表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
235/270

85(3)

 一彦の言うとおり、銃弾の種類など珍粉漢粉だが、それが「やばいもの」であることだけは、十二分に想像できた。顔を近づけると、荒涼とした金属臭が、背筋を寒くした。

「近頃、エイジさんもまた、やばそうな仕事を背負いこんだみたいでね。ちょうど掘り出し物が手に入ったから。いわば、お守り代わりさ」

「はあ、そうスか」

「昼飯はまだなんだろう。ついでに食ってくるといい」

 皺ひとつない、千サークル札を三枚握らされた。合わせて四千サークル。安い日雇いの仕事を続けられるのは、このての「ご祝儀」に依るところが大きい。

 脱力感を覚えながら、ガレージを出た。二葉に会えなかった失望か、それとも、ナントカ徹甲弾を見ただけで、内心ビビってしまったのか、自分でも定かでなかった。無意識にペントハウスを見上げると、相変わらず入り口の戸は閉ざされたまま。けれど、手前の窓のカーテンが、細めに開いているようだった。

(あれ?)

 カーテンは素早く閉ざされた。やけに冷ややかな女の目が、こちらを覗いていたような気がした。そういえば、あのいかがわしい漫画の中でも、実験台にされた少女を苛むのは、博士と無表情な女の助手の二人だった。まるでナイチンゲールの時代のような看護服が、最初から血に染まっていた。

 銃弾を荷箱の中へ、なるべく深く押し込み、ふらつく足どりで、バイクにまたがった。エンジンはなかなかかからず、どこかで現実を踏み外してしまったような、心もとなさを覚えた。四千サークルの使い道にだけ、考えを集中しようとしても、解剖台に拘束された二葉の姿が、脳裏を去らなかった。

 博士は手術衣もつけず、古めかしい燕尾服の上から、だらしなく白衣を引っかけていた。糸のように細い目。ピンとたくわえた口ひげの下で、淫靡な笑みを浮べていた。対して助手の女はマスクで顔半分を覆い、冷たい眼差しで、博士の持つピンセットの先を見つめていた。

 そこには、血まみれの弾丸がひとつ……

「わっ!」

 不意に唸り声を上げたエンジンに、みずから驚いて、あやうく転倒するところ。被り忘れたメットが、ミラーにぶら下がったまま揺れていた。あんな漫画、読むんじゃなかった。おまけに三回も「使う」んじゃなかった。そう悪態をつきながら、ツノの生えたメットを被り、股間の位置を調整して、スロットルを回した。

 エイジの住む雇用促進住宅までなら、ちょっと飛ばせば十五分もかからない。至急便でもない限り、順路的には多少遠回りになっても、信号の少ない「裏道」を通ることにしていた。それに一応は、闇物資を運搬しているわけだから、武装警官のバイクと、引っきりなしにすれ違い、ソフトボールがごろごろしている本通りは、避けるに越したことはない。

(最近、市街戦でもあったっけ?)

 路上に放置されている車両の多くが、焼け焦げているのが目についた。前回通ったときは、そんなことはなかったので、燃えたのは最近に違いない。あるいはまるで対戦車砲を食らったような、大型バックフォーの残骸が散乱していたりした。

 ついに道路は、横転した大型トラックによって、完全にふさがれた。

「参ったな……」

 十トントラックに偽装しているが、明らかにずっと強力なやつ。軍用トラックを改造した、脱法トラックとおぼしい。全身こんがりと焼け焦げており、ウインドウはすべて消し飛び、荷台を覆うジュラルミンは、所々が溶けていた。

「これじゃ、チャリ一台、通れやしない」

 とりあえず、バイクのエンジンを切って、シートから降りた。トラックの運転席を覗いてみたが、黒焦げの骸骨が座っている、ということはなかった。腰に手をあてて、溜め息をひとつ洩らすと、ツナギの胸ポケットから煙草を取り出した。めったに吸わないから、ずいぶんよれていた。

 一本くわえて、あらゆるポケットを探ったけれど、ライターが見つからない。たしか荷箱の底にもひとつ、放り込んであったはずだ。そう気がついて、蓋を持ち上げ、つっこんだ手が、何やらひやりとするものに触れた。

 あらためて、黒竜は銃弾のカートンを取り出した。反射的に周囲を見わたし、封印されていないことを確かめてから、箱を開けてみた。真鍮をおもわせる、尖った金属の先がびっしりと並んでいた。おそるおそる、一本だけ取り出すと、残りは荷箱に戻し、油雲でどんよりと曇った空に、かざしてみた。

 普通の銃弾と、とくに変わった様子はない。ただ緑っぽい錆が浮いており、薬莢部分に彫り込まれた、奇怪なマークが、まがまがしく、かれの目を射た。

 それは猛禽類とおぼしい、翼を広げて立ちはだかる鳥の姿であり、そのシルエットと重ね合わせるようにして、逆さAの紋章が刻印されていた。

(たしか一彦さんは、ICM何とかと言ってたな。一番上につく「I」は、イズラウンを意味するのじゃなかったっけ……)

 背後で、無数の爆音が炸裂したのは、そのとき。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ