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一彦の言うとおり、銃弾の種類など珍粉漢粉だが、それが「やばいもの」であることだけは、十二分に想像できた。顔を近づけると、荒涼とした金属臭が、背筋を寒くした。
「近頃、エイジさんもまた、やばそうな仕事を背負いこんだみたいでね。ちょうど掘り出し物が手に入ったから。いわば、お守り代わりさ」
「はあ、そうスか」
「昼飯はまだなんだろう。ついでに食ってくるといい」
皺ひとつない、千サークル札を三枚握らされた。合わせて四千サークル。安い日雇いの仕事を続けられるのは、このての「ご祝儀」に依るところが大きい。
脱力感を覚えながら、ガレージを出た。二葉に会えなかった失望か、それとも、ナントカ徹甲弾を見ただけで、内心ビビってしまったのか、自分でも定かでなかった。無意識にペントハウスを見上げると、相変わらず入り口の戸は閉ざされたまま。けれど、手前の窓のカーテンが、細めに開いているようだった。
(あれ?)
カーテンは素早く閉ざされた。やけに冷ややかな女の目が、こちらを覗いていたような気がした。そういえば、あのいかがわしい漫画の中でも、実験台にされた少女を苛むのは、博士と無表情な女の助手の二人だった。まるでナイチンゲールの時代のような看護服が、最初から血に染まっていた。
銃弾を荷箱の中へ、なるべく深く押し込み、ふらつく足どりで、バイクにまたがった。エンジンはなかなかかからず、どこかで現実を踏み外してしまったような、心もとなさを覚えた。四千サークルの使い道にだけ、考えを集中しようとしても、解剖台に拘束された二葉の姿が、脳裏を去らなかった。
博士は手術衣もつけず、古めかしい燕尾服の上から、だらしなく白衣を引っかけていた。糸のように細い目。ピンとたくわえた口ひげの下で、淫靡な笑みを浮べていた。対して助手の女はマスクで顔半分を覆い、冷たい眼差しで、博士の持つピンセットの先を見つめていた。
そこには、血まみれの弾丸がひとつ……
「わっ!」
不意に唸り声を上げたエンジンに、みずから驚いて、あやうく転倒するところ。被り忘れたメットが、ミラーにぶら下がったまま揺れていた。あんな漫画、読むんじゃなかった。おまけに三回も「使う」んじゃなかった。そう悪態をつきながら、ツノの生えたメットを被り、股間の位置を調整して、スロットルを回した。
エイジの住む雇用促進住宅までなら、ちょっと飛ばせば十五分もかからない。至急便でもない限り、順路的には多少遠回りになっても、信号の少ない「裏道」を通ることにしていた。それに一応は、闇物資を運搬しているわけだから、武装警官のバイクと、引っきりなしにすれ違い、ソフトボールがごろごろしている本通りは、避けるに越したことはない。
(最近、市街戦でもあったっけ?)
路上に放置されている車両の多くが、焼け焦げているのが目についた。前回通ったときは、そんなことはなかったので、燃えたのは最近に違いない。あるいはまるで対戦車砲を食らったような、大型バックフォーの残骸が散乱していたりした。
ついに道路は、横転した大型トラックによって、完全にふさがれた。
「参ったな……」
十トントラックに偽装しているが、明らかにずっと強力なやつ。軍用トラックを改造した、脱法トラックとおぼしい。全身こんがりと焼け焦げており、ウインドウはすべて消し飛び、荷台を覆うジュラルミンは、所々が溶けていた。
「これじゃ、チャリ一台、通れやしない」
とりあえず、バイクのエンジンを切って、シートから降りた。トラックの運転席を覗いてみたが、黒焦げの骸骨が座っている、ということはなかった。腰に手をあてて、溜め息をひとつ洩らすと、ツナギの胸ポケットから煙草を取り出した。めったに吸わないから、ずいぶんよれていた。
一本くわえて、あらゆるポケットを探ったけれど、ライターが見つからない。たしか荷箱の底にもひとつ、放り込んであったはずだ。そう気がついて、蓋を持ち上げ、つっこんだ手が、何やらひやりとするものに触れた。
あらためて、黒竜は銃弾のカートンを取り出した。反射的に周囲を見わたし、封印されていないことを確かめてから、箱を開けてみた。真鍮をおもわせる、尖った金属の先がびっしりと並んでいた。おそるおそる、一本だけ取り出すと、残りは荷箱に戻し、油雲でどんよりと曇った空に、かざしてみた。
普通の銃弾と、とくに変わった様子はない。ただ緑っぽい錆が浮いており、薬莢部分に彫り込まれた、奇怪なマークが、まがまがしく、かれの目を射た。
それは猛禽類とおぼしい、翼を広げて立ちはだかる鳥の姿であり、そのシルエットと重ね合わせるようにして、逆さAの紋章が刻印されていた。
(たしか一彦さんは、ICM何とかと言ってたな。一番上につく「I」は、イズラウンを意味するのじゃなかったっけ……)
背後で、無数の爆音が炸裂したのは、そのとき。