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 震動だ。

 気のせいかと考えたが、それは二度、三度と続ざまに体に伝わる。地震ではなく、爆発でもなく、何か重いものどうしがぶつかるような。例えば、二台のトラックが断続的に、追突を繰り返しているような。

 最初、震動に気づいたのはおれだけのようだった。相変わらず、暗い街路が続いていた。敏感な小動物のように、二葉がバックシートから身を乗り出したとき、おれの予感は確信に変わった。

「何かしら」

 一彦がブレーキを踏んだのが三十秒後。車が止まると、かれはヘッドライトをアップにした。文字どおり、四基のライトがモーターで持ち上がり、強い光を前方に投げかけた。煙が見えた。路肩に乗り捨てられた車のうち、何台かが燃えているらしい。エンジンも燃料も抜かれていない車が残っていたのは、驚きである。

 深夜徘徊の不良少年どもが、面白半分に燃やしているのか。どうやら、そんな可愛い連中の仕業でないことは、路面をふさいで黒々と横たわるシルエットが物語っていた。

 大きさは、ちょうどこのトラックくらい。ずんぐりむっくりして、背が丸く盛り上がり、頭部は小さい。後方では四本の細長い尾が、神経的に蠢いている。絶滅したアルマジロという動物を、何十倍も巨大に、何百倍もおぞましくしたような……そいつは乗り捨てられた小型バスに体当たりすると、一撃で見事にコの字にへこませた。

 ぐわんと音がして、地面が揺れた。

「エイジさん……」

「ああ、間違いない。アーマードワームだ」

 第三種に分類される。ここまでのデカブツはおれも初めて目にするが、腹部を除く全身が、非常に硬いウロコで覆われているのが特徴。兇暴性は低く、普段はおとなしいくらいだが、こまったことに人肉が大好物。一度味をしめると、人間を襲うようになる。

 おそらくこいつも、車内でいちゃついているカップルでも食ったのだろう。それでほとんどがスクラップとも知らず、路上駐車の車を漁っていたのだろう。こんな具合に頭も鈍いので、処分は比較的楽なほう。動作ものろくさいし、一度引っくり返してしまえば、ミニリボルバーでも仕留められるが、いかんせん、こいつはでかすぎた。

 アーマードワームは、後退りして小型バスから離れると、体をこちらへ向け始めた。いくら動きが鈍いとはいえ、突進して来られたら厄介だ。長い耳の下で、四つの眼がライトをぎらぎらと反射したとき、後ろの不良少年が、ひっ、と小さく叫んだ。

「やれやれ、いつからこの地区は、第三種のワームが公道をのし歩くようになったんだ。このぶんじゃ、フェイズワンが発動するのも時間の問題だぞ」

「つべこべ言ってる暇があったら、何とかしたら? 専門家でしょう」

 後ろから二葉に首をしめられつつ、おれは再びイズラウン製の弾薬を取り出した。通常、アーマードワームを処分するときは、地雷へ追いこむか、チームを組んで二手に分かれ、一方がロープを使って引っくり返す役を受け持つ。むろん、今のところそんな余裕はなさそうだが。

「カズ、サンルーフを開けてくれ」

 屋根に出て片膝をついた。意外に強い夜風が、よれよれの外套をはためかせた。おれは脇に吊ったホルスターから六インチのパイソンを抜き、シリンダーを外した。六発こめていた弾を全て抜いてポケットに収めると、かわりにイーズラック人から買った弾を、一発だけ装填した。

 通常の弾丸では、軽く弾かれてしまう。こいつの衝撃で、どうにかこうにか引っくり返すことさえできたら、あとは足で踏んでも処分できる。

 前方に盛り上がる小山のような背中から、くぐもった咆哮が洩れた。好物のにおいを嗅ぎつけて、四つの眼が、まがまがしい光をおびた。巨体の両脇がおぞましい蠕動を開始し、間もなく推進運動へと変換された。地響きとともに、アーマードワームはまっすぐに突っ込んできた。

 思ったとおりの行動に出てくれるとは、なんて単純なやつ。一瞬先の行動も読めない多脚ワームに、爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。とはいえ、この一発がもし不発だったら、まずもっておれはオシャカだ。ま、そのときはそのとき。やつが一番不味い男を食わされている間に、一彦がうまく逃げてくれるだろう。

「ナムハチマンダイボサツ」

 こんな時に効くのだという、かつて妻から教わったマジナイを口にすると、急接近してくる黒い小山に狙いを定めて、引きがねを引いた。

 轟音。そして、すさまじい反動。

 ある程度覚悟して踏ん張っていたものの、おれは耐えきれず、トラックの屋根から後ろに弾き飛ばされた。ゆえに、ガス輸送車が丸ごと吹っ飛んだような音を聞いたときは、まだ宙に浮いていた。路面を転げて、ようやく顔を上げたとき、トラックの前方に巨大な火柱が出現し、辺りを昼のように明るく照らしていた。

 動きを止めるどころの騒ぎではない。アーマードワームは、まさに木っ端微塵だった。

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