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掃討車が吹き飛ぶ衝撃は、ある程度予想していたものの、すさまじいものだった。タイヤがずんずん横滑りに滑って、さらに縁石を乗り越えた。途中にスクラップやコンクリート塊がなかったのは、幸運だったと言わねばなるまい。
上半身から草地に突っ込んで、二、三度、体がバウンドした。倒れている間も、ヘルメットの中で爆音が反響しているような、耳鳴りがしばらく止まなかった。
(こいつが、ナントカ徹甲弾の威力ってやつか……)
新東亜ホテルのメイド服を着た女が。
白い、のっぺりした、ニヤニヤ笑いの仮面をつけた女が、投げわたされた弾を、あやまたずキャッチした。猛スピードでバイクを飛ばしながら、慣れた手つきでシリンダーを抜き、弾をこめた。たちまちひらりと、女は宙に踊った。乗り捨てられたバイクが、前方のスクラップの山へと、一直線に突っ込んだ。
黒竜は急ブレーキをかけて、振り返った。
ほとんどフレームしか残っていない乗用車の屋根に、女は着地したところだ。おもうさま身を低くした体勢から、ゆっくりと背を伸ばした。
女はスタンスをとって、まっすぐに銃を構えた。銃を撃つことに慣れている女だ。と、黒竜はぼんやりと考えた。弾丸が放たれる反動で、女の靴底が、後ろに引きずられるのを見た。たった一発のマグナム弾が、掃討車を完全に粉砕した。
(こうしちゃいられねえ)
草の中で、竜というよりは亀のように、かれはもがいた。打撲の疼きに逆らって這いずり、よろよろと立ち上がった。バイクは横倒しになったまま、前輪が空転していたが、ここまで吹き飛ばされたことを考えれば、無傷に等しかった。
渾身の力で引き起こし、路上へ復帰した。忽然とあらわれた火山のように、黒煙と火の粉をまき散らしながら、炎が踊っていた。爆発の巻き添えを食らって、ガスマスクの一隊は壊滅したらしい。動いているバイクは一台もなく、方々に倒れている人影は、微動だにしないか、あるいは呻き声を上げながら、もがいていた。
この惨状を引き起こした原因が、自分にあることに思い至り、かれは気が遠くなりかけた。
(こうしちゃ、いられねえんだ)
震えながら、懸命に視線をさまよわせた。銃が放たれたスクラップの真下に、女は倒れていた。うつ伏せになって、銃を握りしめたまま、瀕死の甲虫のように、わずかに手足を蠢かせて。
黒竜は決然と、スターターを蹴った。小気味よい爆音が、それに応えた。愛車は瞬く間に、女との距離を縮めた。シートから飛び降り、膝をついて抱き起こした。ニヤニヤ笑いの仮面が、明白な意思をもって、かれを見上げた。意識は、ある。硬そうな黒髪の下から、うむをいわさず、仮面を剥ぎ取った。
息を呑んだ。多少、鼻が高すぎるきらいはあるが、美しい女だ。
薄い瞼の裏側で、眼球が蠢くさまが確認された。やがてうっすらと目を開くと、苺をおもわせる、ふくよかな唇から、呻き声を洩らした。こんな状況であるにもかかわらず、その声は扇情的に響いた。
「動けるか? 痛みは?」
「どっちに首を振ればいいの?」
震えをおさえかねたような、かすれた声。意想外なセンシュアリティに背筋を貫かれながら、かれは目を見張った。この女は、この期に及んで、減らず口が叩けるのか。
「すまない。どこも折れてないか」
「たぶん。でも、わたしのことは放っといて、逃げたほうが身のためだよ。あの連中はまだ大勢……」
白い咽をのけ反らせて、うっ、と声を上げた。迷い竜の異名をとるほど、優柔不断なかれのどこに、こんな強引さが潜んでいたのか。自身でも驚きながら、かれは女を引き起こし、肩を抱かせた。ぼろぼろのメイド服の下で、弾むゴムボールのような肉体を、後部シートに引きずり上げた。
「しっかり、つかまっててくれよ!」
スロットルをふかし、いきりたつタイヤごと、ブレーキを開放した。矢のように飛び出して、バックミラーを覗くと、早くも新たな追っ手の影が映っていた。耳もとで、かすれた声がささやいた。
「いいバイクだね。ずいぶん多くの女の子を、後ろに乗っけたんだろう」
「いや。あんたが初めてさ」
背にぎゅっと押しつけられる、弾力を感じた。ヘルメットのおかげで、赤面しているのを悟られないことが、かれをいくらか安堵させた。