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「食われる、とは?」
古めかしい怪談話を聞くようだった。それでいて、背中に水を浴びたような気がした。
「さすがエイジさん。よい質問です。情報屋が集めた噂話によると、消えるのでも、いなくなるのでもなく、食われるというのです」
「十一街区の私道なら、おれも知っているが。封鎖されている以上は、被害が続出するほどの、通行人もいないんじゃないか」
「子供や学生が通りますね。通せんぼされたら、ますます入りたくなるのが人情ですから。ちょうどあの近辺には学校も多いですし」
二葉の通う高校が、たしかあの辺りだ。何度か車で送らされた覚えがある。ワットはマニキュアを塗った女のように、自身の指の爪を眺めながら語をついだ。
「それにどうも、あの道には人を引き寄せる、不思議な魔力があるようです。そのことを示す情報を、数え上げればきりがありません。詳しくは、ファイルを読んでいただければわかりますが、もちろん中には荒唐無稽な説が混じっています。ただ、ひとつだけ、あらゆる噂に共通するのは……」
赤い靴を履いた、十歳くらいの女の子。
「幽霊か」
「なんとでも、ご自由に」
「ますます怪談じみてくるな。なんでも屋である以上、幽霊のお相手もしなくちゃいけないんだろうが、おれにゴーストバスターの真似事ができるかな」
「その女の子が、人を食うのだとしたら?」
おれは口をつぐんだ。思い当たるフシが大いにあった。すでに冷めかけたコーヒーを一息に飲んだが、味もわからなかったほどに。
「まさか……」
「エイジさんなら、ご理解いただけると思っていました」
「しかし、そんなことができるのは……」
「断定はさし控えるべきでしょう。何が生じるかわからない。それがぼくたちの住む現代、モダンワールドではありませんか」
空のカップをひねくり回しながら、視線をさまよわせ、隣に座るアマリリスに目を止めた。ソファに浅くかけ、軽く握った両手を膝に添えている。少し俯いた顔に、生真面目な表情が浮かぶ。なぜだろう。彼女が視界に入ったとたん、安堵している自分に気づいた。おかげで、皮肉を言う余裕ができた。
「この化け物退治の依頼は、どこから舞い込んだんだ? おっと、竜門寺家だというジョークなら、笑えないから却下だ」
「笑えませんね。刷新会議に知られたら、銃殺刑ものですよ。ぼくが子供でもね」
「否定しないのか」
「役所に届けは出してありますよ。とあるお金持ちの有志が、現状を見るに見かねて、化け物退治を依頼した。ということになっています。匿名の有志の素性に関して、我が社は全く感知しないし、する必要もないわけです。当然、来社したのは代理人ですからね」
「竜門寺とまでは言わなくとも、首長の残党である可能性が濃厚じゃないか。よくそれで刷新がOKしたもんだ」
「複雑怪奇なオトナの事情が、絡んでいるんでしょう。けれど、我が社としてはノータッチです。依頼を遂行するのみです。それになんといっても、ぼくはまだ子供ですから」
ウインクしやがった。オトナの事情はわからないと言いたいのか。女の子みたいな顔をして、どこまでも食えないガキである。
「ちょっと二人で話せないか」
そう言うと、ワットは麗子に目配せした。アマリリスを連れて彼女が部屋を出ると、おれは単刀直入にきり出した。
「あの子がイミテーションボディだと知っているのか」
「シ(はい)」
「誰から聞いた」
「お察しのとおりですよ。ただ誤解のないように申しておきますが、仕事をさせるのは、アマリリスさんのためでもあるのです」
「なんだと?」
「IBの存在意義が人間への憎悪に由来することは、元専門家のあなたに言うまでもないでしょう。彼女の本体からは憎悪が抜かれていますが、左手首から先だけは、生のままのIBです」
言われなくてもわかっている。彼女の左手は、血に飢えているのだ。殺戮を求めているのだ。もし無理に左手の欲求を押さえこめば、いつか暴走するだろう。本体への浸蝕が始まるだろう……足を組みかえて、ワットは続けた。
「もうおわかりですね。そういうことなのです。ですからこのプロジェクトは我が社にとっても、アマリリスさんにとっても、そしてエイジさんにとっても、利益になるのですよ」
とても十一歳の少年とは思えない、もの凄い笑みをワットは浮かべた。