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 ひどい気分で目が覚めた。

 部屋にたちこめる、甘やかなコーヒーの香りも、救いにはならなかった。重い気分と、おぞましい夢の断片に苛まれ、しばらくの間、シーツを掻き毟っていた。

「気分が宜しくないのですか」

 顔を上げると、額に髪が張りつく感触。アマリリスは、盆を両手で支えたまま、小首をかしげていた。問いをいっぱいに含んだ瞳が、いじらしい小動物をおもわせた。

「だいじょうぶだよ。と言っても、この有様じゃ、信じてもらえまいが。そいつを飲んだら、少しはマシになるかもしれないな」

 後のほうは、なかば独り言のようにつぶやいて、ベッドを這い出した。

 正味、三、四時間は眠っただろうか。眠りに落ちたことを心底、後悔するような睡眠は、久しぶりな気がする。夾雑物だらけの粗悪なアルカロイドを皮下注射したまま、液体窒素漬けになっていたような感じ。混じり気なしの悪夢が充満した棺に閉じ籠められ、身動きひとつできない、といった。

 ヤクが切れたときと似ていたが、そもそもヤクが切れれば、眠れやしない。あの時は、眠るのが怖くてクスリを用いた部分が大きい。そう、たしかに似ているのだ。処理班としての最後の戦闘の後に、見た夢の感じと。

(この区域の、不幸な住人たちがさらされたのは、いわば精神的な汚染でした。無意識の領域から徐々に蝕まれ、最もおぞましい夢を見るようになった頃には、すでに正気をなくしていました)

 脳裏に滝沢理論の声が、かすかなビブラートに到るまで、やけに正確に再生された。次いで「眼」を撃ち抜かれた、黒い十字架の映像がよみがえる。おれは髪を掻き毟ると、ベッドに腰かけたまま、アマリリスからコーヒーを受け取った。一口流し込むと、なるほど少しはマシな気分になった。

「AI」

「はい?」

「人工知能のことさ。チャペックのそれとは、根本的に系統を異にする、より完全で確固たるシステム。どうやら首長連合の時代に、そんなものを夢想した連中がいたらしい。そして前政権が瓦解した今に至っても、その計画はどこかで秘密裏に推し進められている」

 もう一口すすって、少女の顔を見上げた。気のせいか、幼さを感じるばかりだった彼女の面影に、大人びた線を見出して、おれは少々うろたえた。けれども、やはり「チャペックのそれとは、根本的に系統を異にする」彼女の表情に、とくに変化はあらわれなかった。

 が、まあ、それはいつものことだ。

 アマリリスは八幡兄弟に「発掘」され、目覚める以前の記憶を持たない。だから少女に向かって、何か捲くしたてたところで、独り言に等しいのはわかっていた。けれど、アタマの中をちょっとは整理するためにも、語を継がずにはいられなかった。

「AI構築のためには、やはりイズラウンのテクノロジーが必要であるらしい。そして、やつらが残した最大のヒントがIB、イミテーションボディなんだ。むろん、IBの根本の定義は兵器なのだから、プラトンやブッダの哲理について、深く考えるようにはできていない。それでもかれらには……」

 感情がある。

 そう言って言葉を切り、また少女を凝視した。ひょっとすると、おれは彼女を傷つけているのではないか、という懸念はもちろんあった。彼女自身IBであり、かつまた異質なIBとの共存を余儀なくされている存在。

 アマリリスの「入院」中、おれは彼女を左手の悪夢から切り離してくれと、ほとんど懇願したのだが、答えはノー。相崎博士は、論外だと言わんばかりに首を振ったものだ。そのときの博士の言葉を、今もまざまざと思い出すことができる。

 きみは悪魔の翼を切り落とせば、次は天使の羽が生えてくるとでも言うのかね? 切り離すことはできんのだよ。宿命と同じようにね。

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