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くわえたままの煙草から、ぽとりと灰がこぼれた。怖いもの知らずの二葉の顔も、心なしか緊張しているように見えた。
言われてみれば、我々は「センス」を当たり前のように振り回しているが、こいつがどこからやって来るのか、じつは誰も知らない。こう言ってよければ、神の領域から到来するのかもしれない。なぜなら、ヒトは神が作ったものだから。
ならば、イミテーションボディとは何者か? ヒトが作ったモノには違いあるまい。が、あろうことか、ヒトは神の領域に属していた禁断の技術を盗んで、この超兵器を創造した。そしてあたかも、神域を侵した罰を与えられたように、IBの反逆にあった。
パンドラの箱を開いたように。
「そろそろ行かなくちゃ。外出の準備をしてくれない?」
造作あるまい。煙草を揉み消して、上着を引っ掛けるだけでいいのだから。しかし、いったい彼女は、何をしに来たのだろう。
「送るのは構わんが。ここまでどうやって来たんだ?」
「カズ兄さんと一緒よ。あとボーイフレンドが二人」
「なんだと?」
八幡商店のトラックは、下の駐車場にとまっていた。助手席に乗り込むと、一彦が肩をすくめるように会釈する。二葉は後ろの座席に、学生服姿の男の子二人と、ぎゅうぎゅう詰めに収まった。彼女の隣に、小柄で利発そうな少年が。そのまた隣には、背の高い、石器時代の不良みたいな男の子が、半身をサイドウインドウにへばりつかせていた。一彦が言う。
「兄貴のやつ、はしゃいでましたよ」
「山ポッドかい?」
「ずっといじってなきゃ、気がすまないみたいで。おかげで今夜は、ぼくが妹のお守です」
「いじってるって、まさか整備しているのか? 床の間にでも飾るのかと思っていたが。どうあがいても、あれは二度と動かないだろう」
あまり思い出したくない光景が脳裏をよぎった。膝から下を吹き飛ばされ、動きを封じられたあと、まがまがしい無数の鉄の爪が、なぶるようにサンポッドの全身の装甲を貫いた。頭部はとっくに潰されていた。機械とは思えない断末魔。爪の先から腐食液が注ぎ込まれ、山ポッドの至る所から、厭な臭いのする煙が吹き出した。
それでも相棒は、弾が尽きるまで、機関銃を撃ち続けた。撃ち続けたからこそ、おれは助かったのだ。おれだけが……後ろから肩を叩かれ、のろのろと振り向いた。車内には計器類の光しかないので、泣き顔はごまかせたろう。
「紹介しておくわ。タミーくんとイシカワくん。二人とも第九男子校の二年生よ」
少年たちは、ぎこちなく頭を下げた。物理的にも心理的にも固まっている様子。二葉はボーイフレンドだと言っていたが、連行されているようにしか見えない。まあ、おれも一彦も裏側の人間だから、怯えるのも無理はあるまい。たとえスーツを着ていても、素性というやつは、においのように表に出てしまうものだ。
「害虫屋のエイジだ。二葉にどう口説かれたのか知らないが、遅くまでほっつき歩いてて、だいじょうぶなのか?」
一週間塩漬けにして歯車の錆びたチャペックみたいに、少年たちはうなずいた。いじめているようで気が咎めるが、二葉に振り回されている点では、おれも似たような立場か。半分開き直りつつ、おれは胸ポケットからマグナム弾をひとつ、つまみ上げた。「におい」でわかるのか、一彦は身を乗り出した。
「それは?」
「駅の中でイーズラック人が売っていた。イズラウン製だというが、どう思う?」
一彦は弾薬を受け取ると、小型ライトの光を当てながら、しばらくひねり回していた。兄の一朗と違って、あまり感情を表に出さないほうだが、それでも肩の辺りから、興奮が伝わるようだ。かれは、大きな溜め息をひとつもらした。
「まず本物でしょう。しかも、Nで始まる製造番号ですから……何発あるんですか」
煙草の箱の封を切るときの興奮は、今も忘れられない。花束の絵柄も悪趣味なら、紙も粗悪なパッケージ。銀紙を破ると、つんと血をおもわせる金属的なにおいがして、おがくずに詰められていた、三発の弾薬が机に転がる。生き物じみた金色の光沢。磨き上げられたように、錆び一つ浮いていなかった。
「不発はないと思いますが。たとえうち二発が湿気ていても、充分、事足りるでしょう。ひょっとすると今回は、アマリリスさんの出番はないかもしれませんね」
「何言っているの、カズ兄さん。外したらそれっきりの弾薬と、超兵器を一緒にしないで」
ガンスリンガーとしては、ずいぶん見くびられたものだが、二葉の言うとおりだろう。ただ、おれが大枚はたいてこんなものを買ったのも、心のどこかで、一彦が言ったような事態を望んでいたからかもしれない。甘い感傷なのはわかっている。けれど、できればアマリリスには、血なまぐさい仕事をさせたくなかった。