93(3)
理論はまた、自嘲的な笑みを浮べたようだ。
「ワームのように、利害関係というものは、どこにでも発生しますから」
人工光のない道というものを、久しぶりに歩いた気がする。
一歩ごとに、底知れぬ闇に呑まれるようで、傭兵まで経験しておきながら、情けない話だが、よろけて彼女の肩に、すがりつきそうになった。けれど、曲がりなりにも都市地区の一部なので、微弱な光はある。目が慣れてくるにつれて、だだっ広い道の輪郭が、おぼろげに浮かんだ。
空気は湿って、雨のにおいを孕んでいた。にもかかわらず、やはり、火星の上にいるような気がしてならなかった。乾ききった星の、遺棄された街……理論は黙りこんだまま、街路をそれて路地に入った。両手で包めそうな、古めかしい鋳物の常夜灯が、ひとつだけ。塀から突き出した恰好で、ぽつんと、ともっていた。
「電気が供給されているとは、思えないが」
おれの独り言に対し、彼女はかすかに、肩をすくめてみせた。
「独自電源が、まだ生きているのでしょう。この程度のささやかな灯りなら、簡単な光熱系エナジー再生システムで、半永久的に、ともし続けることができます」
「半永久的に、ね」
永久機関。タオ・エンジンという言葉が、胸裏をかすめた。闇を照らす「ささやかな灯り」に、人は満足することなく、半永久的に殺戮を続ける、怪物たちを生み出した。
路地は曲がりくねりながら、闇の奥へと続いていた。独自電源に関する、短い会話の印象も手伝って、おれは「幽霊船」を思い起こさずにはいられなかった。要塞の跡地。そこで用いられるエナジーは、地下に残存する戦時中の装置からとられていた。
そして、あの場所に「球根」が埋まっていた。
(まさか)
どちらかというと愛らしい、小さな常夜灯のイメージが、頭の中で核爆発を起こしたように、広がっていった。違う、と何度も、胸の内でつぶやいた。傷み具合からして、おそらく何年間も、見捨てられた街だ。たとえ「簡単な光熱系エナジー再生システム」であれ、いや、だからこそ、生き残っているはずがない。
この街のどこかに、「幽霊船」と同様、巨大なエナジー供給システムが、眠っているのではあるまいか。ロストテクノロジーに由来する、禁断の。
「エナジー合成炉」
「えっ」
「その発掘調査が、ここで、極秘裏に行われました。五年前のことです」
おれが何を考えているのか、おおよその見当はつくのだろう。濃い闇のせいか、彼女の声は、耳に唇が触れるほど近くで、囁かれたように感じた。
「五年前……」
「ええ。お察しのとおり、調査には竜門寺が絡んでいました」
「成功したのですか」
闇を纏いつかせて、髪の毛が揺れた。理論は首を振ったのだろう。
「極秘のデータにも、極めて憂慮すべき事故の発生、としか記録されていないようです。詳細は徹底的に抹消されたのでしょう。居合わせた人物の処分も含めてです。合成炉ごと立坑は埋めたてられ、何事もなかったように区画整理が成されると、都市の一部に呑みこまれました」
「そいつが再び封鎖されたのは、汚染が?」
不意に理論は足を止め、おれは冷や水を浴びたような気がした。小動物のように、彼女が耳をそばだてているのが、わかった。ぶーん、と、ドーム全体がうなっているようなノイズが、遠く、低く聞こえるばかりで、闇は冷たい静寂をたたえていた。尾行者の足音らしきものは、まったく聞こえない。
何も聞こえないかわりに、気配はひしひしと感じられた。この死の街で、おれたち以外の何ものかが、じっとこちらを窺っているような。けれども、再び彼女が言葉を発すると同時に、気配は遠のいた。
「汚染による封鎖は、珍しくありませんが。この区域の場合、単に指数を超えたのが、封鎖の理由ではないのです。この区域の、不幸な住人たちがさらされたのは、いわば精神的な汚染でした。無意識の領域から徐々に蝕まれ、最もおぞましい夢を見るようになった頃には、すでに正気をなくしていました」
たちまち、まるでかれらの悪夢が現象化したような光景が、繰り広げられたという。秘密の軍事作戦が行われ、さらなる地獄絵図が展開すると、速やかに区域は封鎖。厳しい情報統制が敷かれたことは、言うまでもない。