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幽閉、という言葉がぴったりだと二葉は考えた。そうだ、わたしたちは、このホテルに幽閉されている。
じつはあとで、この言葉にもっと相応しい状況におちいるのだが、予言者でもサイキックでもない彼女は、知るよしもなかった。
夜が訪れようとしていた。
あれからまた、キャンディーは部屋を出たきり戻らず、「メイド部屋」に霞美と二人きり。呼び出しもないかわりに、勝手に出て行く自由もなさそうである。それとなく、監視されているのは確実で、一歩でもホテルの外に出ようとしたところで、なぜかサングラスをかけた、黒服の男に呼び止められる仕組みなのだろう。
「怪談が多すぎるのよ」
だれに言うともなしに、二葉はつぶやいた。目の前の、小テーブルの上には、トランプが並んでいた。二人でポーカーをやってもつまらないし、二ゲームで飽き果てた。向かいに座っている霞美が、黙々とカード占いのようなことをやっていた。
「ステアーズではなく?」
「ウィアード・テールズのほう。お化けがひしめきすぎているせいで、筋道が立たない。本質はすごく、単純なのかもしれないのに」
カードの束を手にしたまま、霞美は大きく瞬きをした。気持ちはわかる。頭の中で、つらつらと進行していた考えの一部を、急に口に出されても、誰だって戸惑う。
「犯人は誰なのか、ずっと考えていたのですか」
けっきょく、赤間恵理子が犯人だということに、帰着したのではなかったか。メイド長こと、五十嵐冬美もまた、アリバイがないというが、ならばその上に、第一発見者になるというリスクを冒さなければならない、理由がわからない。
冬美は逃げ出してもいなければ、脱出を試みた形跡もないのだ。もしずっと「訊問」を受けているのなら、とっくに口を割っているのではないか。そして自白のニュースは、即座にキャンディーを通じて、彼女たちに、もたらされるはずである。
(あれは……驢馬の頭の人物は、間違いなく、ダラウド本人だった)
このポイントが揺らぐと、カードの家のように、何もかもが崩壊してしまう。だから二葉はこれ以上、疑わないことにした。霞美もまた、同様に感じているらしいことが、彼女の確信を補った。けれども、そうするとやはり、犯人は恵理子以外に考えられなくなり、思考は堂々巡りを繰り返すばかり。
しかし彼女は、そのことが直感的に、腑に落ちない。
「やってられないわ。夕ご飯、どうする?」
食欲はなかったが、時間がくれば何か口に入れるという習慣を、放棄することのほうが、怖い気がした。ステアーズを一歩でも踏み違えれば、たちまちウィアードの坩堝へ放りこまれそうで。そんな思いを知ってか知らずか、鳥辺野霞美は素直にカードの束を置いた。
「もう、そんな時間なんですね。食堂にでも行ってみます?」
「何を占ってたの? まさか、それでズバリ、犯人を当てられるとか」
肯定とも否定ともとれる、微妙なうなずきかたをして、霞美は並んだカードの一枚を取り上げた。クラブのクイーンだった。
まず、犯人は男ではない。三つ葉なので、八幡「二葉」でもない。そうして、ハートでもダイヤでもないのだから、「赤」間恵理子ではない……という解釈が、とっさに浮かんだが、苦笑いとともに噛み殺した。霞美はとくに何もコメントせず、カードを軽くカットして、ケースに戻した。
メイド部屋を出ても、黒服の男に呼び止められたりしなかった。薄暗い廊下は、閑散としており、心なしかボイラーの音が、耳ざわりに感じた。まだ少し時間が早いせいか、社員食堂には誰もいなかった。それでもセルフサービスのカウンターには、すでに夕食のメニューが並び、チャペックが待機していた。
合成モノではないと知りながら、ステーキを食べる気には、とてもなれない。けっきょく、クロワッサンと、あっさりめのスープに紅茶という、朝食みたいなトレーを受けとっていた。霞美はしっかり肉を食べるようだが、あの体格を維持するためには、それくらい必要なのだろう。
「何か落としました?」
席についたとたん、テーブルの下を覗いた二葉に、霞美は目をしばたたかせた。
「あんまり育ちがよくないものでね。ボールが転がっていないかどうか、確かめる癖がついちゃってるのよ」
無人偵察機ソフトボールは、とっくに刷新の専売特許ではなくなっている。まあ、そんなものを転がさなくても、エプロン姿の旧式チャペックが、意外にいい耳を持っているのかもしれないが。