。人類刷新会議は、医療目的以外の人体改造を禁止し、スキャナー班は解散。ただ、民間の業者として平和的に活動するぶんには、今のところ黙認されていた。

 むろん、かれらは徹底的にマークされており、もしちょっとでも反対勢力に与するような動きを見せたら、即座に消される。実際、そんな話は腐るほど耳にした。

「そちらのお嬢さんも、どうぞよろしく」

 相変わらず異星人じみた笑顔で、スキャナーはアマリリスに向き直り、握手を求めた。コイルを巻いたような奇怪な指を、少女はおっかなびっくり握り返す。宇宙開発技術の応用、もしくは悪用の産物であるスキャナーの握力は、たしかに岩石を粉砕する。が、おまえが怖がるなという話で。

 外で立ちあうだけのなので、アマリリスを連れて来る必要はなかったのだが、現場を見せておくよい機会と考えた。ベレー帽を被り、濃紺のコートをふっさりと着たところは、童話の主人公みたいで、なかなか絵になる。スキャナーと並ぶと、そのまま『オズの魔法使い』の舞台に出られそうだ。

「可愛らしい娘さんですな」

「歳の離れた妹です」

 ひょっ、ひょっ、ひょ、とかれは笑い、準備にとりかかった。バンのハッチを開け、無数のコードを引きずり出して、自身の体のあっちこっちに接続してゆく。そのまま門扉にかけた梯子を乗り越え、私道に入った。ヘルメットやバックパックから、いくつもアンテナがにょきにょきと伸びた。

 わかってはいるが、複合カウンターも何も持たないのは、やはり驚異だ。ひょこひょこと、ゼンマイで動くブリキの人形みたいに歩き回るだけで、「スキャン」しているのだ。しだいに遠ざかる後ろに姿に向かって、おれは叫んだ。

「危険を感じたら、すぐに知らせてください。発光弾を使う許可はとってありますので」

 むろん、最初に護衛を申し出たけれど、ノイズが入るという理由で断られた。かれは背を向けたまま、片手をあげてサムアップ。まあ、おれがワームだったら、好んで食いたいとは思わないが。

 かれが視界から消えたあとは、少しずつ伸びて行くコードを、腕組みをしてぼんやりと眺めていた。交通量が少なく、路上駐車の車ばかり目立つ。午前十時を過ぎているため、学生の行き来も途絶えて、閑散としている。住宅密集地とは思えない静けさ。

 ここへ来る前に、ワットに計画書を提出してきた。

「お電話頂ければ、受け取りに参りましたのに」

 茨城麗子がおれの顔を見るなり、赤い唇で微笑んだ。ワットは留守らしく、茶でも飲んで行けと言うが、一秒でも長く事務所には居たくない。スキャナーとの約束を口実に、おっぱいだけを拝んで、そそくさと階段を降りた。その足で駅へ向かい、柱の陰に例のイーズラック人を探したけれど、場所替えしたのかパクられたのか、どこにも見当たらなかった。

 かれらの大半が、住所不定の不法入国者である。けれど、あまりにも神出鬼没なため、当局でもなかなか尻尾をつかめない。ワームに汚染されて、封鎖されたビルや住宅に住んでいるという話も聞く。となると、雇用促進住宅の下の階の空き部屋に、何人か身を潜めていても不思議じゃない。

 ひょっとすると、レイチェルも……?

「マスター、終わったようです」

 バンの中で自動巻取り機が作動して、コードをたぐり寄せていた。以前、サルベージ班で語られていた厭な実話を思い出し、思わず眉をひそめた。巻き取られたコードの先がちぎれていたのでは、洒落にならない。が、ひょこひょこ歩きのスキャナーは、手を振りながら無事に戻ってきた。月面を歩いて帰還するように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ