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「これだけの人数がいれば、まず彼女は仕掛けてこないわ」

「彼女?」

「赤い靴の、ね。青表紙のファイルにもあったでしょう。彼女が襲うのは基本的に、一人。多くて二人までよ。もちろん、用心するに越したことはないけどね」

 それで「ボーイフレンド」を二人も連れていたのか。

 敵が襲撃する人数をしぼるのは、明らかにトラップを使用するためだ。広範囲に攻撃できないうえ、一人でも逃げられたら、仕掛けがバレてしまうのだろう。

 ならばどう出る?

 依頼の内容によって、おれは個人で行動するときもあれば、チームを組む場合もある。今回のような大捕り物となると、もちろん複数で動く。その場合、人員の選抜はおれに任される。予算にもよるが、個人的に他の業者を雇うのはかまわない。

 しばしばおれは、八幡兄弟に話を持ちこむ。ぼったくられる心配がなく、へたな業者より手際がいいから。しかし薄々気づいていたけれど、私道の俯瞰図を二葉に依頼したのは、ワットの野郎か茨城麗子に決まっている。未成年者を巻き込むのは、おれの主義に反している。

 ともあれ、私道にオトリを泳がせつつ、武装したハンターで周りを囲む、オーソドックスな戦術が最も効率的とえいる。が、居住地に囲まれた私道の性質上、それは不可能。必然的に、二人以下のハンターがオトリを兼ねるしかない。すると必然的に、おれとアマリリスが……

 ワットの恐るべき笑顔が浮かんだ。何もかも、やつの思惑どおりじゃないか。

「夜間のご入園はこちらからお願い致します。硝煙臭いお客さま」

 二葉が片手でスカートを押さえ、もう片方の手で、鉄の門扉を差していた。すでに縄梯子がかかっているのは、一彦の早業だろう。常夜灯代わりに、ヘッドライトが無言で奥を照らしていた。

 いにしえのニンジャのように、おれと一彦は縄梯子に取りついた。背の高い不良少年が後に続き、どすんと尻餅をついた。二葉はもう一人の小柄な少年と、格子の隙間から易々と入ってきた。レディを受け止めるアテが外れたのか、不良少年は呆然としていた。

 常緑樹の黒い影が風にざわめき、獣の唸り声に似た音をたてた。石畳の道がぼうっと蒼く浮かび、前方で闇に呑まれていた。車の中で感じた恐ろしさは飽和状態に達し、むしろ感情を麻痺させていた。それでいて、木の葉一枚一枚が鳴る音まで聞き分けられそうなほど、神経が研ぎ澄まされている……この感じ。

 それは処理班時代に何度も味わった感覚と、よく似ていた。

 さらに奥へ進んだところで、さっそく怪異にみまわれた。

 噴水が湧いていた。みずから燐光を発するような、青い水しぶきを散らしながら、怪魚の口から水盤へと、滔々と流れこんだ。怪魚の眼はザクロ石の色に輝き、苦悶にのたうつように身をくねらせながら、さらに大量の水を吐いた。水盤の中では、まるまると肥えた生き物が泳ぎ回り、水棲哺乳類めいた背中を、時折ぬらぬらと覗かせた。

 パイソンのグリップにかけた手を、二葉が肩で制した。

「プラズマの亡霊に過ぎませんわ、お客さま」

 先を行く衿の白いラインを、慌てて追いかけた。道が蛇の背のように浮き上がって見えるのは、ライトによる錯覚とは思えない。ガラスの割れた常夜灯がひとりでにともり、しゅうしゅうとガス状の光を発した。そこへ群がるのは小型の翅つきワームではなく、とっくの昔に絶滅した珍種の昆虫とおぼしい。

 肩にとまった一匹を、ぎょっとして払いのけた。全長を越える触角。モダンアートのような、翅の模様。きしきしと首を振りながら、昆虫は石畳に吸われるように消えうせた。

 森の中に散らばる檻の中では、蒼白い炎が燃えていた。たとえ触れても、熱さは感じられず、むしろ氷のように冷たいのかもしれない。古い怪談話の中で、温度のない炎は「陰火」と呼ばれる。肉体を失った霊魂が、恨みを残して燃えるという。実際、それぞれの蒼い炎の中には、獣たちがうずくまっていた。

 かれらは一様に、蒼い、凍りつくような眼差しで、おれを凝視していた。

(もうたくさんだ)

 木立から目をそらし、道を急いだ。いつ二葉を追い抜いたのかわからない。左側でどっと光があふれたため、思わず身構えた。見れば、誰も乗っていない瀬戸物のメリーゴーランドが、くるくると回っていた。伴奏もなく、みずから陰火を発して、首のない馬や、天蓋の落ちた馬車が、ごとんごとんと音をたてて。いや……

 一人だけ、白い馬に乗った少女がいる。つややかな鞍の上に、ちょんと横座りして、青いリボンのついた帽子をかぶり、リボンと同じ色のワンピースを着て。まるでスローモーションの映像のように、徐々に迫り出してくる。

 白い、薄汚れたソックスの先に、エナメル質の赤い光沢をみとめたとき、おれは背中に水を浴びた気がした。

 人間の顔ではなかった。

 見開かれた瞳は瞬きひとつせず、どこまでも虚ろな眼差しがじっとこっちを見つめて……木馬が遠ざかるにつれて、等身大のビスクドールの首は、あり得ない角度にねじ曲げられた。ふくよかな唇に、薄い笑みを浮かべたまま。

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