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おれはファイルに目を通す作業に戻った。ざっと眺めた限り、ワットが簡潔に説明した以上の内容は、見当たらなさそうだ。ただ、どうやって撮ったのか、現場をほぼ上空から写した写真が入っていたのには、驚かされた。
よほど遠くから望遠で狙ったのか、ずいぶん不鮮明な写真だ。無理もない。政権がめまぐるしく入れ替わる中、為政者たちは空からの偵察に神経を尖らせてきた。ヘリやジャイロなどもってのほか。たとえ冗談半分で、自作の無人偵察機を飛ばしても、見つかりしだい銃殺刑だ。眉をひそめて、おれは写真を灯りにかざした。
無機質なビルが建ち並ぶ区画を、こんもりと茂った緑の帯が、南北に縦断している。まるで巨大な多毛ワームが、街の中に食い入っているようで、シュールというより、おぞましい。ところが、肝心な私道の中の様子は、木立にさえぎられて、全く見えないのだ。所持しているだけで後ろに手が回る資料なのに、これではまるで役にたたない。
「ち……」
「何か問題でも?」
床にぺたんと座り、ピースを一つ手にしたまま、アマリリスが振り向いていた。こんな姿は、パズルに興じる中学生と変わらない。おれは苦笑しつつ、ノープロブレムのゼスチュア。
さらに資料をめくると、次にあらわれたのは、ペン画に薄く着色した私道の俯瞰図だ。ルナパークのパンフレットに載っているような、くだけた絵柄で、正確さは欠けるが、とてもわかりやすい。
常緑樹の木立の中を、石畳の道は左にゆるやかにカーブしている。南側の出入り口は門扉に似た鉄格子の扉。学園通りに面する北側は、あやしげな神社の裏につながり、ここで木立がぐっと両側からせまり、祠でふさがれている。神社側から何気なく眺めただけでは、道は全く見えないだろう。
(神社の祠が、秘密の出入り口というわけか。怪談話にはもってこいのロケ地だな)
道の周囲には、枯れた噴水があり、壊れかけた東屋がある。これだけなら、庭園の一部だったという過去もうなずけるが、遊具や、動物を飼う檻らしきものがみとめられた。絵柄と相まって、まさにルナパークではないか。
おれはさっきの写真を抜いて、透明シートにはさんだ。その上から、イラストを参考にしつつ、おおまかな物の位置を描きこんでいった。さらにファイルをめくると、案の定、その辺りの地下の見取り図があらわれた。
現代の都市区はどこもそうだが、地下が鬼門である。
歴史家たちが「メトロポリス・ムーブメント」と呼ぶように、戦前は地下都市の建設が盛んだった。全盛期には、建築物が四割。交通機関に至ってはほぼ百パーセント、地底に移されたという。それらがイミテーションボディに蹂躙された時の有様は、ちょっと想像したくない。文字通りの、地獄絵図が現出したことだろう。
むろん現在、地下都市の廃墟は全て封印されている。地上との間にぶ厚い鉄板が無数に埋め込まれ、IBや第三種以上のワームをはじめ、得体の知れないものたちが這い上がってくる隙はない……ことになっている。
どこが政権をとっても、為政者たちは、必ずそこのところを強調する。地下の封印は万全です。ずさんな前政権とは違うのです。地区民の皆様の安全と安眠は、当政権が保障します。とかなんとか声を大にするけれど、しかしそれが嘘である証拠に、おれたちの仕事はなくならない。
「マスター」
真後ろで声がして、思わずびくりと肩を揺らした。アマリリスはそのまま漫画に貼れそうな、眠たげな目をしていた。
「お先に休ませていただきます。パズルは、このままにしておいてよいですか」
「構わないよ。はかどったかい?」
「はい。十三ピース組みました」
なぜか誇らしげであった。一時間近くかけてこれなのだから、九八九ピース、全て組み上がるのはいつのことだろう。彼女が培養液のベッドのある自室に下がったのが、まだ十時すぎ。こんなところも、お子様である。
煙草に火をつけて、ファイルから地下の見取り図を外した。透明シートに入れて写真と重ねれば、縮尺もほぼ合っている。おまけにトレーシングペーパーに印刷されているので、これで、上空、地上、地下と、三つの階層の重なり具合が、手に取るようにわかるのだ。
「やっぱりな……」
背筋を三度、冷たい稲妻が貫いた。妖怪は鬼門からやって来るもの。怪異は必ず地下とリンクしている筈だった。そうして思ったとおり、第11街区の真下には、戦前に築かれた地底動物園が、そのまま埋もれていた。
四度めの戦慄が走ったのは、ノックの音を聞いたからだ。時計を見ると十時三十五分。今、武装警察に踏み込まれては、いろいろとまずい。緊急用の隠し場所にファイルを放りこみ、M36を片手に、おれは忍び足で玄関へ向かった。