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「実質、ナンバーワンといえるね。黒幕というやつさ」
「刷新に負けてから、当主は国外に亡命したと聞いたが」
「死亡説もあるよ。ただ、すでに竜門寺真一郎が死んでいたとしても、三人の息子たち……いわゆる竜門寺チルドレンがいる。まだ一人も行方がわからない以上、人類刷新会議は最大の不安要素を抱えたままなのさ。武装警官やソフトボールが走り回っているのは、何もきみの煙草を取り締まるためじゃない」
「首長連合の残党どもを、竜門寺が陰で操っているってことか」
「活動資金がそこから出ているのは、間違いないだろうね。刷新会議は竜門寺家の資産を凍結しようと躍起になってるけど、カネに関するノウハウなら、向こうのほうが何枚もウワテだもの。きっと連中、かなり焦ってる」
会話が途切れると同時に、どちらからともなく立ち止まった。
周囲は常緑樹の陰に、すっぽりと覆われた恰好。行く手は相変わらず木立に隠れて定かでなく、振り返ると、すでに門扉は死角に入っていた。影が濃くなればそれだけ、道は蒼みを増すようだ。まるで赤い靴が映えるよう、あつらえたようだと考え、タミーは眉をひそめた。木洩れ日が蛇の背の模様のように、まだらに浮いていた。
どぼん、と近くで水の音がした。
「あれ……」
亀のように首を縮めたまま、イシカワが指さした。前方右側の潅木の中に、噴水らしきものが、ほとんど埋もれかけていた。雨水だろうか、水盤に水が溜まり、そこに映った緑の梢を、大きな波紋が乱していた。ミカゲ石の縁が所々欠けているが、黒い光沢を保ったまま。中央では怪魚の彫像が、とっくに水を吐かなくなった後も、あんぐりと口を開けていた。
引き寄せられるように、タミーは道をそれた。止めるタイミングを逸したまま、イシカワもついてきた。水盤を覗きこむと、思いのほか水は深く、澄んでいる様子。青々とした葉が何枚か浮いて、波紋にくるくると翻弄されていた。誰に言うともなしに、タミーはつぶやいた。
「さっきからずっと気になってたんだ。封鎖された場所にしては、奇麗すぎるんだよね。噴水があるってことは、もとは庭の中だろう。石畳の遊歩道を、そのまま残したんじゃないかな……庭師の亡霊ごと」
「いい加減にしろよ。女の子の幽霊の次は、庭師のおっさんか」
「おや。女の子が庭師では、不自然かい?」
振り向いたタミーの挑発的な笑顔が、かれを震え上がらせた。いったい何の話をしているのか。自分たちは、二葉を探しに来たのではなかったのか。混乱する頭でそう考えたとき、ごぼっ、という音が響いた。反射的にタミーが振り返り、イシカワはミカゲ石の縁に手をかけた。
細かい泡を吐きながら、まるまると肥えたフナほどの、黒い影がゆっくりと浮上してきた。が、水面にあらわれたそれは、魚ではなく、まだ真新しいストラップシューズ。たちまちイシカワの目が真円形に見開かれたのは、それが区立第三女子高の「指定靴」に違いなかったからだ。のみならず、サイズもぴったり合いそうな……
頭が真っ白になった。飛び込むつもりで水盤に片足をかけたとき、何者かが、うしろから肩に手をおいた。タミーでない証拠に、かれも両手をミカゲ石にかけていた。ぎょっと振り返ると、お下げ髪の女学生が、眼鏡の奥で、リスのように瞳を動かした。
「おはよう」
タミーが支えてくれなければ、まともに背後へ引っくり返っていただろう。八幡二葉は、古風な学生鞄を両手で提げ、イシカワとタミーの顔を交互に見比べた。当然のことながら、「指定靴」を両足に履いている。これが改造ローラーシューズであることも知っている。
「泳ぐつもり?」
「い、いや。変わった魚がいたもんで……」
「そうなんだ。でも、命を賭けたいほど魚好きでなければ、この道は通らないほうがいいと思うな。噂は聞いてるんでしょう、イシカワくん」
名前を覚えていてくれた、という感慨は、彼女の刺すような視線を浴びて凍りついた。二葉はくるりとスカートを揺らし、二人に背を向けて歩き始めた。引き返すのではなく、先へ行くのである。残された二人は顔を見合わせ、あわてて後を追った。歩きながら、彼女は言う。
「昨夜からね、三女の三年生が一人、行方不明になってるの。第九の男子生徒と、ここでたびたび逢っていたらしいのね。人を食う私道なんて、荒唐無稽なデマだと決めてかかっていたのでしょう。わたしも何度か注意したんだけど、聞く耳持たなかったみたいで……三女だけでも、今月に入ってもう四人めなのよ」
「四人も、かい?」
タミーの声は、珍しく震えていた。二葉は足を止めた。カツカツという靴音が途絶え、ざわめく葉叢の音が残された。お下げ髪が揺れて、セーラー服の衿の上から、彼女は振り向いた。
「学校側が揉み消しているだけで、第九のほうでもけっこう消えている筈よ。少なくとも、昨夜は一人」