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「わたしでなければ、今頃アマリリスちゃんが黙っていないわよ」
ドアを開けた体勢のまま、きょとんとしているおれの前で、腰に片手をあてて二葉がそう言った。こんな遅い時間に、学校帰りでもあるまいが、セーラー服を着て髪を編んだまま。
「ちょっとお邪魔するね」
「お、おい……」
「安心して。夕食をいただきに来たわけじゃないから」
面食らっているおれを尻目に、勝手に上がりこみ、つかつかとリビングへ。ある意味、武装警察よりタチがよくない。
「さすがに片づいているわね。アマリリスちゃんは、もう寝たの?」
「残念だったな。イブニングティーをご馳走できなくて」
「これは?」
おれの皮肉をスルーして、ジグソーパズルの前に片膝をついた。眼鏡を外して胸のポケットに入れ、前髪を掻き分けて顔を近寄せた。ありふれた風景画のパズルの、どこがそんなに珍しいのか。ちなみに兄貴たちと違って、彼女の眼鏡は伊達である。
アマリリスがつなげた部分は青一色で、空なのか湖なのか、それとも山脈の一部か、判然としない。おれはパズラーじゃないので、どこから組んでゆけば早いのか、そのてのコツはわからないが、もっと手がかりの多い部分から組めばいいのに、とは思う。いきさつを説明すると、二葉はいかにも驚いた顔を上げた。
「すごいじゃない!」
「どこが? 小一時間かけてやっとこれだぜ。きょうび、小学生のほうがよほど要領よくやれる」
小学生、と口にして、ワットの顔が思い浮かび、おれは苦虫を噛みつぶした。赤ん坊と言うべきだったか。二葉は立ち上がり、机から勝手に椅子を引き寄せ、腰かけた。
「ジグソーパズルは、電子頭脳が最も苦手とするもののひとつよ」
「そうなのか? でも前任のナナコ七式はチェスの名手だったぜ」
「チェスとパズルは別モノよ。もし七式にパズルをやらせたら、一ヶ月かけても、ひとつも組めないでしょう」
今度はおれが驚く番だった。二葉は、満足げなウインクをひとつくれた。
「そ。それだけ、アマリリスちゃんが優秀だってこと」
「驚いた。しかし、電子頭脳にも意外な盲点があるもんだな」
「センスというものを持たないからね」
センス? と、鸚鵡返ししながら、必然的に今日の昼、フランス人形と化したアマリリスが思い起こされた。ロボットには、センスがない?
「ヤマカンとか直感と、言いかえてもよいかしら。パズルのピースを選ぶとき、エイジさんはいちいちモノサシで測ったりする?」
「いや。なんとなく、ピンときたやつを組んでみるな」
「それこそが、センスでしょう。機械にはそれがないから、まさにいちいち計算するわけよ。ところがジグソーパズルのピースくらい膨大な数になると、とても処理が追いつかない」
おれは煙草に火をつけ、溜め息とともに煙を吐いた。
欲しいものを買っていいと言ったのに、なぜアマリリスは、パズルとファッション雑誌を選んだのだろう。機械だから、おれに尽くすよう設定されているから、おれのために、苦手を克服するために、これらを買ったのだろうか。処理班時代の相棒、山ポッドが、蜂の巣になりながら、おれたちを守ろうとしたように。
その疑問を口にすると、二葉は足を組みかえて、机に軽く頬杖をついた。
「一概にそうとも言えないんじゃないかしら。エイジさんは、好きなものを買えと言ったわけでしょう。アマリリスちゃんにとって、その命令は絶対よ。偽って嫌いなものを買ったり、やりたくないことをするとは考えられない」
「ああ、なるほど。じゃあ、あいつにとってパズルをやるのは……」
「面白いんだと思う。料理や服に関しても同じ。そう考えると、中学生くらいの女の子と変わらなくなるわね。思い出してほしいのは、彼女がチャペックではなく、イミテーションボディだということ。わたしたちは、IBの全貌をまったく把握しきれていないのよ。だから……」
だから? と、おれはまた鸚鵡になった。この年端もゆかぬセーラー服の少女を、縋るような目で見ていた。
「アマリリスちゃんに『センス』が存在しないとは、言いきれないわ」