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 空手はとっくに実体を失い、伝説上の武術と化していた。IBを素手で倒せる、などという、あるまじきデマまで流れているが、その定義に従えば、アマリリスのカラテも、あながち嘘とは言えまい。

 伝承者を自称する者たちが、掘っ立て小屋に、あやしげな道場を開いており、奇声を発してヌンチャクを振り回す類いの、奇怪な稽古に精を出していた。

 政権が変わってから、すっかり見かけなくなったし、おっぱい党のおれには興味もないが、少女娼婦は、現在も闇で取り引きされているようだ。多くの場合、薬物を用いて少女の「心」を失わせる。無表情で従順なアマリリスが、そう見えたとしたら、やはり悲しむべきことだ。

 事務所へ向かう足どりは、いつも重い。

 狭苦しい階段を、うんざりした気分で上っていると、何か硬いものに、つまずきそうになった。瞬時、ゴクツブシかと思い、ひやりとしたが、ソフトボールが一個、そこにうずくまったまま、怒ったように、センサーを明滅させているのだった。おれは盛大に、溜め息をついた。

「やあ、どうも、ご足労でした」

 ワットは少年王のように、社長席に腰を据えたまま、キザな仕ぐさで前髪を掻き上げた。

「階段に、ソフトボールが転がってたぜ。そのうちここまで、入り込むんじゃないか」

 突っ立っているのも癪なので、勝手に椅子を二つ引き寄せた。少しも顔に動揺をあらわさず、ワットは言う。

「どうせ飾り玉ですよ。玉の数に見合うほどの処理システムが、刷新の中で確立されているとは、とても思えませんから」

「飾り玉、ね」

 たしかに、目玉の数だけ増やしても、脳味噌が進化しなければ、見えないも同然。生意気な小僧だが、相変わらず頭は切れる。

 いつも後ろに控えている、麗子の姿が見当たらない。理論と、どちらが勝っているだろうか、などと不埒なことを考えつつ、こちらもフォーマルウェアをものともしない、正統派おっぱいが拝めないことが、おれを軽く失望させた。

「用があるんなら、手短に願いたいね。この子に、買ってあげたいものがあるんだが」

「教育熱心なんですね」

「皮肉を聞いている暇はないと言っている。そもそもおれには、アマリリスを教育するつもりなんかない」

「そうですか。まあ、買い物に行かれるのは構いませんが、ちょっとお頼みしたいことがありまして」

 戯画的に組んだ指の上で、ワットはほくそ笑み、おれの背筋を、厭な予感が貫いた。事務所に寄ると、だいたいろくなことはない。子供の暴君は語を継いだ。

「簡単な仕事をお願いしたいのです」

「仕事だと? すでに、わけのわからない女のボディーガードを、押しつけられているんだぞ」

「ですから、簡単な害虫の駆除ですよ。ありがたいことに、このところ我が社に依頼が殺到しておりまして、駆除員が不足しているのです。本来なら、エイジさんにお出まし願うまでもないんですが、腕に疑問のある駆除員よりは、やはり確実ですからね」

 なんて野郎だ。

 仕事が少ないときはニベもなくホシやがるくせに、忙しくなったとたん、こちらの事情もかえりみず、どこへでもほいほい、引きずり出すとは。

「例のヤマのあとだぞ。少し休ませてもらえる約束じゃなかったのか」

「充分休息されたと、認識しておりますが。それにぼくは、すでにボディーガードの仕事を振っております」

 ふざけている。が、しかし、ついこのあいだまで、刷新は民間の業者を牽制していたのではなかったか。今さらのように依頼が殺到するということは、ソフトボールではないけれど、ついに処理しきれなくなったのか。ワームが増加傾向になるのは、確からしいが。

「リストを作っておきましたので、これから四件ほど、回っていただけますか」

「四件!?」

「なに、エイジさんなら、わけありませんよ。理論さまが眠っている間に、済ませられます。今日は、アマリリスさんも一緒ですし」

 おれは唸った。昼間は害虫屋をやらせ、夜は被害妄想の女の相手をさせるつもりか。しかも、アマリリスを連れて来るところまで、見透かされていたとしか思えない。

 いずれにせよ、おれがクラーケンの一件に決定的に巻き込まれたのが、親孝行横丁における「簡単な仕事」の後だったことが、うむを言わさず思い起こされた。厭な予感は、とっくに戦慄に変わっていた。

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