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11(2)

 次の日から、彼女と走るのがイシカワの日課になった。彼女はべつに迷惑がる様子もなく、かれが伴走するのを黙認した。三度めからは、挨拶もしてくれた。

(おはよう)

(おれ、いっ、イシカワ。だっ、だっ、第九の二年)

(そうなんだ。急がないと遅れちゃうよ、お隣さん)

 なにしろ全力疾走しているため、茶を飲みながら話すのとはわけがちがう。女の子は息ひとつ切らしていないが、こっちがちょっと気を抜けば、たちまち引き離されてしまう。けっきょく二葉のプロフィールを知るためには、情報屋に頼るしかなかった。

 もちろん下校時刻も狙ったが、なぜか一向につかまらない。陸橋を越えて待ち伏せていると、必ず三女の教師から追い払われるし、この場所にも再三、暗くなるまで立っていたが、帰りは違う道を通るのか、一度も逢えずじまい。だいいち、彼女が毎朝必ず、この場所を駆け抜けるとは限らず、二日に一度逢えればラッキーなほうだ。

「だからさあ、手紙をわたすとか、いろいろ方法はあるわけじゃない。家だってつきとめてるんだろう」

 タミーが言うのも、もっともだ。ちなみにタミーが付き合うようになったのは、家がこの近くで、同じクラスのイシカワを見かけ、やあ、何やってるの? と、声をかけたのがきっかけ。イシカワとしても、待っている間は退屈なので事情を話すと、タミーはさっそくキックボードを取ってきた。

 かれは考える。柄にもない手紙はともかく、偶然をよそおって家を訪ねることは可能だ。さいわい二葉の家は、八幡商店とかいう古物商なのだから、オーディオの部品でも探しに、男子高校生がふらりと訪れても、まったく不自然ではない。ただし進展にはリスクがつきものであり、決定的な破局に対する漠然とした不安が、かれの足を鈍らせた。

 せめてもうしばらくの間、この奇妙な朝の逢瀬を楽しみたい気がした。

「そろそろやばいな。タミーは先に行っていいよ」

「まだ待つのかい?」

 イシカワはどこか痛むように口の端を歪め、煙草を抜き出そうとして、また引っ込めた。

 今朝は親とひと悶着あり、虫の居所がよくなかった。小遣いの前借りがかさんでいることから始まり、成績だ服装だ煙草だと、お定まりの説教が続いた。多少の個性は認めろよ。おれはこんなにもいいヤツじゃないか。そう思うのだが、カネの弱みを握られている以上、おとなしく拝聴するしかない。親に楯つくのは不良のすることだから。

 だから今朝はいつにも増して、八幡二葉に逢いたかった。大好きな彼女と全力で走って、スカッとしたかった。

「タイムリミットだな……」

 腕時計を眺め、泣きそうな声でイシカワがつぶやいた。タミーは所在なさげにキックボードを弄びながら、いつも暴走女子が突進してくる方を眺めた。ほとんどシャッターで覆われた殺風景なビル群。錆びの浮いた鉄板の歩道。スクラップと判別し難い、違法駐車の車たち。周りにかれら以外の人影はなく、仔猫一匹歩いてこない。

 いい加減、自分たちも走らないと間に合わないが、イシカワはふてくされたように、ポケットに手を入れたまま。二葉抜きで走るとなると、まるで鬼久保が怖くてそうするようで、とても癪にさわる。ぷいと振り返ると、ぴったりと閉ざされた鉄の扉が、威圧的に立ちふさがっていた。

 豪邸の門扉をおもわせる鉄格子には、枯れたツタが絡みつき、鬱蒼と茂る常緑樹に埋もれかけて、石畳の小道が向こうへ続いていた。番線でくくりつけられた注意書きを見て、イシカワは眉をひそめた。

「私道につき通行できません、だとよ。通行できない道なんか、道じゃねえよ。なあ、タミー」

「近道でもするつもり?」

「いつもこいつが癪にさわってたんだよ。私道って、何様のつもりだよ。ケチケチしやがって」

 もう間に合わないとあきらめたのか、タミーは私道を封鎖する扉に背中でもたれ、腕組みをしたまま、つぶやいた。

「ここが本当にやばいって噂、聞いたことない?」

 いつになく沈痛な声だったので、イシカワは驚いた目を向けた。鉄格子の向こうで、常緑樹の梢が、不穏な揺れかたをした。かん高い声で鳴きながら、黒い鳥が飛んだ。

「何だよ。侵入したとたん、刷新が飛んできて、パクられるとでもいうのか」

「その逆だよ。この土地は、旧首長連合系の財力が絡んでいるらしくてね。刷新会議といえども容易に接収できずにいる、大げさに言うと治外法権地帯さ。そして近所の噂では、私道に入ったきり、二度と出て来ない者があとを絶たないらしい」

「二度と、出て来ない?」

「消えてしまうんだよ。今のイシカワくんと同じように、近道をしようと思って入りこんだきり、ね」

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