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ちなみにアマリリスが買ったのは、ファッション雑誌と料理の本とジグソーパズルだった。
「遠慮はいらないと言っただろう。ほかに欲しいものはないのか」
「ございません」
と、嬉しそうに包みを抱えている。なるほど考えてみれば、おそらくまだ、外の世界に対する情報量が圧倒的に少ないのだから、何が欲しいのか、わからないのもうなずける。
少女の服のセンスのなさが、それを端的に証明している。例えば、レシピなら古くなっても、まず問題なく使える。が、流行は時代とともにめまぐるしく変化する。女性の服装など、その最たるものだ。アマリリスはセンスがないのではなく、流行を知らなかっただけだ。まあ、それにしても時代錯誤がすぎていたが。
しかし、何ゆえにジグソーパズルなのだろう。
食料を買い終え、コンコースを北口へ引き返す途中、おれはふと足を止めた。長髪のイーズラック人が、わざと柱の陰に陣どり、絨毯の上にあぐらをかいて、しきりにウィンクを送ってくる。かれらは瞳の色がほとんど白に近いので、すぐにわかる。お互いに社会の裏道を歩く者のカンで、おれはぴんときた。
「すまないが、ちょっとここで待っていてくれ」
アマリリスに食料の袋をわたし、両手の指をポケットに引っかけ、鼻歌まじりに近づいた。絨毯の前にしゃがむと、獣じみた、独特な体臭が鼻をつく。目の前には煙草の箱や、あやしげなアクセサリーが並んでいた。おれは片目を閉じてから、ラクダの描かれた箱をひとつ持ち上げ、それがずっしりと重いことを確認した。
ニヤリと笑って目をあげると、ガラスのようにうつろな瞳が、おれを凝視していた。彫刻みたいに高い鼻。肌は皺だらけで髪の毛は真っ白だが、背筋はしゃんとしていた。
「強い煙草はあるかい。マグナム級のやつ」
無言でうなずき、かれは革のチョッキの内ポケットに手を入れた。おれもM36のグリップを握ったが、たいして警戒はしていなかった。取り出された煙草の箱は見たこともない銘柄で、花束が描かれていた。趣味のよくないことに、花のひとつは頭にリボンを結んだ女の子の顔なのだ。意外に張りのあるバリトンが答えた。
「イズラウン製です。もう作っておりませんが」
「買おう。いくらだ?」
おれは言い値で買い取った。イズラウンは第二次百年戦争で消滅した強力な武装国家だ。戦争の勃発時に暗躍し、またイミテーションボディの開発にも一役買っていた。むろん、まがい物をつかまされた可能性はあるが、闇取引にリスクはつきもの。最終的には、カンを信じるしかないのだ。
待っているアマリリスの姿を見て、おれは苦笑を禁じ得なかった。いくつも荷物を抱えているのに、左手はフリーのまま。もしちょっとでも、イーズラック人が不穏な行動をとれば、コンコースに血の雨が降っただろう。
武装警官が来た時もそうだが、少々過剰に反応しすぎるようだ。ワットが言ったとおり、少女の左手は人間の血に飢えているのだろうか。
食事のあと、おれは青表紙のファイルを読むことにした。
「食器を洗ったら、あとは好きにしていいよ。部屋はせまいだろうから、ここを使ってかまわない」
「了解しました。明日の朝は?」
「そうだな。仕事も入ったことだし、昼まで寝ているわけにもゆくまい。十時には起こしてくれ」
かしこまりましたと言って、アマリリスは台所へ下がった。大きな屋敷ならこれで恰好がつくのだが、ここは居間と書斎と寝室をかねていて、しかもバスやトイレへの通り道だ。机に向かうおれの背後を、ぱたぱたと少女が通り過ぎ、やがてシャワーを使う音が聞こえてきた。またぱたぱたが始まり、静かになったところで振り返ると、ぺたんと床に座っていた。
彼女の前には、ジグソーパズルのピースが散らばっていた。
おれは仕事もそっちのけで、興味を覚えた。彼女の脳は電子頭脳なのだから、ジグソーパズルなどお茶の子さいさい。へたすると三分で完成させるのではないか。そう考えながらそっと机を離れ、覗きこんだ。
箱の完成見本を見れば、何百年か前の風景写真とおぼしい。花が咲き乱れる草原の中に湖があり、森がそれを取り囲み、雪を頂いた山が遠くに連なる。空も湖も、どこまでも青く澄んでいる。世界に汚染物質がばら撒かれる前、地球のどこかには、こんな天国みたいな風景が実在したのだろう。
それにしても、見ているこっちがむず痒くなるほど、アマリリスの手が進まない。たっぷり十分もかけて、四つのピースをやっと組んだが、そのうち一つはどうも違うようである。指摘してやると、少女は振り向いた。泣きそうな顔をしているのかと思えば、案外けろりとして。
「気づきませんでした。マスターは頭がよいのですね」
と、電子頭脳に褒められた。