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 ひどい一日だった。けれど、これから「夜勤」が待っているのかと思うと、絶望的に、うんざりしてしまう。

 さいわい、あとの四件は、まあまあ早く片付き、六時前には帰宅できた。盛大におとずれた、厭な予感に反して、アマリリスの手を煩わせるまでもなかった。雇用促進住宅の敷地内に、車を乗り入れる頃には、日はとっぷりと暮れており、雨が降っていた。

 スクラップ置き場と見分けがつかない、半地下の駐車場。かろうじて生き残っている、再生ランプの常夜灯が、錆びた車体の群れを、もの悲しく照らしていた。車を降りたところで、いかにもおれたちを待っていたといった風情の、黒づくめの人物と出くわした。

 パンツスーツ姿の、女であるらしい。軽く柱にもたれた姿勢で、おれがようやく気がつくと、サングラスを外した。

「お疲れさまでした。消耗品を、回収いたします」

 赤い唇で微笑むと、茨城麗子は姿勢よく、頭を下げた。

「きみもご苦労なことだね。よもや、それだけのために、待っていたわけじゃあるまい」

 後部ハッチを開けながら言うと、麗子は肩をすくめてみせた。湿った闇を這って、香水のにおい伝わる。なぜ揃いも揃って女たちは、奇花のように、闇の中からあらわれるのか。

「新型の使い勝手は、いかがでしたか」

「上々だよ。思い出したくもないくらいさ。ただ、酷使しすぎて、ノズルの先端が焼けちまった。カートリッジは三本とも空だよ」

「お取替えいたしましょう」

 おれはアマリリスに、先に部屋へ戻っているよう告げた。それから煙草に火をつけると、自身の車から、麗子が部品を取り出すのを、手伝いもせずに眺めていた。

 相変わらず、いい体をしている。おっぱいと、体の細さがアンバランスな、滝沢理論とはまた、趣が異なり、正統派の安心感がある。などと考えているのが、ばれたわけではあるまいが、麗子は急に振り向いた。

「明日じゅうに、業務報告書をいただけますか」

 思わず煙に噎せながら、おれは問いただした。

「四件ぶんもか? ワットとは電話で話してあるし、あとはいつもどおり、きみが適当に、でっち上げてくれるんじゃないのか」

「例の一件だけで構いませんわ。さすがに、当局との折衝が、難航すると予想されますので。エイジさんの自筆のものが、必要なのです」

「弱ったな。まさか、殺人容疑で、ぶち込まれるようなことは、あるまいね」

 コードネーム、カヲリをはじめ、武装警官には、ただでさえ睨まれているおれだ。次に拘置所に入れられた暁には、生きて出て来れるかどうか、知れたものではない。アタッシュケースの金具の音を響かせて、麗子はうなずいてみせた。

「あくまで、竹本商事と当局との間の問題として、交渉を進めるつもりです。惜しむらくは、あの後、回収業者を部屋に入れたのですが、生体サンプルが得られなかった点です。それさえあれば、交渉はずっとスムーズに進むはずなのですが」

 彼女にしては珍しく、今日は食ってかかる。冗談じゃない。こっちは駆除するのが仕事であって、とくにあの時は、昆虫採集している余裕なんかなかった。そう言い返そうとした言葉を、ぐっと呑んで、代わりに煙を吐き出した。

「落ち度は認めるよ」

「すみません。エイジさんがベストを尽くされたのは、竹本もわたしも、重々承知しているのですが。新種となると、どうしてもそこへ行き着きますから」

 きっとまた近いうちにあらわれるさ。と言いたかったのを、またしても呑みこんだ。ジョークにしても、あまりにも趣味がよくない。滝沢理論に説教されなくたって、害虫屋は、お世辞にも後味のいい仕事ではない。中でも今回は、格別だった。

 けれど、この後味の悪さは、おおいなる「腑に落ちなさ」と、リンクしているように思われた。腑に落ちない。何か変だ。もちろん、今日も進化という名の暴走を続けているワームに、新種はつきものだ。それでも、害虫屋のカンみたいものが、これはとびっきりおかしいという、主張をやめなかった。

(いくら新種といったって……)

 サミダレムシが、人間に寄生するなど、あり得ないし、あってはならない。

「滝沢理論さまは、すでにお目覚めです。自室でエイジさんを、待っておられますわ」

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