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「お暇な時で構いませんから……だとさ」

 ジャンク屋のガレージで、八幡ブラザースの弟に、おれはレイチェルとのいきさつを話し終えたところだ。

「ひょっとするとその子、エイジさんに気があるんじゃないですかね」

「あり得ん。隣に住んでるだけだぞ。顔を合わせれば挨拶くらいはするが、それまでの話だ」

 そう言って煙草をくわえたとたん、ガラクタの山の中からマジックハンドがにゅっと飛び出し、おれの鼻先にミニチュアのマグナムを突きつけた。カチリという音がして、銃口に小さな火がともり、ちょっと顎を突き出すだけで、煙草に点火できた。

 ジャンク屋の双子の片割れは、いたずらに成功した小学生のように、満面の笑みを浮かべた。

「とびっきりのセンサーが使われているんです。じつは、旧首長連合軍の掃討車から失敬したシロモノでして」

「変態博士の作品か」

「ええ、まあ」

「掃討車といえば、悪名高い虐殺機械じゃないか。そんなものから部品をパクった上に、しかもなんという無駄な用途に……」

 はん、平和利用と呼びたまえ。などと、皮肉たっぷり反論する相崎博士の顔が、目に浮かぶようである。

 八幡ブラザーズの弟は赤いキャップを後ろ向きにかぶり、銀縁眼鏡をかけて、もとは白かったと思われる灰色のツナギを着ていた。名を一彦といい、兄のほうは一朗という。一卵性の双子ゆえ、顔も体つきも立体コピーにかけたようだが、性格は瓜二つとは言いがたく、キュウリとナスビくらいには違う。

 弟のほうが、よくいえば物腰がやわらかく、要するに抜け目がなかった。

「そのレイチェルさんという人、美人なんですか」

 得体の知れないバッテリーが積み上げられた辺りから、場違いなコーヒーの香りとともに、二葉が顔を出した。まったく、八幡商店のガレージの中は、ガラクタの迷路である。体を横にしなければ通り抜けられず、どこに何があるのか、おれはいまだに把握できていない。

 二葉は、おれが腰かけている売り物の事務机に、湯気のたつカップをのせた。ブラザースの妹で、かれらより八つ年下の十七歳。やはり眼鏡をかけているが、愛くるしい顔立ちに、お下げ髪が似合っていた。学校から帰ったばかりなのかセーラー服姿で、いかにも興味しんしんな目を向けた。

「聞いていたのか?」

「はい。監視カメラで」

 にっこりと小首をかしげる。ある意味、一彦に輪をかけて油断も隙もない。

「ここじゃ、うかつなことは言えないなあ。ああ、たしかに美人だよ。とびっきりをつけてもいい。しかもあんなボロマンションに、独りで住むような人種とは、とても思えない。におうんだな。育ちのよさを感じるんだ」

「つまり、どこぞの首長の血族ではないか、と?」

 一彦に真顔でうなずき、おれはため息とともに煙を吐き出した。

 近年では煙草の質も低下する一方で、純粋なものはとても手に入らない。貧乏人ご用達の安煙草に至っては、六、七割がた代用品が混ざっているが、へたに純なモノを吸うよりも、くらくらと効く。どんな草が混ぜてあるのか、あまり想像したくないが。

「今どき、どこぞのご令嬢といえば、ほかに考えられまい。レイチェルという偽名を使うのも、そうすると納得がゆく」

 第二次百年戦争終結後も、国内はなかば内戦状態が続き、政権はめまぐるしく入れ替わった。首長連合は群雄割拠を妥協的に認めたかたちで、ほぼ七年の間、政権を掌握した。いにしえの神聖ローマ帝国にも似た、有力者たちによる連合政権である。

 首長と呼ばれる有力者たちは、いにしえの貴族をおもわせた。強大な私兵こそが、かれらの権力の拠り所である。荘厳な屋敷をかまえ、宝石や美術品を収集し、美食と遊戯に耽溺した。政治的には権謀術策にあけくれて、隙あらばライバルを失脚させ、おのれの領土を増やし、血族を富ませることに腐心した。

 堕落と退廃を極めたあげく、人類刷新会議によってうち破られるまでは……

「そっか。レイチェルさんがもし首長の血族だとしたら、しっかり隠れてないと、刷新さんに身柄を拘束されちゃうわけだ」

「あくまで、例えばの話だよ。おれの考えすぎかもしれないし」

「エイジさん、レイチェルさんのことばかり考えてたのかなあ。ねえねえ、彼女さ。おっぱい大きかった?」

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