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 空調は入っているが、気休め程度でしかない。電力の使用率が、とっくにドームの供給能力を振り切ったらしく、予備の電源に切り替わっていた。

 相崎博士の「無駄な」発明品のひとつ。複合発電システムを、モグリで屋上に設置してあり、イオンバッテリーへの蓄えも充分なので、高い金を出して、闇の電力屋から買う必要もない。

 アマリリスのカプセルが未使用時でも電気を食うため、サブ電源は必需品である。キッチンから、コーヒーの香りとともに、少女の鼻歌が聞こえてきた。またしても「タンホイザー」序曲。

 夏服を着たアマリリスが、コーヒーをはこんできた。ますます童話っぽいイメージになっている。汗をかきながら、熱いやつを半分飲んだところで、電話が鳴った。

「ワットか、いったい外はどうなってる?」

 ラジオを試したが、やはり鳴らなかったのだ。けれども、このくそ生意気な小ワッパなら、当局のシステムに割り込んで、湯気をたてそうな情報を、いろいろと入手しているに違いない。

 小ワッパは、ふっ、と嘲るように、鼻を鳴らした。

「いきなり夏になりましたね。地軸が反転したようです」

「地軸が?」

「冗談ですよ。地球規模の変動が起これば、今頃ぼくたちも、無事ではいられません。異変が起きたのは、ドームの内側だけです。ほかのドームもそうなのか、今のところ情報が錯綜していてわかりませんが、25、36、39番ドームがいまだ冬であることは、我が社で確認済みです」

「つまり、この33番ドームだけで、異変が起こった可能性が強い」

「そうなりますね」

 ワットの声が、珍しく憂うような響きを含んだ。ボーイソプラノが奏でる、マイナーコードの破壊力は抜群だ。目の前で地球が割れるのを眺めるよりも、これは異常事態ではないか。

 おれの声は、覚えず震えた。

「何が原因なんだ? 空調システムが狂っただけとは、とても思えないが」

「空調も洗浄装置も正常ですよ。なおかつこうなったのは、未知の熱源が出現したためだと思われます」

 未知の熱源?

 おれの脳裏に、サルベージされた「エナジー合成炉」の映像が、フラッシュバックされた。まさかあれが、再稼動を始めたのだろうか? おれの疑念を読んだように、ワットが付け足した。

「当局はけれど、いまだにその熱源を、突き止められずにいるようです。どうやら容易に突き止められないように、あらかじめ、周到に準備がなされていた形跡がありますね」

「どういうことだ?」

「この33番ドーム内で、何かが稼動し始めたのは確かでしょう。それはすさまじい熱を発生させます。もちろん、液体による冷却装置はあるのでしょうが、同時に古風な空冷システムが、方々に張り巡らされていたようです。これが熱源体を突き止められないよう、カモフラージュも兼ねているのです」

 やはり、ワットの声の調子は、いつもと異なる。サンドウィッチの載った盆を手にしたまま、アマリリスが後ろに立っていた。心配を含んだ眼差しで、おれを見ていた。さらに、ワットは語を継いだ。

「今回の事態は、かなりの困難が予想されます。これまでよりも」

 これまで?

「ええ。薄々予想されているかと思いますが、人食い私道事件、および『幽霊船』の一件と、今回の異変はひと続きと思われて構いません」

「ばかを言うな! 『幽霊船』のバルブは、葬り去られたんだ。人型IBとともに、アリーシャの命と引き換えに!」

 思わず声を荒げたが、ワットが聞き流すさまは、目に見えていた。そしてたしかに、ワットを責めても仕方のないことなのだ。何らかの、忌まわしい計画が水面下でなされている。おれがこれまで、うろたえながらやってきたことも、そいつの足跡を追ってきた、無様な追跡行といえる。

「ですがエイジさん、33番ドームに存在するバルブが、決して一つではないことは、あなたが最もよくご存知なのではないですか」

「『第三の』バルブが、稼動を始めたというのか?」

「そうは言っておりませんよ。今回の場合、結論を急ぐのは禁物でしょう。そうそう、お電話したのは、異常気象に関してではありません。滝沢理論さまがお呼びだということを、お伝えしたかったのです」

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